第13話 サモナス――迷子

 気が付けばその日は夕暮れを迎えていた。

 宮殿内のいつも住まわせてもらっている部屋——道端の友人ということで今は住まわせてもらっているあたり、結構あいつは気に入られているらしい――に戻る最中、道端と遭遇した。


「ああ、そうだこれ」

「ん?」

「お金の余り、残金分」


 あの後も街を回ってみたけど買えそうなものは見つからなかった。もしかしたらスラムになら安値で売ってるものもあったかもしれないけれど、ヤバいのに絡まれたらどうなるか分からないので、行く勇気はなかった。

 差し出された布巾着を見て友人は言う。


「いいよ別に。どうせお前お金ないんだし、手持ちどうやって増やしたもんか分からねえだろ? 俺は兵士って役割もらえてるから賃金貰ってるけどさ」


 そう言って布巾着を僕の腕ごと突き返して見せた。

 それはそうだ。僕は道端と違って何の変化も見受けられなかった。腕力で兵士ができる訳でもなければ、天才的頭脳で技術革新を起こせるわけでもない。つまり仕事を得るのに圧倒的不利ということ。

 だからこそ日本に帰るべきだと思うわけだが、そうやすやすと帰れそうもない気がする。

 お金は由々しき問題だ。


「で? 街はどんな感じだった? 久々の外で羽伸ばせたか?」

「……確かに缶詰め状態から抜け出したけど、あんまり解放感ってのはないかな。こっち来るにも言ったけど僕は異世界に来たい派じゃないから」

「お前はもうちょっと今の状況を楽しむべきだなぁ。異世界に行くなんて普通じゃ考えられないんだぜ? モノの捉え方変えるのは人生楽しむ秘訣だっていうだろ?」


 僕は顔を逸らしてため息を漏らす。


「そう嫌そうな顔するなって! 今はどうやって生きるか考えるべきだろ?」

「まあそうだろうけども……」


 このまま宮殿に住まわせ続けてもらえるなんて思っていない……タダ飯ぐらいで措いてくれるほど優しい世界ってわけでもないだろうし。

 それにしても、2人で会話はしていても、なんだか、やはり別々の物を見ている気がしてならない。

 帰りたがっている僕と残りたがってる友人。この場合どちらがのか?

 ともかく押し返された布巾着見つめた後、返すことなく僕たちはそれぞれの部屋に戻った。

 あんまり友人と金銭の問題は抱えたくなかったが、今は少しでもある方が安心できるのは確かだから。



 ……でも翌日、そのお金は無くなったわけだが。


 ♢


 ベッドから出ると既に日が昇り1時間、といったところ。

 目覚めが早いのは学習の為に時間を取る生活をしていたからだ。

 ――単に娯楽が無くて早寝決め込んでいただけという理由もあったけれど。


 手持ちは少ない、かといって本と睨めっこの一日を過ごす気もなかった。昨日一日で外に出て気分リフレッシュという風にもならない。

 昼食については宮殿に戻っていただくことにして、午前中は街中に繰り出す事にした。

 取り合えず金はないが脚はあるのだ。刺激を得るに越したことはないだろう。


「よし、行くか」



 まだ店は開いてないのか準備中といった動きばっかりだったが、うろうろと当てもなくしていると時間の変化を知ることができる。

 街が徐々に音を取り戻していくように人の声が溢れ、活気という空気が道を駆け巡っていく。暖かな日差しと打ち水の反射がきらめいて、その光景はまさに平和、何一つおかしなところなどない世界。

 そう訴え掛けられているようで。


 だからこそ、目に入った光景に異質さを感じざるを得なかった。

 暗くじめっとした緑ゴケの生えた路地に入ったすぐのところで、膝を抱えて座っている女の子。どう見たって小学生低学年か、幼稚園児ぐらいとしか思えない。

 背中を覆うほどの茶色い髪の毛はぼさぼさで何日も風呂に入っていないであろうことが窺える。身に纏っているのはボロボロな上に小汚くぶかぶかの上着と、膝上5㎝ほどの短パンだった。

 顔は伏せられていてここからではよく見えない。


 そしてすぐに分かったことが一つ、その子に誰も近づこうとはしないということだ。

 おおよそ、あの子供は下級国民で、そのせいでここの人達は何もしないのだろうか?


 表と違い路地から吹く風は湿気た冷気のように、冷え切った墓石のように肌に触れてくる。

 ――少し息をのむ。

 このまま通り過ぎてしまおうか、それとも善意に従って声を掛けるべきなのかという葛藤。

 声を掛けるべきでない理由はトラブルに巻き込まれないためだ。今ですら右も左も分からないのに問題を抱えるべきではないんじゃないか? 道端にも迷惑がかかるし、誰も助けないのは想像以上に危険があるからじゃないか?

 ……でもそれは子供を見捨てることになる。周りを見渡しても、やはり関わろうとする人はいなかった。端からあそこに子供などいないみたいに。



「…………」


 僕は下唇を噛んで、決めた。




「君、こんなところでどうしたの?」


 近づき、とりあえずの笑顔を貼り付けながら腰を下ろして同じ目線で話しかける。

 余りにも心打たれる状況に目を逸らしきれなかった事を、僕は正しいことだと信じたい。

 別に――正義ぶったつもりもなくて、周りに迷惑かけるかもしれないけれど――多分人としてこれで正解。そんな世界であって欲しいという想いも込めて。


 女の子はゆっくりと顔を上げる。前髪に隠された眉毛がひどく「への字」になった、と思ったら急に声を出して泣き始めた。


「え、え、何!? どおちた!?」と慌てふためく僕は哀れか。

 そう、問題解決に乗り出そうとしたはいいものの、自身は子供の扱いに慣れていない。だから困る、本当に困る。

 勇気を出して声を掛け、勇気を出して子供をあやす、二重の勇気を振り絞ったことを早くも後悔しそうだった。

 そんな中、泣く子の声が何か訴えている。


「あに゛ぃいいぢゃんがあああ、いないのおおおぉ」


 ……兄とはぐれたのか。

 この年齢の子がはぐれたらそりゃ泣くよな。

 ということから今日のイベントごとが始まった。迷子の兄探しだ。


 ♢


「落ち着いた?」

「……うん」


 心の暗澹が素で分かるほどに返事は小さかった。

 相変わらず周りはチラッとこっちを見ては路地を避ける。

 本当はこの子を連れて表道に出たいけどそれは控えるべきだろう。理由はどんな差別に合うか分からないから。夜襲事件があった以上、下級国民がいるだけで騒ぎ立てる奴がいそうだし、この辺の子供たちに石でも投げられることだってあり得る。

 今、女の子の横に腰を下ろしてため息を吐く自分がいた。


「名前何ていうの?」

「……ベン兄ちゃん」

「…………あ、君の名前は?」

「……レr」


 ぐうぅ~~~~、と遮ったのはこの子のお腹だった。

 顔は俯けたようだが代わりに真っ赤になった耳がひょこっと出現する。


「これは弱ったな……」


 天を仰いで呟いた。

 本当は宮殿に連れていきたいけどそれは勝手が過ぎる。

 上級国民政策を図っているのは宮殿の国王ってことになるから、行ったところでご飯なんて恵んでもらえないだろうし。


 少女に服の端を引っ張られる。

 手持ちは昨日の残金のみ……これではとても朝食代には――


「これ……」


 手の中の何かを見せるため、彼女が僕に腕を伸ばしたのだった。

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