第7話 サモナス——異世界生活

 昨日道端と合流してからはあっという間だった。動物に揺られている間は短く感じ目的地に着いた後は、道端の翻訳でベッドまで案内されそのままシーツを被って目を閉じた。


「……何が起きたか一つも聞いてないな」


 相変わらずぐらつく頭に右手を添えてシーツをめくる。視界で捉えられるのはおよそ20畳ほどの部屋で、壁に掛けている絵画はたぶんこの宮殿の外観を斜め方向から描いた物だ。ベッドは出入り口とは反対側に1つ、キングサイズぐらいのものが配置されている。窓際の観葉植物は綺麗な光を受け健康的な緑色を鮮明にしていた。


「よお! 起きたな日向野。3ヶ月ぶりの布団はどうだった? よく寝れたんじゃないか」

「3ヶ月ぶりって何の話だよ。昨日この世界のに来たばっかだぞ」


 「あと助けてくれてありがとう」も付け加える。もし来てくれていなければ、今頃森の中で土の一部のようになっていたに違いない。

 急に立派なドアが開いたと思ったら道端が顔を出したのだ。寝台の横に歩いてくる友人は昨日の姿と同じく、冒険者というより騎士のような鎧を纏っている。そして今は右手に服を持って来ていた。

 道端はにぃっとした表情をして「おう! 間に合って良かったぜ」と嬉しそうだった。しかして不思議な事でもあるかのように顔つきを変えた。


「いやな、俺がここに来たのは3ヶ月前だったんだ。だからお前もてっきりそのタイミングで来てたんだと思ったけど」

「本当に昨日だったんだ。何でか分からないけど、お前とはこっちに来た時間がズレてるんだな……」


 そうなのかと腑に落ちたようだ。彼は右手に抱えた服をベッドに置いた。

 そろそろこっちも情報が欲しいので質問をすることにした。


「道端、ここは異世界……ってことでいいんだよな? 昨日襲いかかってきたのは魔物っぽかったし。先に来てたんだったらその辺調べてたりしないか?」

「うーん、調べたりとかは全然できてないんだけど、まず間違いなく異世界だと思う」

「どうして?」

「地図を見せてもらったんだよ。ただ余りにも街レベルの箇所が少ないっていうか。もしかしてこの辺の縮小地図なのかって聞いたんだけど『一番大きく描かれた地図なんてこれしかない』って」

「地形とかは? 多分お互いにそこまで記憶してないけど、地球と一致してそうなものはなかったのか?」

「ないなぁ。まあ地球の地形なんて曖昧な記憶だから信用しきってるわけじゃないけどさ。ただ見た感じは違うよな」

「違うって?」

「昨日乗馬したろ? あれお前も疑問視してたけどその通り、馬じゃない。ヒップルっていう生き物らしい。馬より速いし長く走れる。しかも尻尾が2つある」

「まあ確かに馬に尻尾2つもないけどな」


 え、そこ? という自分の疑問は他所にしてもっと分かりやすいところを上げてみる。

 シートに覆われた脚を寝具から引き出し端に座り直した。


「あの魔物は? 昨日襲われたけど」

「実は、森の魔物なんだけど、誰も存在してること知らなかったらしい。あの場にいた戦士達も死骸見て豆鉄砲食らった顔だったしなぁ。カナリヤ姫にも直接聴いたんだけど初めて見たって」

「じゃあこの世界って魔物はいなかったはずって事だよな?」

「らしい。過去にもあんな奴はいないって。まあ、とりあえず変わった生物がいる世界って感じ」


 じゃあ魔獣っぽいのは一体何だったんだろうか。何処からかやってきたのか? あるいは魔法関係の産物とか?


「強いて言うなら、魔法がない中世ヨーロッパ風かな」


 口に出していないが回答された。


「魔法ないのか?」

「ないね、カケラもなかった」


 残念そうに眉をへの字にしながら告げられた。

 デタラメな力がない世界というだけならそれでいいが、なおのこと魔獣はなんだったのか。


 考えが纏まらない中、今度は道端から問われた。


「ギフトとか貰ったりしてないか? 神様と話したりとか?」


 ……ああ、よくある展開のことか。異世界に行くとき神様が手違いで殺してしまったので、お詫びとしてギフトといわれる能力や高額な金銭を渡すことがテンプレートだった。

 ただ自分にはそんな語りかけは特になく。


「神様は一切語りかけてくれなかったなぁ。ギフトとか特にないし、ステータスが見えるわけでもない」

「あー、日向野もか……俺も何一つ貰ってないんだよ」

「でもお前剣使えてたじゃん。普通の男子高校生がさ」

「……あれは練習したっていうかな。まあほら、剣振れたらカッコいいなって思わんか?」

「……お前、転移前から棒切れ振ってたのか」


 「思わんか」て、動揺滲み出てるぞ。


「いやでも腕力とかは? 仮に型とか身体に染みつけたとしてもそれは誤魔化せないだろ」

「いやー、どうもこっちに来てから急に腕力が増してな。測定器無いから筋力どんなもんか分かんないけど、この世界の一般戦士は超えてるみたいだな」


 一般戦士の力がいくらか不明なので驚きづらいが、鎧を付けたまま平然と歩くところや魔物を斬ったのをみると、もう高校生のそれじゃないだろう。


「ところでさ! 聞いてくれよ、お前がいない3ヶ月の間のこと! 何で俺が今こんなカッコウしてるのかとかさ!」


 またいつもの癖が始まったか。


「ああ、分かった聴くよ」


 ♢


 一通りの会話を聞き終わり、本題ともいっていい内容を打ち明けられた。ここに来たのは僕の語学勉強のためだという。

 あのお姫様から言葉が分からない事を聞いたらしく、数ヶ月はこっちの翻訳についてもらうという。1ヶ月ほどで日常会話を簡単にできるらしいが、自分にそれができるものだろうか。


「戦士としての仕事はいいのか? 一応今は国仕えの騎士なんだろ?」

「そっちはまあ、あくまでも俺は臨時雇い兵って感じだし……別に戦争してるわけじゃないしな」

「この国って今危なくないのか?」

「平和の塊だよ。内乱もないし、ホームレスもいるけど、俺たちが騒ぎ立てないか監視してるわけでさ。人手は足りてるから……大丈夫だよ」


 ——最後の間は何なのか。煮え切らないような含みごとでもあるかのような。気になったので問い質すことにした。


「道端、俺はお前とは友人だと思ってるし、こんな状況だ。隠し事は無しにしないか? 大丈夫って返すまで間があったぞ」


 実は危険な世界だが心を案じて友人に説明しなかった、なんてのは嫌だった。危ないならそういって欲しい。……心構えは何にだって必要だ。

 踏ん切りつかない顔に変わり禁忌にでも触れたかと焦った、が直ぐに了解の返事が来た。


「お前とこの手の話するのは初めてだけど、その、実は俺……カナリヤ姫に……惚れてんだ」

「……なるほどよく分かった、聞かなかったことにしよう」

「なんでだよ!」

「いや、管轄外だったからこの話題……」

「言わせといてそりゃないだろ……応援するぜ、とか言ってくれよ」


 ——心構えなど意味はなかったようだ。自分に恋話は全くダメだ。何せ打った数がなさ過ぎる。そして上手くいった試しはない。

 どうも戦士としてここで働きたいと志願したのは、姫に良いところを見せたいという魂胆だったらしい。それが友人のお勉強に付き合うことになってしまい、落胆しているのだという。カッコいい姿でアピールする機会が減ったのだと。

 流石に聞いておいて流すのも酷過ぎるだろうと、エールは送っておいた。

 はぁっと息をお互いに吐き出す。


「先ずは服着替えてくれよ。今持ってきたヤツ。俺は教師の人呼んでくるからさ」

「分かった」


 手に取った替着を手にしたとき、一つ大切な意思を確認し忘れていた事を思い出した。ドアに手を掛けた友人に声を張って投げかけた。


「なぁ」

「うん?」

「元の世界にさ、戻れると思うか……2人とも」

「……分からないけど、最悪この世界のままでも良いんじゃないかな……ここにいる意味を見出せたら、必要だって言ってもらえるようなら、ここでも……さ」


 扉が閉まっていく速度がゆっくりに感じた。近くにいた人物が少し遠くに行ってしまったような気さえして、静かになった部屋に一つの呼吸しかない事が余計にそう感じさせたのかもしれない。窓から見える空は晴れているのに、見えない所は曇っているような感覚を想起させられたのだった。

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