青春ヒヤリ

陽西 空

第1話

 青春が始まる。

 四月、僕はホッグを留めるのに手間取った制服を着て、茅野中学校の門をくぐった。これから始まる学校生活に胸を膨らませながら。桜の花びらが僕らを歓迎しているように見えた。

 「これから三年間よろしくな!」

そう言って僕の肩を元気よく叩いてきたのは胸に喜山と書いてある名札を胸につけた、いかにも野球少年という感じのボウズの子だ。

「テンション高いね。よろしくね」

「おうよ!」

出会い。これは青春の始まりの合図だ。クラスのみんなは入学式が終わった後の、少しばかりの休憩時間を使ってお互い親交を深めている。

「これからどんな三年間にしたい?」

「俺は野球で全中行って、星稜入って。それから恋もして勉強も頑張って。とにかく全部全力でやるつもり」

「僕も全力で青春したいなぁ」

「頑張ろうぜ」

「うん!」

溌剌とした喜山に僕は好感を抱いた。というかやっぱり野球少年なんだと、予想が当たってちょぴりうれしかった。

 一ヶ月後。僕は制服のボタンだけを留めて学校に急いで向かう。今日は寝坊してしまったので、靴の踵を踏みながら走ることは許して欲しい。ごめんなさい、靴。どうか潰れた癖が靴の後ろの方につかないことを祈る。

 なんとか登校時間には間に合った。途中で生活指導の山田先生が睨んできた気がするけど。

「おう、汗ビショビショだな。スプレー使う?」

「いや遠慮しとくよ。その制汗剤、匂いキツいし」

「でも汗臭いよりはマシだろ」

「僕の汗は綺麗なんだ。全然臭くない」

腕を上げて脇に鼻を近づけてみる。うん、大丈夫。特に変な感じはしない。

「自分の匂いってわかりにくいからなー」

「えっ大丈夫だよね?大丈夫だよね!」

「はてさて。ほら先生くるぞ」

由美子先生が入って来た。赤いメガネに真っ直ぐ過ぎるおかっぱ頭は先生の性格を見事に表している。

「今日から中間テストです。皆さん最後まで諦めないように」

そうキッパリと宣言するとスタスタと足音をたてて教室から出ていった。

「おっしゃ!やってやるぜ」

「がんばろうね」

と言っても喜山の授業中の態度を見ているととても点数が取れるとは思えない。いつも机に突っ伏していて、先生の話を聞いている所を発見出来なかったからだ。早くも入学式の言葉が本当なのか怪しくなる。

 テスト中、小学生の頃とは比較にならないほどの緊張が襲う。指が震えてまともに字が書けない。深呼吸をして無理矢理気持ちを落ち着かせる。幸い、問題は簡単なのでなんとかなりそうだ。しかし隣では「ひっひっふっ」と過呼吸のような息の吸い方をしてテストプリントを凝視している喜山がいた。

 一時間目のテストが終了すると喜山は保健室に行ったらしい。先生が後からそう教えてくれた。去り際に「すまん、うんこしてくるわ」と言った喜山の顔は緊張と絶望が埋め尽くしていた。

 それから喜山は学校に来なくなった。何かと張り切り過ぎるのも良くないなと思う。僕は消しゴムの削りかすを床に捨てるようになった。

 


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青春ヒヤリ 陽西 空 @yamada23571113

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