2章

第6話 グリンダブル——懸念材料

「ご無事でしたか、カナリヤ姫」


 宮殿に入るや否や数m先にいる赤い鎧を纏った男性がカナリヤ姫に語りかけた。


 私達三人はカナリヤ姫の名乗りを聴いた後、宮殿に戻った。途中、姫自らが自国民に声を掛け、顔を見るために接しに行く。国民もカナリヤ姫に親戚のようなあたたかさで言葉をかけた。

 この国でまともに住居を持たない者の大半が元サモナス国国民であり、この戦いの後に国の復興をして彼らの生活を取り戻そうという。そのときまで心が折れないよう時折様子を見に来るそうだ。


 赤い男性が目に入るや、さささっと彼の元に歩を進める姫様。横に並んだ2人の身長差は大きく、20cmほど身長差がある。


「ご心配おかけしました。アーデン様」

「貴方はまた私を置いて……ですが本当に無事で良かった。お怪我はないのですね?」


 アーデンという彼は緋い長髪が特徴的で、瞳の少し黒がかった黄色と健康的な肌色がより色味を輝かせていた。宮殿部屋と似た配色の鎧はどうやら国の色を表しているようだ。


 ふとこちらに眼を向けてきた。確かな足取りでこちらに近づいてくる。


「また彼女の付き添いをさせて申し訳ない。特使殿、こちらの方は?」

「彼は私が召喚した——」


 自己紹介をと視線が来たので毎度の様に名乗った。


「なるほど、貴殿がそうでしたか。

 私はグリンダブル国第一王位継承者、アーデン・ネル・グレインと申します。どうか我が国の為、そしてカナリヤ姫の為にお力をお貸しいただきたい」

「無論です。元より私にはあの魔王を討つ定めがありますから」


 ――私の迷いが他の世界にまで影響を及ぼしてしまった。手を下せなかった事への後悔も、これで終わりにするためにも。

 何より特使殿の言葉——その世界の人間にこそ幕を引いてもらうべきと言われた。彼なりのポリシーによって復讐の機会を与えてくれたのだ。そのことに感謝しているし、何より私自身が手を抜くなどあり得ない。


「ありがとう、貴殿に心から感謝申し上げます」


 左手を右胸に当て首を垂れた彼には深い感動を噛み締めている風だった。


「ねぇアーデン、サモナス国民の事で1つ報告というか相談があるんだけど……」


 アーデン殿下の後ろに近寄ったカナリヤ姫が小さめの声で話を始めた。


「ここでも大丈夫な話なのかい?」

「ええ、ここの皆に伝えておきたいわ」

「……あんまり良くない話ですね。“アーデン様”と言わないということは」

「うん、多分ね。でも仮に違っていたとしても杞憂で済むならそれでもいいじゃない特使さん? 念のためよ、確信というほどではないから。彼にもお話は通しておきたいと思って」


 目くばせがカナリヤ姫から向けられる。どうやら私も含まれていたようだ。承知しましたと告げ耳を傾ける。


「前に抜け出したときは何もなかったんだけど、今日色んな人達と話しててちょっと気になることがあったの」


 特使殿が挟み込む。


「私が見てる限りでは何も思いませんでしたが、いったい?」

「話したときに聞いたの。……怪しげな宗教勧誘が出てきているかもしれないって」

「宗教……確かに衣食住も安定してない以上は神の力にすがりたくなる気持ちは分かりますね。……我々グリンダブルの至らなさに故に――」

「それは仕方がないですよ、アーデン殿」

「アーデンは今できる事を全力でやってくれてるわ。それにシャロンさんが侵攻の原因をなんとかしていただけると信じていますし」


 再びの目配せとニコリとした顔を向けてくる。まだ力を示したわけでもないのに、随分と期待されているのだな私は。


「問題はそれまでに内側から腐敗させようとしている存在よ」


 聞いているに、魔王の問題と同じく危険とされているようだが、その宗教の何が問題なのか。それは知っておかなければならない。


「失礼ですが、それは危険なことなのですか? どのような信仰なのかで問題かどうか判断すべきだと思うのですが」

「……シャロン殿、そもそも我が国は神の信仰を良しとしてはいないのです。独立建国にあたっては宗教との乖離を目指していた背景がありました。宗教を広げることは我が国の存在理由の根本を揺るがすことに繋がります」


 アーデン殿下曰く、グリンダブルは当時、大きな帝国に組み込まれていた。政治は宗教を盾に搾取され続ける事態に陥っていたらしい。現状打破のため隣国と共に一斉内乱を起こし、その際、政治の中心に据えられていた宗教からの脱却を図ったそうだ。

 彼が続ける。


「勿論、完全に信奉を無くすことはできません。かといってひっそりとそこに浸っている人間を糾弾することもできません。完全なる迫害は新しい火種に変化しますからね」

「ただし布教は御法度なの。勢力拡大を招きますから……サモナスでも同じく禁止だったんです」

「ですが広がりつつあるということですね」


 どうも一概に善悪で決めれる問題でもなさそうだ。今の私には、苦しみからの解放を求めて神に縋る人間を、斬りたいとは考えられなかった。宗教とは自己の生存や次に来る未来をより良く願う、あるいは解決をして問題と折り合いをつけるための方法ではなかったろうか。私の世界ではそうであったし、それを求める人間がいるのは必然だろう。

 特使殿が口を開ける。


「じゃあこの件、どうやって解決しましょう? 協力したいのは山々ですが、私とシャロン殿は深い歴史的背景への理解もないわけですし」

「そうですね……いったんは我が国の戦士を調査と警戒に当たらせましょう。現在は確信的な証拠はないようですし、それを掴む所から詰めていきましょう」

 

 殿下の回答でいったんできることは詰めだろう。魔王の状況が目に見えて危険であるのだから、割ける人数にも限界があるだろう。

 対応に割いてくれると聞いた姫様が殿下を見やる。


「ありがとう、噂レベルだけれど力を割いてもらって」

「火のない所に煙は立たない、ですよカナリヤ」


 視線の交わる2人の男女。表情は望んだ未来にいる相手を観ているようで、割って入る隙がないような距離に錯覚した。

 ふと目をやった特使殿の面の下は2人の関係を静かに眺めているようだった。それと同時に何か別のことを思い出しているような気さえしたのだった。

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