第14話 サモナス――合流

 にんまりとした笑顔が隣にある。

 彼女の伸ばした手の中には少々心もとないお金が握られていた。僕の残金と合わせれば、以前買ったスープをちょうど1つ購入できるという具合に。となればその後は自然な流れで、合わせた金額で購入し、この子の手には今、お金の代わりにあったかいスープの入ったカップが握られているというわけだ。

 大事なお金だと渋る気も確かにあったが、人を見捨てたりすることを思えば飲み込めない話じゃない。

 ……お金の件は宮殿の人たちに相談すれば解決できる可能性もあるし。


 買いに行ってる間は表通りに連れていけなかったので、子供一人で心細くさせてしまったと内省しつつやっていなかった自己紹介をする。


「僕の名前は日向野絆っていいます。君のお名前は?」


 じっと顔を見つめ返してきた後、手に持ったカップを右隣に置いてその子は立ち上がる。


「こんにちは、わたしのなまえはレルーといいます! おにいちゃん、あったかいすーぷ、ありがとう!」


 元気いい自己紹介とお礼、そしてお辞儀を貰った。

 どうやら沈んだ気持からは解放された様子、これで一緒にお兄さん探しができそうだ。


「レルーちゃんのお家ってどのへんかな?」


 カップを手に隣へ取り座り直す幼子。


「えーっとね、たぶん、ずっとしたのほう」

「……下の方」


 どこだ……せめて地図見せた方がいいんじゃないだろうか。

 小さな手に握られたフォークがスープの野菜を突き刺した。彼女はそれを小さい口に運ぶ。パクリと口に入れたかと思うと、はふはふと熱い野菜との格闘を繰り広げた始めた。

 それを見かねて一言。


「火傷しないようにしっかりふーふーしてね。スープは逃げないから」

「ふぁい」


 返事と共に顔を縦に振ったようだが、本当に分かってくれているのだろうか……。

 話を戻すが――はぐれているわけだからご両親とか兄弟が探しているはず。

 となるとおそらく、例の下級国民街に行く流れになりそうだ。


「いつから迷子なの?」

「レルーまいごじゃない! ……まいごは、レルーのおにいちゃんだもん」

「……そうなんだ」

「……うん。レルーちがうもん」


 ――この反応、間違いなくこの子が迷子だな。


「じゃあお兄ちゃんはいつから迷子なのかな?」

「……きのう、おひるから」

「じゃあ晩御飯も食べてなかったんだ?」

「うん、おひるもたべてなかったよ」


 これだけガツガツと食事しているんだ、相当お腹が減ってたんだろう。

 スープだから空腹を満たすには今ひとつかもしれないが、少女の顔は満足げだった。


「あ……」

「どうかした?」

「おにいちゃんのぶん、なくなっちゃった…………ごめんなさい」

「いいよ、気にしなくても。レルーちゃんのために買ったんだから」


 よしよしっと頭を撫でてあげると、最初はビックっとした様子を見せつつ「えへへっ」とにこやかに微笑んでいる。

 ごめんなさいが自然に言えるとは、いい子だ。

 僕が子供のころはなかなか言い出せなかったし……いや今もそうかもしれないが。


 そう言えばどうして迷子になったんだろう?


「でもレルーちゃん、何でお兄ちゃんと離れちゃったのかな?」

「ケンカしちゃったの……」

「喧嘩?」

「うん、おにいちゃんにいわれたの――――パパとママにすてられたんだって」


 ♢


 パパとママのいない女の子、そしてそのお兄ちゃんを引き合わせるため二人で下級国民街へ――もちろん地図は確認済み――裏通りを歩いていた。

 湿った石製の不揃いタイルを踏みしめ、そろそろと日陰ばかりの道を行く。人は時折見かける程度で、それでも彼らの装いは先ほどの場所とは打って変わって質が下がっているように見て取れた。

 そんな中で隣を歩く少女が訊ねてきた。


「おにいちゃん、どうしてレルーをたすけてくれるの?」

「どうしてって――」


 西に近づくほどに悪くなる生活環境を見ると、その質問は単に素朴な疑問でないことが分かる。

 それは暗に助けないのが当たり前だと口にされたようで――

 また自身もそれが正解なのだと心のどこかで思い続けているようで――

 でも――それでもこれがであって欲しいと、想う自分もいて。

 それを上手く言語化できないけど、今はこれしかないと思った。


「困っていたから助けたくなった――それだけだよ」


 日本の高校生が服装こそ、異世界の、この国の物を纏っている。

 しかし見てくれに変化が生まれただけで中身は何も変わっていないのだ。急にを忘れて生きることができるわけなかった。

 目の前の子供を見捨てて心が痛まないわけがないのだから。


「ふーん、なんかへんなのー」

「……変かな?」

「へんだよー、だって…………」


 レルーはそれ以上口にしなかった。

 どう変だとか、どこがおかしいとか、言葉を紡ぐことをやめ、ぐっと口元を閉じたようだった。




「あ……」


 閉じた口から漏れた出た音はある人物の登場を告げるものだった。

 前方から現れたのは、薄めの褐色肌に短髪で所々に若白髪を見せた青年で、身長はおよそ180㎝越えに細マッチョといえる引き締まった体形を有していた。瞳は灰色、目じりは男性ではあるが長く美しいとも思えた。

 ただ、その美しさを打ち消すかのように左のこめかみから左頬にかけて、深い傷痕があった。まるで熾烈な想念に突き動かされている人間だと主張するように。

 彼が迷子に告げる。


「駄目だよレルーちゃん、勝手に貧民街から抜け出ちゃ。ベンにいさんがすごく心配してたんだ、今頃、金持ちのにされてるんじゃないかって気が気でなくてね。俺も困ってたところだったんだ」


 かたや告げられた方は顔を俯け小声で謝罪している。

 謝罪の際、とっさに僕の手を握って来るものだから、それを見た青年の顔色はあまり穏やではなかった。


「で、君は誰かな?

 ——なぜその子と一緒にいるんだい?」


 急に声色が重くなる。

 不良に絡まれるのとは違う、それでいて森で魔獣に襲われた時とはまた違った恐怖感。人から明確に向けられた背筋がゾッとするような感覚が、額に冷や汗をかかせてくる。

 相手の目が「語れ」と睨みをきかせた。

 たまらず僕は言う。


「こ、この子を見かけて迷子だっていうからお兄さんを探しに……」

「…………」


 深い沈黙が場を包む。

 一度でも嘘だと勘違いされれば、やられてしまうという想像がよぎって相手の顔を見ることもできない。

 だが、張り詰めた沈黙を破ったのはこの場で最年少の女の子。


「ぁ、ぁの……おにいちゃんはいいひとだから、おこらないで、ノロアさん…………」



 空気感からかあるいはこの男に対しては畏怖しているのか、震えた声でかばってくれたレルーの目には今にも零れ落ちてしまいそうな涙が抱えられていた。


「……はぁ~~」


 その後に緊張を壊したのはこのノロアという青年のため息だった。


「レルーちゃんがわざわざかばったってことは、本当にその人はなんだろうね。君は嫌な人へは決して距離詰めようとしないものな」

「ぅん……かってにでていって、ごめんなさい」

「そのセリフは俺じゃなくて君のお兄さんに言ってあげるように」

「はぃ……」


 レルーははしゅんと落ち込んでいる。

 そんなレルーから僕の方に視線が移る。


「君、その子を連れてきてくれてどうもありがとう。汚い上級国民かと疑ってしまってね、本当に申し訳なかった。彼女の兄には責任もって会わせるから――」

「ノロアさん!」


 青年の奥から響いた声は走り寄ってくる女性のものだった。

 服装はどこか、見覚えのあるような……膝下まであるワンピースのような服装に碧色の頭巾――ってあれ?


「あれ? 貴方」

「あの、君って」


 ほぼ同時の疑問。お互いに何故こんなところにいるのかと問う。

 彼女はどこから見ても――


「なんだ、彼は知り合いなのか?」

「ええ。以前、出会った男の子の話したでしょ。彼なの……多分この格好でバレてちゃった」


 身に着けた服を見たあと、ちょっぴり舌を出して茶目っ気ぽく言う彼女に青年から一言。


「……ならその服装やめた方が良かったんじゃないのか」

「嫌よ。お母様の残してくださったものなのに――――ともかく」


 歩み寄ってくる2人。先ほどと変わってノロアという人物に警戒、敵意の類は見て取れなかった。

 世間話でもするような距離で彼女が、友好の証とでもいうように右手を僕に出して握手を求めながらこう言う。


「今度はちゃんとお話しできるのよね、ツナグ君。改めて自己紹介は必要かしら?」

「ぇーと、いえ、もう存じ上げていますので…………、カナリヤ姫様」


 僕は頭を下げ、いったんの挨拶をして相手を見る。

 どこか楽しそうなお姫様、そして隣にいる柄の悪そうな青年。

 ……この2人との関係が僕の異世界生活の意味を見出す第一歩になるとは、この時はまだ知る由もなかった。

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転移召喚と復讐者 タオル青二 @towel-seiji

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