序曲『魔女の息子』(3)

 祖母が含んで言い聞かせてくれた日から十年の月日が経った。

 十三歳になったセシルの一番の友だちは、やっぱりリアだった。

 少年以外に見えない鏡の国の乙女はずっと変わらず少女の姿のままだ。

 反対に、セシルは健やかに両の手足をすらりと伸ばしている途中である。

 二人はもう、双子といっても差し支えないほどそっくりになっていた。

 セシルが女装しているときは、本人たちでさえ一瞬、見間違うほどだ。


 セシルが少女に扮するのには訳があった。本人は大変不本意だったが、一人っ子のセシルは女系であるヴァーベン家の跡取りで、そしてこの家は世界に満ちているマナを操る魔女の系譜が住まう隠れ里ダ・マスケの村にあった。跡取り娘を期待していた母親はがっかりせず、彼に名前と、産着からドレスまで自分の服のお下がりすべてを授けた、という寸法だ。

 この日もそれは変わらなかった。

 セシルは母親のレッスンが終わるなりすぐに自室に戻ると、少年としてのアイデンティティを取り戻すべく、衣装を脱ぎ散らかした。うっすらと胸に詰め物の入ったシャツも脱ぎ捨て、下着一枚だけになったセシルの耳に笑い声が届いた。いつの間にか現れていたリアが鏡の中で長い髪を揺らしていた。セシルは慌てて自身の頭をまさぐった。そこにかつらはなかった。

 ほっと一息つく。


「ねえねえ、セシル。空を飛んでみたくはない?」


 笑いの収まらない少女が問うと、短髪の少年は碧い瞳で軽く睨みつけた。


「飛ぶ? さっき母さんに散々やらされたから、いいや」


「箒の話なんかしていないの。夢が無いわね。飛空艇に乗りたくない、って聞いているの!」

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