1-1 遠い伝言(8)
依頼人ワイルダーがイーシア人のようにぺこぺこと頭を下げるのを張り付けの笑顔で見送ったあと、セシルはすぐに自室に戻った。そして、ちょうどお茶を持ってきてくれたフィリナが残念がるのを耳にしながら、すぐに装いを変えた。
かつらのない頭は軽く、襟足は風通しが良くて、体まで軽く感じられた。もちろん、シャツとズボンの単純な格好もセシルの心をほぐすのに一役買っていた。
飛び込んだベッドが抱きしめてくれるのに、少年は甘えてごろごろする。
一方のメイドは残念そうにしながら、てきぱきと洋服を仕分けしていた。
「今日もかわいらしかったので、バーバラにも見せてあげたかったんですけど」
「そのワンピースと今日限りでさよならじゃないでしょ。また見られるからいいじゃない」
少年の投げやりな答えに、フィリナは鳶色の瞳を丸めた。
「あら、『嫌』じゃないんですね」
「うっ! だ、だって仕方がないじゃないか! パーシィがそうしろって言うんだから!」
「うふふ。そうですね。旦那さまには逆らえませんわね」
少年が顔を真っ赤にしてむきになるのをメイドが笑っていると、威勢のいいノックが聞こえ、続いて少女が飛び込んできた。
「失礼します。セシルさま、姉さんを――?」
チョコレート色をした髪を二つのお団子にまとめたメイドだ。釣り目の彼女が、フィリナの妹バーバラだった。姉妹は揃ってグウェンドソン家に召し抱えられている。姉はメイド・オブ・オールワーク兼メイド長として執事と共に家じゅうを管理し、妹は昼は大学生、朝と夜はハウスメイドの二つの顔を持っていた。彼女もまた、パーシィに学業を支えられているひとりだった。セシルはベッドから顔だけを持ち上げた。
「おかえり、バーバラさん」
「ただいまです。あ、姉さんいた」
バーバラは十九歳。この家の中で一番セシルと年が近く、親しみやすい存在だった。たまには勉強もつきあってくれる。
「あら噂をしていれば。おかえりなさい。あとこれ、ランドリーに出しておいてちょうだい」
四つ歳上の姉が妹にあれやこれやを手渡す。
「わかった。あと、ちょっと相談があるんだけど。ゼミの時間がずれこんじゃって」
「いいけど、スケジュールでしょう? 今すぐにはわからないわ――」
「いいよフィリナさん。オレ、もう着替えちゃったし。片付けだってほとんど終わってるじゃない」
少年はやっと訪れたオフを謳歌し、ベッドの上でバタ足をする。
「まあ、セシルさまがかつらのお手入れをしてくださるのね? 助かるわ!」
「えー! それは嫌!」
姉のメイドがわざと眉を上げて言うのに、少年は顔を思いっきりしかめた。
妹の方が悪戯っぽい苦笑を洩らす。
「姉さんの『助かる』を突っぱねられる人なんかそうそういないですよ、セシル様」
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