序曲『魔女の息子』(7)
彼がセシルのために選んでくれたのは、エルジェ・アカデミー。モルフェシアでも一、二を争う有名校だった。飛空艇が世界中を飛び交うようになってから、急激に需要の増えたパイロットと技師を養成するカリキュラムが注目されている。毎日少しの時間、彼の仕事を手伝えば学費まで出してくれるという。
「願ったり叶ったりってやつだよね、これ。マナのご加護かな。それともオレって自分の運命も動かせるくらい、強い力を持ってたりして?」
「仮に持っていたとしても、外じゃ使っちゃだめよ」
そして出発の日、モルフェシア行きの飛空艇のチケットと荷物とを握りしめたセシルはコルシェン王国の空の玄関、ベッカ空港にいた。
季節は冬の真っただ中。雪道を歩かせるのは忍びないからとモーリスとメアリーがこっそりと魔法の扉で送ってくれたここが、グウェンドソン氏との待ち合わせ場所だった。
そこはセシルが想像もしないほど人と機械で溢れかえっていた。呆けて立ち尽くしていると、縦横無尽に絶えず早歩きで移動する人々に揉まれて玉突きのように流されてしまう。その人たちの顔は丸、三角、四角とあまりに様々だったし、彼らが投げ合う言葉も知るものから知らないものまで多岐にわたった。
ダ・マスケを丸々覆い隠してしまいそうな高いガラスの天井の隅々まで、噴き出す蒸気とギヤ同士がぎちぎちいがみ合う鋼鉄の喧嘩が鳴り響いている。村のある山間と違って雪風はそれほどきつくはないものの、人々は白い息を口々にしていた。
鼻を刺す油と香水、胸やけをさそう男の脂ぎった体臭など、あたりには音と同じくらいの目まぐるしさで、様々な匂いが飛び交う。香ばしいコーヒーとドーナツの香りがしたと思いきや、それらは一瞬で過ぎ去り、また違う匂いに置き換わる。
すべての情報を、いちいち相手にしていられない。
花の香に鳥の歌が聞こえては空に溶けてゆくのどかな故郷とかけ離れた様相に、セシルはくらくらした。
溺れかけながらも、手紙で指定されたドックの隅っこになんとか辿り着いた。
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