序曲『魔女の息子』(8)
手紙のとおりならば、ここでグウェンドソン氏が拾ってくれる。
皮鞄を椅子代わりに座ると、気分も少しはましになった。立ち止まると、余計に人の流れの速さを感じ、己の小ささを否が応でも認めざるを得ない。
セシルはきりきりと冷えた手指を擦り合わせた。
「はあ。世界にはこんなに人がいるものなんだ……」
ロフケシア行き、という声に、身なりや荷物も様々な人たちが、停まっている飛空艇の中へとなだれ込んでゆくのを眺めながら、息をついた。この後に、モルフェシア公国への飛空艇が入ってくるというアナウンスが聞こえた。場所に間違いはないらしい。
セシルはへこたれてはいなかった。むしろ、ご機嫌だった。ダ・マスケの外だから、女装をしなくていいのも、理由の一つだ。メアリーが鞄の中に詰め込んできたフリルやリボンの類は全て抜き出して、数少ないお気に入りの服を詰め込んできた。己が性別に嘘をつかなくてよいというのは、かくも素晴らしいものか。気分は晴れやかだ。半ズボンからむき出しの膝小僧が寒さで赤く染まるけれど、それはそれで気持ちがいい。
「ねえ、リア。こんな人混みで待ち合わせなんて無理だよ。わかりやすいように、〈アパショナータ〉で小さく花火でも打ち上げとく?」
「そんなのだめよう。絶対に
「じゃあ、リアも話しかけてこないで」
「なによう、その言い方。先に聞いてきたのはセシルだわ。ひとが心配しているのに」
「その言い方、母さんみたい」
モーリスがくれた腕時計、そのガラスの中で、小さなリアが頬を膨らませる。
「言ったじゃない。わたしたちみたいな魔女はね、もう、ダ・マスケにしかいないのよ。世界の普通は
「なにそれ。オレたちが特別みたいに」
「特別だって言ってるのよう!」
「君、それは電話なのか?」
「うわあ!」
突然セシルの上に、細長い影とテノールが下りてきた。リアはすぐに姿を消した。
びくつかせた身体ごと、リアが自分にしか見えないことをすっかり忘れ、腕時計をしていた右腕と、なんの関係もない左腕を背中にかくまい、影の持ち主を見上げた。
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