1-1 遠い伝言(7)

「日付か。なるほど。だから『幽霊』と――」


「そうです!」


 男は首の緩い人形のように頭を上下させる。


「日付って?」


 セシルが尋ねると、探偵は一つ思案してから口を開いた。


「消印が無ければ、いつの手紙かはふつうわからないだろう。だが、この手紙の主はこれをしたためた日付だけは書いているんだ」


 そう言って見せてくれたのは、手紙の右隅だった。


「二六二五年〈獅子の月〉……。嘘! 二〇年前だよ! 時間を超えて手紙が届いてるの? それが幽霊のしわざ?」


 思わず声を上ずらせたセシルに、客が食らいつく。


「そう、幽霊の仕業です! そうとしか思えません! そこで警察に相談したのですが――」


「気の毒に、取り持ってもらえなかったそうだ」


 小さく肩をすくめてみせた探偵の真意に、セシルは心当たりがあった。


「また、ホッフェン警部だね」


 己の正義を信じ不可思議を信じない警部からの依頼人の斡旋は、グレインジャー探偵事務所では珍しいことではなかった。「警察の手を煩わせるな」が彼の口癖なのだ。

 パーシィは涼しいウインクで少年の正解を褒めてくれた。艶っぽい目元にどきりとしたセシルの真向かいで、サミュエルは気の毒な自分を抱きしめている。


「なんだか誰かに見張られているような気がして、夜も眠れなくて」


 なるほど、みすぼらしく見えたのは心労からくる衰弱か。


「心中、お察しします」


 と、セシルが納得する横から、言葉だけの同情があった。

 セシルにはそう、判断がつくようになっていた。


「本当に、早くどうにかしてもらいたいんです。このまま睡眠不足じゃあ、一ヶ月後の試験に勉強が間に合わない!」


「一ヶ月後! オ……ワタシもそうなんです! もしかしてエルジェ・アカデミーの学生なんですか?」


「ほう」


 パーシィは小さく頷いた。それはセシルへでもあったし、依頼人へ向けてでもあった。


「わかりました。今日のところはここまでにしましょう。ワイルダーさん、この手紙をお借りします。それからなにか変わったことがあったら、メモを取っておいてください。近いうちに学生寮へ伺いましょう。行くときには管理人室へ電話を入れます」

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