1-1 遠い伝言(6)

 ワイルダー氏が平べったいクッキーの缶を取り出したので、セシルはわくわくしながら顔をあげた。けれども、男が蓋を開けた中身は手紙だった。それも、一通や二通ではない。


「うわぁ」


「わたしみたいな男にラブレターなんて、って思ったんでしょう。同感です」


 セシルがうっかり洩らした、がっかりとうんざりとが混じり合う声を、依頼人は違うふうに受け取ったようだった。

 パーシィが手紙を開いている隣から、セシルは客の顔をまじまじと見た。やせぎすで近づきすぎた両目、ぼさぼさの頭は粉っぽく、シャツの襟も黄ばんでいる。お世辞にも美男とは言い難い、冴えない男子学生に、毎日ひっきりなしに女性からの手紙が来るとは。

 パトロンに向けて小さくメモを書いた。ねえ、彼への嫌がらせじゃないの?


「と、とんでもないご謙遜をなさるのね、ワイルダーさんは」


 セシルはこわばった笑顔と同じ調子で、相手をなだめようと試みる。

 けれどそれも空しく、彼はぼそぼそとこぼした。


「そもそも話す友だちもいない男を好きな人なんてそんな虫のいい話なんかないよ。悪戯の手紙ならまだしも、幽霊を装うなんて意地悪がすぎる……と、すみません、その、つい……」


「たいそうお疲れのようだ。だが、こちらとしては包み隠さず話してもらえる方がありがたい。ところでこの手紙、宛て名も切手も、差出人すら書いていないんですね。消印すら無い。郵便局が関わっていないことになる」


 探偵はねぎらいもそこそこに、ずばりと本題に切り込む。


「え、そうなの?」


 セシルはかつてクッキーが入っていた缶の中に手を入れた。だれでも使いそうな長方形の封筒は、表を、そして裏を返しても、生成り色をしているほか、なんの文字も書かれていない。切手も、消印もだ。ただ、手紙を入れるための袋として扱われただけのようだ。


「切手がないんだったら、やっぱり知り合いから届いたんじゃ?」


「わたしに女の子のお友だちはいないんですよ、セシルさん」


「じゃあ、お母さんかな?」


「セシル。邪推はやめたまえ。君の悪い癖だ」


 それをちらと目視したパーシィは手にしていた手紙の一枚を指差した。

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