第5話 人間のエゴ

 俺の頭の中に不動明王からの何をすればいいのかが伝わってくる。横に置かれている鈴を鳴らし、和紙に書かれたお経の一つを読み上げている。般若心経と呼ばれるものだ。

 このお経は、玄奘というのちの三蔵法師が唐からインドにお経を取りに旅をし、そのお経を唐に持ち帰り漢訳したものが大般若波羅密多経と言い、これを短縮したものが般若波羅密多経と言われている。

『この経は、すべての基本となるものじゃ。次期に覚えるじゃろう。』

 そうすると、目の前でおとなしく座っていた女性がクネクネと体を揺さぶり始めた。何か蛇がとぐろを巻いているようにも見える。

 『やはりな。この家は何か大きなことをやってしまったようだな。それが人間にとっては些細なことだが、このような神にとっては大きなことかもな。お主、聞いて見てくれぬか。川や池などの水に関するものに何かしたかきいてみよ。』

 そう言われ、田上夫妻に尋ねた。そうすると、悩みは始めしばらくすると、旦那さんの方がハッとした。

「僕の家で昔長男と池の掃除をしていた時に、池の底から金属の剣が出てきました。子供のおもちゃとかにしても立派すぎるものだったんですけど・・・」


『それが全ての元凶じゃな。その剣は、その池を作る時に地鎮祭でその剣を埋めたんだろう。』

 旦那さんの話によると、その土地には龍に似た滝があるため、どの家でも龍神を祀る風習があるらしい。


『その龍がその剣に宿り、その家に住み着いているというわけだな。』

 

原因がわかり、俺はホッとする。しかし、その龍神はどうするのだろう?


『その龍神は祓わなければならん。なぜなら、龍神は良いことをしているのだろうが、人間にとっては悪でしかない。』


そういって、不動明王はやるべきことを教えてくれた。

 たとえ神に対してであろうが、交渉をするらしい。俺は、その龍神に対して問いかける。

 このものの家や体から出ていってくれないか?田上さんの体を使って反応を示してくれと。

 しかし、龍神は拒否する。

 俺には、その理由がなんとなくわかる。住みなれたものから出て行くことは人間であろうと嫌がる。それは神も変わらないんだな。


『まあ、そうだろうな。だがこちらも従うことができんな。お主、その経を読み上げろ。』


そう言われ読みげる。その経は不動明王の真言だった。

 その経を読み上げるたびに奥さんが苦しがる。俺は、見ているのが少しずつ苦痛になってくる。しかし、この姿から目をそらすことはしなかった。

 俺は、今日初めてこの人たちや龍神と出会った。しかし、この家族は何年もこの龍神に関わって過ごしていた。そして頼るとこもなくここに来た。

 

 だから、俺だけはそこから目をそむけないようにしなければならない。

不動よ。どうにかこの家族を救う方法はないのかな?

『この龍神を消してしまえばいいのじゃ。跡形もなくなかったものにすればよい。』

 そうじゃない。どちらにも非があるわけじゃない。

『わからぬ。人間に対して魔であるものは、我の縄で縛り、剣で切る。それが人間を良い道へ導くことだ。その魔に慈悲はいらぬ。』

 確かにそうだ。人間は、動物や自然を自分たち利益のためには顧みず発展してきた。だからこのことに関しては承諾しないといけない。だけど、僕は人間のエゴとして言おう。この龍神と共存したい。

『お前は、優しいな。あいわかった。そこの老人に聞いてみよ。龍にまつわるものがないかどうかを。』

 ありがとう。そう感謝しながら、爺さんに聞いて見た。そうすると立ち上がり部屋の中に色々ある仏像などを見始めた。真ん中にある存在感あるものがあったため気づかなかったが、この部屋には様々なものがある。仏像に仏具や神具、何かの形をした木や石などまである。その中から一つの仏像を持ってきた。

「これはな、菩薩が龍に乗っている龍頭観音と呼ばれるものじゃ。そもそも観音菩薩は、すべてのものを受け入れる慈悲深いお方じゃ。その観音が龍を従えているから龍神の御霊の代わりにはいいんじゃないかい?」

 そういって奥さんの前に置いてみる。そして、聞いてみると奥さんの体を借りて龍頭観音の仏像を抱え込んだ。

『それを気に入り受け入れたらしいな。この経を唱えながら封じ込めろ。』

 そういうと経典の中の一つの文言が頭に浮かんだ。

 その今日を唱えると、その龍神は俺たちに一礼をし、仏像に入り込んでいった。

 いや、一礼したのはそんな気がした。その後奥さんが脱力した。

『終いや。これで今の所は収まるだろう。』

「これで終わりだそうです。」

『しかし、家にある原因を取り除かない限り何も収まらないだろうな。』

 今なんて言った!?そんなことを俺に伝えろっていうのか!?一回これをしただけで俺もヘトヘトなのに・・・


 「まあ、こっちにきてお茶飲もうか。」

爺さんがお茶を入れなおしてきた。みんなテーブルにつき、冷たいお茶を飲む。俺は真っ先に甘いお菓子を食べた。

 うまい、その一言だ。お茶で流しこみ落ち着いたところで本題を切り出す。

「不動によると、家にあるすべての元凶を取り除かないとこの現象は収まらないそうです。つまり、僕たちが田上さんの家に行き、元凶を祓い退けなくてはいけないそうです。」

 そういうと爺さんは頷く。田上さんたちの顔がこわばる。しかし、考える時間はそんなになかった。屋敷祓いをお願いされた。


 しばらく話し、日程や用意するものなどが決まり二家族は帰って行った。

 俺は、とても疲れた。脱力感が半端ではない。


 しかし、胸の奥が熱く、ワクワクした。今までの日常では味わえない。なんなら、普通の人には絶対に起こることがないこの出来事。僕が望んでいる非日常。

 

 「八雲くん、これからよろしくね。」

 爺さんにいきなり言われた。この後も続くと考えるとワクワクが止まらない。

  


 俺の日常が非日常に変わってしまった今日。

 この出来事がこの先もずっとは続かないとわかっている。

 それでも、今はこの非日常に浸かっていたい。

 この非日常がまた日常に変わる時まで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る