第9話 グリンダブル――第9群獣侵攻
4人での情報共有も終わりその日は夕暮れということもあって休むことになった。
私の休憩室は特使殿の隣の空き部屋、特使殿の後ろについて今は廊下を歩いている。
廊下は昼間と違い、壁に配置されたろうそくが上手く反射されてそれなりに明るく見えた。格子模様の内、赤タイルは揺れる光源によって顔色を変えるように色深さが変化し、また白いタイルはどんな小さい光も明るく見せるように映えた。
外は既に夜に包まれていて宮殿の周りは見廻る兵の声が、街の方は酒に高揚しているであろう人々の声が風に乗って届く。
コツコツと歩く2人の不揃いな足音はお互いの部屋の前で終わる。
すると彼は向き直り私に会いたがっている人物がいると告げるのだった。
「実は国王陛下がシャロン殿の顔を見てみたいと……この国の窮地を救う者を目にしておきたいということだと思いますが」
「…………」
「あの、何か?」
「いえ……あまり国王には良い記憶がないもので」
かつて、仲間との旅の中で一国の王命を受け盗賊討伐に出向いたことがあった。
女子供を貢物として辱め、金品や作物を奪い取っていると王から聞いた。
しかし、実態は王こそが村に重税をしいており、盗賊扱いされた者たちは形こそ盗賊ではあったが村人と信頼関係を築いていた。
苦しい生活から逃れ新しい生き方に導いていく役を担った賊を私たちは壊滅させた。村人の本当の苦しみを耳にしたのは全てが終わってからのこと。
『彼らがいたから税から逃れられたんだぞ!』
『一方的に国の領土にされた挙句、護ってやるから国の為、王の為に農作をしろ。逃げ出せば刑罰だと脅され続ける生活に戻るしかないのね……』
『彼らが違う道を示してくれる架け橋じゃったのに!』
――そんな過去にふけっていると鬼の面がのぞき込む。どうやらドアの前で固まってしまっていたようだ。
「どうかしました?」
「いえ、思い返してしまって。……国王といえど別の人間。全員が同じと決めつけるのはダメですね」
会釈をする私を見て彼も一礼する。
「明日の朝、声を掛けに来ますから今日はもう休んでください」
「はい。もし魔獣の侵攻があれば声を掛けてください」
「そのときはお願いします」
お互いに就寝室のドアに手を掛ける。ガチャリとノブを下ろし、明かりのない部屋に脚を踏み出したとき、隣の部屋に入っていく特使殿の口から「国王への悪印象か……」と小声が聞こえた。
彼も王に対して思うところがあるのだろうか?
パタンとドアが鳴る。部屋にはろうそくの明かりもなく暗闇を覚えたが、窓から射す月明かりがまるで洞窟の天井、その亀裂から降り注ぐ月光のようにはっきりと空間内の輪郭を描き出していた。
鎧を解除し、休息のために寝具に横たわる。眼前にあるのは見知らぬ天井。
「確かにここは異世界なんだな……」
瞼を閉じて自己の意識に目を向ける。
ここの人々に魔法は存在しないし、巨獣種が襲い来ることも想像していない。私からすれば平和そのものだ。そんな世界に逃げ込んだ奴を殺すことができれば世界そのものを救ったといえるだろう。
まったく、おかしな話だ。世界を救う英雄は君であったというのに。これじゃあ私が君の役のようじゃないか。
……それとも、これこそが運命なんだろうか?
逃れられない対英雄としての、私の存在証明だと――――
やがて意識はぼやけ眠りにつくのだった。
――――ガチャンッ!
勢いよくドアが開いた。
「シャロン殿! 魔獣の群れが!」
その声に瞼が上がり完全に覚醒する。
横にした身体を勢いよく飛び起こし寝具から出て、
(外層よ――)
呼び起こしたイメージが淡い光となり身を包み、瞬時に鎧をまとう。
恐ろしい雄叫びをあげる獣の群れが砦を襲っている。
即座に部屋を出て、迫り来る群れの方角に目が光るのだった。
♢
外は日が昇りかけ、街の人々が活動するにはまだ早い。とはいえカンカンと鳴り続ける鐘の音が、人々を睡眠から覚醒へと導く。窓から様子をうかがう表情はひどく不安に満ちているものばかり。
誰一人として外へ出てこないのは都合がいい。最悪の事態に備えられる。
敵の数によっては侵入を許す可能性があるし、私の今の状態を考慮してもこの方が嬉しいのだ。
脚に力を込めて跳躍、屋根伝いに最短距離で急ぐ。
一軒――また一軒と駆け進む。
そびえ建つ城壁に乗り上がるため、更に脚に力を込めて跳ね上がり、初めて外の景色を遠くまで見ることになった。
街を囲う壁に隔てられた外の景観は、草原によって緑に彩られながら地平線まで続く大地とその大地から昇りゆく明るい光。そしてそれらと全く相反する、黒く血生臭い獣の群れが蠢く。
高度が下がっていき、全身で風を感じながら城壁の上に着地すると、
「――!? だ、誰だお前は!?」 「どうやって登ってきたんだ!?」
すぐに槍を構える額に深いしわを刻んだ兵と、咄嗟に現れた人物に目を丸くする若い兵士。
そんな彼らには言葉を掛けず、城壁から飛び降りる――先ほど以上の風を受けながら着地。
呼吸を乱すことなく、血の匂い漂う戦場に向けて駆け抜けるのだった。
♢
――――対侵攻獣防衛線
「くっそ! 前よりも数が増えてやがる……!」
「今だ、突き刺せ!!」
「がああああぁぁ!? は、放せ! 早くこいつを殺してくれえぇ!!」
まさに地獄絵図だ。
8回目の襲撃を上回る怪物の群れに、俺たちは苦戦を超えて劣勢に傾いている。
一匹に対応するのに4人がかりがセオリー。一人、あるいは二人が盾で敵の攻撃を受け流し、あるいは跳びかかってきたところを受け止めて残りの人数で腹や喉を突き刺す。
相手は俺たち人間以上の力で襲ってくる。一人で戦おうもんならたちまち墓の中だ。だから4人態勢で戦っているのに、奴ら、以前と変わりやがった……!
この前までただ目の前の人間に喰らいつく狂犬だったっていうのに、回り込んで連携してきやがる!?
群れといったってこいつらは単独狩りしかしてこなかったんだぞ……!?
それが今になって!
「誰でもいいこいつを早く殺してくれ! いつまで耐えられるか分からねえんだ!」
「わかった、今行く!!」
俺と組んでいた3人は眼前で、まさに連携を受け腕は千切れ、背を引き裂かれ、顔をかみ砕かれた。こうなった以上は同じように壊滅しているところにカバーを入れるしかない。
刺突を待っているのに来ないのは、その役が回り込んだ獣に対処しているか、あるいはやられたか……。
彼は自分同様、盾役ではないようで槍を水平にして獣の一撃を何とか防いでいた。
跳びかかったところを槍で受け止められた獣の腹部はがら空き。走る勢いをのせて獣の腹に槍を穿つ。
「くたばれぇ!!」
手に持った槍が腸に深く入り込み怪物の咆哮が鼓膜を揺らした。
しかし、獣もそれを黙って受けているわけではない。一度の刺突で死なず手負いになった猛獣は激しく首を振り、また抵抗を正面から押しとどめていた戦士は力に耐えられず、背中を草原に押し付けられる。
覆いかぶさる獣と彼を隔てるのは、一本の槍のみ。
頭を狙った噛砕、首を左右に振って躱す戦士、近くに落ちた槍を拾い上げ今度は頭蓋を突きさそうとする自分。
今度こそ息の根を止めてやるッ!
そう思い槍を構えたとき、後ろから影のようにぴったりと迫り来る何かに気が付き、振り向いた。
その影は魔獣の顔――大きく開いた口が今にも自分の頭を飲み込まんと迫り来る。
逃げ道はない。
瞳いっぱいの闇が映り込む。
――ものすごくゆっくりにも見えた。
その恐怖に、身体はもはや瞬きすら忘れ……。
――――その瞬間、もう一つの出来事を見た。
口を閉じることなく魔獣はそのままへたり込んだ。
何かが通った。
頭部に噛みつかれる瞬間に魔獣の後ろを何かが通り過ぎた……。
うつぶせに倒れ込んだ魔獣は首元から綺麗な断面をあらわにした。
「な、なにが起きて――」
上にのしかかられ助けを求めていた彼を見やった。
そこには。
的確に頭部を切断された獣。
そして。昇りゆく朝日を背に白く輝く白銀の戦士が片手に剣を握り立っていたのだった。
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