序曲『魔女の息子』(11)

 少年が首を傾げると、パーシィが小さく肯く。しかしセシルの問いは拾われなかった。


「着替えだ。僕が用意したもので良ければ、好きに着てくれたまえ、セシル」


「ほ、本当ですか! ありがとうございます、パーシィさん!」


 セシルが喜んで備え付けのクローゼットを開けると、彼の笑顔は戸惑いに凍りついた。

 そこには色とりどりの少女物の洋服が所せましと掛っていた。ふわりと花開いたのは、ヴァーべナの香りだ。セシルには、ハンガーにかかったそのどれもが一級品であると、感動する心の余裕はなかった。少年の疑惑が確信に変わる。やっぱりそうじゃないか。

 セシルは不快感を露わにしないよう、懸命に努力しながら振り向いた。


「あの、勘違いがあったらいけないんで、確認しておきたいんですけど」


 出会ってまだ一時間程度の、寛大で美しきパトロンに失礼があってはいけない。

 セシルは言葉を選んだ。少年のこれからは、パーシィの一存にかかっているのだ。


「なんだい?」


 紳士は穏やかに首を傾げる。乱暴でもいけない、けれども誤解は解かねばならない。

 齟齬は早いうちにとっぱらったほうがいい。セシルは心とボーイソプラノを固めた。


「オレ、男です」


 きっぱりと言った。そうセシルが思うくらい、極めて明快で簡潔なセリフだった。

 だがパーシィの反応は、同じくらい、こざっぱりしたものだった。


「知っているよ」


「じゃあ、どうして女装なんか!」


 正面へ一歩踏み出した若きパトロンは、少年の顔を覗き込んで目を細めた。


「当然だ。君を魔女として雇ったんだから」


 そして胸元からあの紙きれを取りだし、セシルの鼻先へ突き付けた。

 それは、少女に扮したセシルの写真だった。そして急に頬と頬を寄せてささやいた。


「安心してほしい。君が魔女の末裔であることは、僕しか知らない」


「なんでそれを!」


 セシルは反射的に男の胸を突き飛ばした。そのままよろよろと後ずさると、背中が二重窓へぶつかった。うなる風の音が聞こえる。けれどそれは遠く感じられた。


「知っているよ。ダ・マスケが魔女の村で、世界から隠れていることも」


 家族にまでお金が入るなんて、おかしいと思ったんだ。

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