第10話 グリンダブル――白銀の戦士
……既に兵士の死体がそこかしこに散らばっている。
だが、まだ助けられる命も多い。
「動けますか?」
「あ、ああ。あんたいったい――」
「動けるなら他の方の加勢をお願いします。私が魔獣の隙を一撃で仕留めますから。
(…………といっても本調子には程遠いな)」
本来ならば助力してもらう必要はなかった。全て一斬りで片が付くからだ。
だが今回は違う。
彼らに魔獣の足を止めてもらってトドメを刺すほうがいいと判断したのは、ここに来る前に特使殿から聞いたこと、それが実感できているからだ。
『シャロン殿、もしかしたら召喚の反動で酔いの状態にあるかもしれません。世界の隔たりを渡るということは相応の衝撃を肉体や魂に受けることになります。
顕著なのは頭痛や疲労ですが、もしかすると戦闘技能に障害があるかもしれません。一時的なものですが……どうかお気をつけて』
……まったくその通りだな。
敵を斬った感覚がいつもより鈍い。もちろん相手が進化している可能性もあるが、目に見えて違うのは燃えないことだ。
本来、私の右手にある剣は斬った瞬間に白煙が相手を包み込み灰にしてしまう。
だが、今はそれが起きない、起こせない。
こうなっている以上、手数はかかるが頭を狙って的確に数を減らさなければ。
フーっとため息を短く吐き、両手で柄を握り標的を見定め力を込める。
地を蹴る衝撃が全ての魔獣の注意を引く。
まずは左の奥、戦線を抜けた一匹――
風を切り狙いとの距離が急速に縮まっていく。
30m、15m――10m――――2m!
サイドから猛スピードで迫り来る者に魔獣は反応できず、前肩の固い骨から頭部にかけて貫かれる。
剣を左に捌き、獣肉から剣を解放。
捌いた勢いを使い死体なった魔獣を壁に見立てて蹴り進む。
目に映る魔獣を斬り、襲われている兵を救い、すれ違う一瞬で次の脅威を断つ。
「「うわあああああああ!!」」
ッ!――左右それぞれの方角、同時に噛みつかれそうな人物たち。
片方だけに構ってはもう片方が救えない。
そう判断し――左には剣を投擲、その身のまま右方向の敵に向かう。
突き刺さる剣に絶命をあげる魔獣、かたや男性の頭部を噛み砕こうと大口を開ける魔獣。
「その大口は弱点だ」
正面から襲われ両手で顔を隠してしまった戦士の右から、左手を突きだす。
自らの喉を突き抜ける左手にひるんだ獣に、すかさず右手で大きな眼球に穴をあける。
頭蓋にある魔心核を砕き、人でいう心臓を砕かれ獣は活動を停止した。
まだ残る敵をせん滅するため、死体から手を引き抜き剣の回収へ。
「これではまだかかりそうだな……」
一体ずつの戦闘に嘆いたところ、城壁側から戦場に近づく音が聞こえてくる。
その正体に周りの兵士は急に湧きあがった。
「増援だ!」
「アーデン王子も参戦してくださる!」
「今が踏ん張り時だ!」
各々が鼓舞する中、一人が私に声を掛ける。
「おい、白銀のアンタ!」
「何でしょう」
「誰だか知らんが、増援部隊まで斬ることはせんでくれよ! がははッ!」
軽口が叩ける程度には精神も上がってきたようにとれる。
王子が参戦することによほど戦意高揚している様子。
まともな人数での連携、これなら被害も抑えられる。
草原に追い風が吹く。場の空気が変わっていくのを擦れる草の音が告げていた。
♢
残数は30匹程度、増援のおかげもあってかかなり優勢だった。
だがそのまま終わってはくれなかった。
あの個体が姿を現したのだ。
「がッ――」
戦士が1人、断末魔と共に空中へ跳ねた。10mほどの高さから自由落下する。
骨が折れる音を奏でながら地表に叩きつけられた彼の近くに、無感情に、無慈悲に処理を行ったモノが立っている。
そして。
「――――――――――――――!!!!!」
絶叫するモノ。
戦場に響きわたり耳にこびり付く叫びを聞き、人には理解しようのない声に周囲の人々の動きが止まった。
いや、動けなくなったが正しい。皆怖げ立たされた。
強烈な恐怖。あの声は周りにいる人間を逃がすことはしないと、そう告げている。そして、そのことを生命として直感し、異常な危機感と希望を失うような感覚に溺れてしまっている。
奇妙に草原を揺らす風が肌に纏わり付く。
周りの戦士たちの瞳は陰っている。
今の私でも頭痛のように響く程度には確かなもの。
ただの人間が受けていいものじゃない。
「上位個体……か」
2m50cmほどのヒト型。
真っ黒くいっさい光の反射も許さないような、近づく者すべてを飲み込んでしまうかのような黒色が立っている。。
友人曰く、あの個体を見ると真っ暗な自分の部屋に何の前触れもなく、知らない誰かが現れたときの恐怖そのものを感じるのだという。
顔は卵を縦長に伸ばしたようで、頭部に向かって所々、皮膚がはがれ剥き出しになったような朱さを持つ口がある。
といっても叫ぶための器官、喉に通じる穴があるわけではない。
顔と体を繋ぐのは首代わりの4本の管――鎖骨部分から2本、背の方から2本で繋がりその管の中を泥のような何かが流れている。
更に特徴的なのは華奢な体つきで、胴体部分は管がねじり合わさって構成されており、首を繋ぐ管と同じように胸部付近前後から脚に向かって編み物のように胴を形作っている。
「腕の形状は剣……」
近場の人物を狙ったのだからそう変形したのだろう。
もし遠くの相手に狙いを絞ったとしたら不味いことになる。
――誰も生存できないからだ。
何故か?
――頭痛を無視して距離を詰める。
それはこの世界には対抗できる人間がいないからだ。
腕が筒状に変形すればそれは魔法の合図。
広範囲火炎魔法なんかが飛んできたら全員をカバーする余裕などない。
10m分の距離を詰めた勢いで剣を振るった、が――
「――ッ!」
一歩も後ずさらない!?
真正面から剣状の右手で受け止められる。
形状に変化がないことだけは幸いだった。
――しかし、しかし詰め切れない!
相手も黙って見ているつもりはなかった。
雄叫びを上げ、呼応するように残りの魔獣がこちらに迫る。
上位個体の役割は指揮だ。単独では統制のない獣に命令を下し的確に人間を始末させることが主。
それを今、あえて動けない人間を無視してこちらに向かわせている!?
ここで私を殺す気だ……!
♢
なんてことだろうか、召喚される事がこんなにも当人に影響を与えるものだとは……いくら上位相手とはいえ、受け止められる程度の力しか出しきれない。
下位個体に気をとられては上位の攻めを捌ききれない……。
なんとなく感じるこの心の靄は……あぁそうか、これが死への恐怖――
そう頭をよぎる私に、
――――ここで止まるな!
大声を放ちつつ、迫り来る一匹を盾で受ける人物が1人。
アーデン殿だった。
魔獣を押し留めながらこう言った。
「お前たち戦士はここで死を待つばかりの囚人か!
この数なら私たちで背負うことができる! あの怪物と戦えるのは彼だけだ、何より今! 彼を失うことがどれほど愚策か分かるだろう!」
それは自分の部下たちに向けての言葉だった。
決して私にではなく彼ら一人一人に向けて自信を呼び起こす願い。
ある種の怒号混じりに響く王子の想いに、硬直していた部下たちは光を取り戻していく。
「な、何だって脚がすくんじまってたんだ俺は」
「そうだよ、怖がっている場合じゃあねえ……!」
「アーデン王子を援護するぞ!」
各々が声を上げ動き出す。
「シャロン殿、こちらはなんとかします、
ついてはその敵をお願いしたい!」
魔獣を押さえながら頼み込むアーデン殿。
その姿をみた私は目をパッと開き、
「――承知しました!」
そう返した。その時には既にさっきの下らない考えは消えていた。
まったく何をふさぎ込んでいたのか。
彼は私の動きを見ていた、だから状況を打開できるのは私しかいないと考えたんだ。
何よりあの恐怖の中、自分の信念だけで恐怖を飛ばして動いた彼の心に驚かされた。
そしてその彼に突き動かされた戦士たちだ。
なあ、もう忘れたのか?
私だけじゃない、この世界に生きる人々の想いもこの身にかかっていることを。
そして元の世界で言われたことを。
『――――私たちは元から背負って生きてる。でもね、それ以外の想いで突き動かされることもあるの。
だから、貴方には人々の想いを見て、触れて、信じてほしい。いつか一生懸命な人々に貴方も動かされることがあるって思うから』
こんな奴に止められている場合じゃないな!
少し口の端が上がったことを自覚しつつ、柄を握る手に力を込め、つばぜり合いをはじき終わらせる。
後ろからの追い風を浴びながら右手の剣を相手に向け、誓う。
通常の力が出せないのなら……
「ならこの戦いの中で、全力に近い一瞬を引き出す!」
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