第11話 グリンダブル――異常

「一瞬を引き出す!」


 不調も不調。

 それでも一撃だけ引き出せれば致命にはなるはず。


 地表の草を踏みしめ、剣を携え――向かう!


 斬撃――敵正面から切り上げ。

 二撃目――身体を捻り剣を狙い、弾く。

 左手の攻撃をかわし――三撃目に側面斬り。

 続けざまに四撃目――五撃目――六撃目――――動く、動く、動く!


 とにかく速度による手数で戦う。

 一撃一撃を重くしようとしてもらちが明かない。

 戦闘し続けることで何か研ぎ澄ますことができれば、感覚も取り戻せると直感が語る。


 斬りつけてはいるがまだダメージに至っていないものの――相手は速度に追いつけない。

 力で押せないならばスピードでかく乱し何より自分のピークを持っていく。


 この戦いの範囲、地に生えた緑はどんどん削れるように減っていき、ヒト型の周囲3mは動き続ける風圧によってすべて茶の色に変わる。


 斬る、斬る、斬る、斬る――!

 どんどんと加速による力のが掴めてくる。


 元からこんな戦い方はしていなかったから良い経験だ。


 走るように、地を蹴るように、武器も体の一部のように自在に振るい続ける。

 敵の剣は空振り。次の動きを捉えられることはない。


 次第、斬撃が相手に食い込んでいく。

 一切損傷にならないはずの衝撃、それが通常の感覚に近づいている証拠だった。


 そして――――その瞬間が訪れた。


「――ーーーー!?」


 切断された右腕に声を漏らす魔物。

 しかし、地に落ちた肘から先に戸惑うわけではなく、反撃の左手剣をこちらの顔めがけて突き出した。


 この勢いを損なうまいとこちらはカウンターを仕掛ける。

 わずかの攻防――右頬をかすめる刃先とすれ違うように自らの左手に持ち替えた剣先は、相手の楕円顔を割き進んでいった。


 左手を上に振り切り沈黙する相手の顔を完全に斬る。

 ……相手に動きはない。


 野に吹く風が止み鉄の匂いが漂う。

 周りを見れば死体の山。特に魔獣がここかしこに転がっている。

 アーデン殿の勝利の叫びと共に戦士が湧きたつ。

 各々動けない誰かの代わりに脚になったりと手を取り合って救助が始まっていた。


 ♢


「凄まじいな……」


 彼の活躍に所感が漏れ出た。

 死体の横に立ち尽くす私は、戦いの終息に安堵を覚える暇もなく彼から目が離せなかった。


 恐怖で震え上がった己をごまかしつつ部下たちを鼓舞するだけでかなり神経を使ったし、そのあと獣型の対応は人員が足りていたので、上手く指揮を務めきれずとも勝利することができた。

 だが、やはり今回の功労者は間違いなく彼だ。


 あの大きいを倒した……。

 声だけで戦意どころか精気をも喪失させる化け物を、打ち取ったのだ。

 目の前で、おおよそ人間ではできようはずもないあの速度で動き続けて。

 獣型を瞬時に片付けるのも見ていたが、あれ以上の力を纏ったようなイメージ。


 そして今、顔を割き立ち剣を携え立っている。

 この戦闘ではっきりとした――彼は英雄に違いない。

 彼ならきっとカナリヤの国を取り返すこともできるはずだ。そう思わせてくれるだけの戦闘力があるのだから。


 おっと、肝心な事を忘れてしまっている。

 部下たちに終わった合図を送らなければな。


 城壁に向き直り大きな呼吸をする。


「此度は、私たちの勝利だ!!!」


 手前の者たちから「うおおおおお!!!」と歓声が広がっていく。

 その返事を耳に私は笑みを浮かべた。

 多くの戦士が残ったこともそうだが、何より部下の歓喜の顔が嬉しかった。

 それぞれ肩を貸しあって動ける者が補助し始めた。


 シャロン殿に礼を言わなくてはと見返ったとき、彼の後ろで死んだはずのヒト型が最後の足掻きをするのを目にした。


「シャロン殿!!」


 奴の肉体がまるで泥のように崩れはててシャロン殿の左手に凝縮するように纏わりつく。

「伏せろ!」と激しい声で私たちに伝えた次の瞬間――爆音とともに強烈な暴風と衝撃波が戦場に吹き荒れた。


 大きく吹き飛ばされ地を転がる戦士たち。

 ただの一度の爆発でとてつもない威力だった。

 転がる身体を起こして爆心地を見る。


「……」


 思わず息をのんだ。

 そこにはただ一人。確かに中心で爆発を受けたはず。

 ――なのに左手の鎧だけが砕け落ち、他の一切はまさに無傷のままで、えぐれた地面の上に立つ戦士の姿があったからだった。


 ♢


 …………っ。


 爆炎が点々と残る戦場で、壊れて自身の左手から崩れ落ちた鎧を見つめた。


 仕留めたと思ったが、最後に自爆術式を展開されるなんて思ってもみなかったな。

 ……でも違う。仕留めそこなったのはまともに力が出せなかったからじゃない。

 

 一瞬それを感じ、剣先がそれてしまった。

 覆う鎧が消えて顕わになった左手に視線を移す。


 外層……いや、外皮の鎧が砕けるほどの威力。まともに受けて左手に傷一つないのことが異状だと分かる。

 過去にも灼熱男と対峙した際に似たような状況になったが、あの時はしっかり火傷を負っていた。

 あの時は治癒魔法を受けて回復したというのに、今はなんだ?


 今度は右手で右頬の切り傷に触れる。


「治っている……」


 完治が速すぎる。いくら何でもこれは――――


「シャロン殿?」


 声の方を見やると心配そうな表情のアーデン殿が近づいていた。

 大丈夫ですと返事を返すとともに、新しい鎧を左手に生成し直した。


「いったん宮殿に戻りましょう。日が昇ってすぐの戦闘となりましたが、今日は父……いえボルディヌス国王がお会いしたいと仰っていましたから。ここは部下に任せてください」

「……分かりました」


 考え込んでいても仕方がない……今は自分の身体に何が起きているのか正解は出ないだろう。

 アーデン殿の言葉を受けて戦地を後にすることにした。


 ♢


 ……。

 上位個体が消えた。

 自分が再構築し生みだしたモノ。下位個体のように数多生み出すものではないわけだから消えられては困るというものだったし、何よりもあの生命を倒すことができるのはこの世界にいるはずはないと思っていた矢先の事だった。


 今まで様子を見で少数を仕向け、前回から統率用に上位個体を付けた。それはこれからの侵攻を狙っての試みだった。


 下位個体は戦力としてはまさに下だが、数がある。つまり対象の戦力を図るうえで立派な駒で、それが敗れるのは想定内だ。

 8度の侵攻でこの世界には私に対抗できる存在はいないと認識しつつあったし、その中で“勇者”と近しいモノは影も形もなかった。

 人間が脅え、震えながら恐怖と戦い抜いただけだ。


 ――それがなぜ今になって?


「まさか、あの小娘……?」


 ぼそりと玉座に座る私が呟く。覇気一つ感じられない声が、空っぽの王の間にこだました。

 私の声を聞いたのは、玉座に生い茂る深緑と床を突き抜けた樹木だけだろう。


 大木が壊した天井、その向こうからは昇って間もない陽の光が降り注いでいる。

 城内を蝕むように伸びる草木が起こした壁面のひびが、今にも人の作り出した全てを崩壊させんとしているように見える。


 ――――嗚呼、誰もいない。

 この空間にいるはずもない。

 私は私だけの世界を作る。そのために今気にすべきなのは誰が、一体どうやって上位体を屠ったのかだ。



 ふと頭に浮かぶ。

 あのつらを――、私にただ復讐でも誓うかのように見えたあの男の顔を。

 もしあの男がこちらに来ているのなら……。


 なあ勇者よ、お前もまたこの結末を望むのか?


 ありもしない返答に耳を傾けたが、当然静かに、ただ時が流れゆくだけだった。

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