序曲『魔女の息子』(5)

 そっぽを向きついでに、少し高くなり始めた鼻を窓に向ける。楽しそうに体を揺らすポプラにも、その上で喉自慢をするエナガの柔毛にこげにも、流れる雲の向こうで今は隠れている星々にも、セシルは夢を見いだせなかった。ただまどろみの間に見る夢そのものの甘さしか知らなかった。

 夢を持てずにいること。それがセシルにとって悩みと言えば悩ましくもあり、どうでもいいと言えばどうにも考えたくないことであった。


「それじゃあ、近い目標をあげるわ」


「いいよ、別に。母さんみたいな真似をしなくても」


 つんけんする口ぶりとは裏腹に、碧の瞳はちらとリアを盗み見ていた。そして少女のふっくらした口元が、震えてまごついているのを偶然見てしまった。リアが言いにくそうにしているのは初めてだった。彼女が何を言わんとしているのか全くわからない。

 不思議な緊張に唾を飲み込んだ。どこかよそよそしい奇妙な沈黙だった。


「お願い、セシル」


 一粒の涙と共に、言葉がこぼれた。

 少年は度肝を抜かれた。嫌な話題から逃げていた事も忘れるほどに。


「わたしに会いに来て。モルフェシアに」


「泣かないで、リア! どうしたのさ、急に? ねえ、理由は?」


「わたしたちが出会えば、運命が変わると思うの。お願い……!」


 少年は訳も分からず、同じ質問を繰り返した。しかし返ってくる答えも全く同じだった。

 どちらも譲らぬ押し問答の結果、根負けしたのはセシルの方だった。


「わかったよ。きっと会いに行くから。でもいきなりは驚いたよ。リアはオレの頭の中にしかいないと思ってたから」

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