序曲『魔女の息子』(6)

 セシルは、すぐに冒険に出るほど無鉄砲ではなかった。

 第一、彼はダ・マスケから出たことがない。保護者無しに村の外へ出てはいけないからだ。

 けれどもセシルはこれを逆手にとった。さっそく、夕飯の後のティータイムで切り出した。


「ねえ。そろそろオレも外に出て〈非魔〉ディマジカに紛れる練習をした方がいいと思う。どうかな。外の学校に行くってのは。例えばモルフェシア公国とか。知り合いがいればの話なんだけど」


 夫婦は一瞬、呆気にとられると、お互いの顔を見合わせてから同時に口を開いた。


「いいんじゃないか。なあ、メアリー?」


「まだ早いわよう。ねえ、あなた?」


 そして再び、お互いの顔を見つめあった。


***


 それからは、面白いほど簡単に事が進んだ。

 父のモーリスは婿養子だったが、一人息子の肩を持ってくれた。

 それにダ・マスケの子供が学問を求めて外界へ旅立つのは、さほど珍しいことでもなかった。

 メアリーの曲がった臍がまっすぐになる頃には、何をどうやったかは知らないが、祖母ヴァイオレットの口利きでモルフェシア公国での保護者兼出資者パトロンを得られた。

 パーシィ・グウェンドソンというのが彼の名だった。小切手と手紙の署名は、優美で達筆。富貴な印象を決定づけるのに十分だった。透かし模様が高級そうな便箋には、セシルの生活全般と健康だけでなく、ダ・マスケの家族をも支援する旨が書かれていた。

 他人にここまでしてくれるなんて。セシルは会ったこともない紳士に畏敬の念を強めた。

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