第12話 サモナス――暮らしを知る日

 ――宮殿内でのこと


「あ、そうだ、もし案内終わってから何か買うなら、ほれっ」


 道端は急に振り返ったかと思うと布巾着をこっちに投げてよこした。急な事だったので胸元にぶつけつつ両手で鷲掴みにする。反射神経は相変わらず、いまひとつだ。

 受け止めた際にはチャリっと中でぶつかり合う音が聞こえた。手の上で巾着を逆向けると11枚の薄い楕円が手のひらに転がった。


「もしかしてお金?」

「うん、その通り」

「マジか」

「大した額じゃないけどな。せいぜい店先で串肉一本喰うぐらいの金だけど」


 銅貨らしきものが7枚、銀貨が4枚混在している。それぞれ一枚ずつ手にのせると、10円玉より重い銅貨、100円玉より軽い銀貨のように感じた。裏表には別の模様が施されているのが少し以外だった。

「硬貨に彫り込む技術はあるんだなぁ……」

「そこに驚いたかよ」

「そりゃな?」


 それはそうだろう。アニメやら漫画やらでわざわざ紙幣硬貨のデザインなんて鮮明には写さないし、実際初めて触れる出来事はどんな些細な事でも驚きに満ちているものだ。

 銅貨を観察してみれば表面に最小数字が描かれている。


「この銅貨が最小金額になるのか?」

「ああ。日本国内なら実質1円玉だな」

「じゃあ銀は? 50円?か100円?」

「そこは日本と違うんだな~」


 銀貨は銅貨20枚分だそうだ。そして今、ここにはない金貨も存在するという。銀貨10枚分の価値というところが現代日本人の感覚とずれている。

 支払いの際にはカモにされないよう注意しろとのこと。



 ――といった具合にお金が手元にあるのだけれど、いかんせん買えるものが少ない。

 手持ちは銀貨4枚・銅貨7枚。

 正面10mほどにある店で販売されている――ウィンナーが入っているとは限らない――が銀3枚と銅12枚。払うとするなら銀4枚で払いおつりで銅8枚。

 その少し奥の店では根菜団子スープは銀2枚と銅13枚。商売としてやっていけるのか実に興味深いけれど今は置いておくとして、銀3枚支払いの銅7枚返し。


 他にもあるが割愛。どこも一品買うとそれ以上購入することはできないという、実に中途半端な値段設定だった。

 

「……まあ、今回は異世界で買い物することができるかチャレンジするのが目的だしな」


 冷静にできる範囲を広げる方が今は大事だ。せっかく渡してくれたとはいえ、友人からお金だし遠慮もあってしかるべき――――ならば決まりだ。

 僕はホットドックもどき店を通り越して、3件先のスープ店へ。

 店員は失礼ながらおばさんと形容できそうな体躯の良い女性だった。30代後半ぐらいだろうか。深い赤毛はくりくりとくせっけを持ちながら、下に向かってぼわぼわと伸びている。その髪のシルエットが一層体つきの良さを助長させていた。


「いらっしゃい!」


 店先に着くやいなや元気で通りやすい、はっきりとした肉声を浴びせられ、僕は正直ビクついた。


「ぁ、根菜団子スープ、一つ」

「はい、かしこまり!」


 ビビった時には「ぁ」とセリフ前に言ってしまうのは完全に小心者ゆえか。


「はいよ! 熱いからきいつけな!」


 スッと差し出された大きい手にはレンガ色のやきものに入った、薄い乳白色のスープ、中にはごろごろとした根菜と肉団子が見て取れる。


「ぁ、ありがとうございます」

「あいよ!」


 片手で差し出された容器を両手で受け取る。器から手に伝わる熱がビクつく思いを陰らせてくれる。

 それから店員が簡易フォークのようなものを差し出したのでそれを受け取ろうとしたそのそき、彼女の「んん~?」と眉間にシワをよせた顔から問われた。


「兄ちゃん、見ない顔だね? ……難民かい?」


 難民……?


「いや、難民ではないんですけど、ちょっと事情があって知り合いの家に……」

「ああ、違うのかい。もしかして野暮な事聞いちまったかな? 言葉も少しカタコトだったから……悪かったね、ここも最近は物騒になりつつあるからつい気になっちまってね」

「あ、西側のことですか?」

「知ってんのかい。あそこは下級国民の溜まり場だからね。今じゃスラムみたいなもんだよ。近づくようなことないと思うけど、危険区域もいいところだから気を付けた方がいいよ。身ぐるみはがされちゃあたまんないだろう?」


 気を付けますと返し、スープに息を吹きかけて冷ます。そのあと一口すすると優しい味わいが口に広がった。さっぱりとしつつ、とろみがただスッと抜けるだけの味にとどまらないようにしているのが、美味しさの秘訣かもしれない。


 どうやらスラムは一般市民でも危ないとされているようだ。異世界でもその場所の扱いは変わらないらしい。

 学習の成果を確かめるべくもう少し会話を続けてみる。


「あの、さっきの難民って何ですか?」

「ああ、北の方からの流れ者やら、未だにどこの国にも入る気のない連中が入り込んだりとすることがあってね。……基本この国じゃ歓迎されない連中さ」


 なるほど、一国で成り立っている世界ではないのか。しかも国に属さないというのはどういうことだろうか?

 あまり一般の人に当たり前すぎる知識を問うのはやめておいた方がいいかもしれない。という言い方からするに、多分この世界の普遍的な知識なんじゃないだろうか。

 少なくともここで訊ねるべきなのは住んでいる人だからこそ知っている情報だと思う。特に危険なことについて。


 異世界だから今は全てが珍しく、非日常に見えている。でもそれはこの世界で生きている人々からすれば日常の範囲内で、その線引きを把握していないといつの間にかまず状況に巻き込まれていても気が付かないなんてことになる。

 ……それはあまりにも怖い。


「ついでに、さっきのスラムなんですけど……」

「うん? あそこがどうかしたのかい?」

「どう危険なのかって話で」

「そりゃあんた、あそこにはがいるっていうじゃないか」

「革命家?」

「噂だけどね。今は上級国民に優遇が偏ってるから、業を煮やした連中が何かしようと結託してるって風のたよりでね。ついこの間も上級国民を夜襲した事件もあってね、ほんと物騒なもんさ……」

「……」


 もう少し深く聞いてみようとした矢先、背後から「アミーちゃん、こっちにいつもの3つお願いするわー」と髪の無い髭を生やしたおじさんが、僕を挟んで注文してきた。

 どうも長話しすぎたようだ。


「ありがとうございました」


 アミーさんという女性はニコッとした笑顔で「あいよ!」と返す。印象の良かった店員に背を向けて噴水広間のある方に歩みを進める。スープから野菜を簡易フォークで刺し、口に運びながらここまでのことを整理する。


 ちなみに野菜は熱々で、口内を火傷した。


 異世界での会話はクリア。カタコトだと言われたけれど会話は成立してた。加えて初めての異世界買い物も達成した、おつりもくすねられたりしていないし上手くできてる。

 今までと違う場所でも生活ができそうな気がして、大きい感動と小さい自信を覚えつつ、会話の内容を振り返る。

 

 この世界は多国で構成されている。一国に統一支配されたわけではないようだ。「どこの国にも入る気のない難民」がその証拠だろう。

 そしてスラムの革命家。話からするにこの国には上級国民と下級国民に分けることができて、その内、下級国民がスラムに住んでいる。しかも政策か何かが上級国民ひいきで、それに怒ってる一部の下級の人々が団結しているらしい。

 …………なんだかなぁ。


 日本に帰るより先に今いる国が崩れないかと心配になる。

 噴水の周囲にあるベンチに腰を下ろせば、何の心配もなく無邪気に噴水の水で遊ぶ子供たちの姿がよく見える。上に湧き出す水は天光を反射しきらめく。同時に勢いよく下に打ち付ける水が水面を揺らし続けていた。

 その様子に国の人々を見たようで、なんだか不安な気持ちだった。

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