序曲『魔女の息子』(9)

「ち、ちが、ちが、いえ、そうなんですけど!」


「ふむ? どちらでもなく、どちらでもある、と……」


 真っ先にセシルの瞳に飛び込んできたのは、澄んだ空色の瞳だった。その周りを、癖の無いはちみつ色の髪がさらりと彩っている。まっすぐな鼻梁と顎筋を持つ若く美しい男だ。

 セシルは見上げたまま、うっとりとしてしまった。

 まるで夏空の化身みたいだ。それか、絵本の中から王子さまが飛び出してきたみたいだ。


「亜麻色の髪に、碧の瞳……。はて?」


 埃一つないコートを纏った、身なりの綺麗な男は小首を傾げた。頭に乗せたシルクハットはずれない。けれども、右耳を飾る四枚羽の耳飾りは葉末のようにささやかに揺れて光を跳ね返した。紳士は睫毛を羽ばたかせると、持っていた紙とセシルとを見比べはじめた。理知的な瞳が往復する。

 セシルは、まじまじと観察されている決まりの悪さをやり過ごすべく、紳士の手元に焦点を定めた。すると紙の裏には彼のよく知る名前が書いてあった。


「ヴァイオレット・ヴァーベン! それ、もしかして、おばあちゃんの手紙? ってことは、お兄さんがグウェンドソンさん?」


「ほう。よく観ているんだね」


 男は瞳を丸めると、紙きれを上着の内ポケットにしまい、手袋を脱いで、セシルに右手を差しのべてくれた。流れるような動作だった。


「申し遅れて、すまない。間違ってはいけないと思って。お初にお目にかかる。パーシィ・グウェンドソンだ。ダ・マスケのセシル・ヴァーベンくんだね」


「は、はい!」


 セシルが握手をしようと手を重ねると、紳士はその手を顔へと引きよせて、冷えた指先に軽く口づけた。少年は言葉を失った。


「これから、よろしく頼むよ」

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