第4話 姫を迎えに

 宮殿の中、部屋を出ると赤と白の格子模様が床に広がっていた。左手は一部屋あるだけで終わりだが、右手は長々とした廊下が続いている。ドアの数を考えるとかなり大きな宮殿だった。

 右手に向かい歩き出す。外から入る光が反射し、床の光沢も相まって明るい。そこから階段へ向かう途中、特使殿に話を切り出した。


「お姫様が行方不明とは、召喚早々ですがお力になれるでしょうか?あまり荒事以外には疎いもので」

「そこは気にしなくて平気だと思いますよ、シャロン殿」


 余り切羽詰まっていないように感じた。私としてはかなりの緊急事態に思えるのだが。


「姫様が行ったであろう目的地は、確かに安全な場所とは言えないですが、姫様の味方する人間が大半ですから」


 私も見知った顔の多い場所ですし、とも告げられた。


「とは言え、危険ではないとしても1人で行って欲しくないんですがね。今の国がこんな状況だというのに……全く変わりがないな、彼女は」


 最後のは嫌味ではなく、笑みを含めた物言いだった。


「随分とお転婆な方なんですね」

「まあ、行動力は認めてますよ、だからこそ味方してくれる人も多いわけで」


 曰く、本人は偶に宮殿を抜け出すことがあるらしく、世話係のドマー殿(先程ドアを開けて入って来た人)を困らせているらしい。

 これから向かう場所も決まっており、多分そこにいるだろうと。但しそこに絶対にいる保証はないので、ドマー殿は別の場所を探してもらう事になった。人海戦術で各々に動いてもらうという。

 私は召喚されたばかりで、右も左も分からないため特使殿の護衛も兼ねついていく事になったのだ。


 ……それにしてもこのペンダント、凄い効果だ。

 召喚されて直ぐに手渡されたもので、身に付けている限りは、その世界の言葉の壁を取っ払う自動翻訳の機能があるという。確かに意思疎通はできていた。特使殿とドマー殿2人から受け取る言葉も、私が発する言葉も問題なく会話できていたのがその証拠だ。

 その装飾品はひし形の造形に収められてはいるものの、ゴツゴツとした黒紫の鉱石を立体的にあしらっている。うっすらと自ら発光しているさまは、川沿いにしかいない発光虫を見に行った時を想起させた。

 

 木々の間から月光が差し込み、人里から離れた、神秘さに満ちた森の中。私たち6人がそこに居るだけで、損なってしまいそうなほど繊細な空間に、まるで世界の危険さを1つとして知る事がないような、澄みきった川が流れていた。そして妖しくも見惚れてしまう、小さいながらも確かな生命の煌めきが宙でいくつも踊っていた。

(そういえば皆んなと見たな、虫嫌いはずっと騒ぎ続けてたけど。この風景に感じる想いが人間の情緒なんだと語ってくれていたっけ)

 ——と、過去に浸っている場合ではない。


「特使殿、今向かっている所は?」


 階段に差し掛かり、彼が一歩足を下ろしてからこちらに振り返る。


「今向かっているのは、彼女の——お母上の墓前です」



 宮殿を出て見える街並みは非常に整ったものだった。路面はレンガ造りで、宮殿前には長く幅の大きな、一本の道が通っている。途中には隣の大通りに繋がる横道があり、もしかしたら蜘蛛の巣のような街の造りになっているのかもしれない。

 また所々で剣や槍を構えたり、盾で身を防ぐ大きな男性の彫刻が聳え立っていた。この世界の歴史は不明だが、この国が戦士という武力によって建国された歴史を顕しているのだろうか。

 雲が太陽を隠しているが、消して雨粒を知らせるものではなかった。見れば、食品を求めて店に出向いている幼子や、荷車で野菜と思われる食品を運ぶ大柄な男性など百人百様。国民の笑顔たるや嘘偽りのないもので、一人一人がこの国を好いているのだと分かる。


「良い国ですね」

「……問題は抱えていますが、概ねここの国民であれば食糧は足りますし。侵攻問題を解決できればリソースを抱える問題に割ける。多分脅威が去った後、一番時間が掛かる自国民の生活問題を姫様は考えていらっしゃると思いますが」


 会話が一旦途切れると、正道ともいえた一本道を逸れ、建物が日を塞ぐ脇道を進み始めた。


「こんな先に墓所が?」


 相変わらず背を見るばかりの私だが、その背からは悲壮なイメージを受けた。


「……まあ、他人がべらべらと話すことではないですからね。その辺りはご本人に伺っていただくのが良いかと」


 場所には同行してもらってるわけですけどね、とも。

 そもそも世話係が知らない場所だ。公にしてないと思っていい。今回は私が何も分からない異世界人だから、護衛として同行させてもらっただけだろう。或いはこの世界の人間でないからこそ、この地特有の偏見がなく受け止められる、という事もあると思ってのことか。


「もう少し歩きます。多分さっきまでとは雰囲気が違いますが、それもまた今の国の姿なんです」


 脇道を抜け、何故か人が密集している裏通りの様な場所に出た。



 裏通りは苔むした所も多く、宮殿前で目にした人々が寄り付かないような空気を放っていた。格好も明らかに金銭に困るような人のそればかりで、じっとこちらを見つめる者もいれば、こちらを見て更に奥へと身を隠す人も居た。

 なんだろうかこの格差は。道幅は先ほどよりも狭いとはいえ、大柄な男が6人、大の字で寝転んでも問題ないほど。だというのに人の密集が多すぎる。押し込まれているかのよう。

 急な変わりように、眉間に小さくシワが浮かんだとき、大きく元気な一声が耳に入った。


「あー! お兄ちゃんだー!」


 そう言って満面の笑顔で前方から駆け寄ってきた童女が1人。


「あ、こらレルー! そんな奴に近づくんじゃない!」


 しかめっ面で歩みを運ぶ男児が1人。

 2人とも特使殿とは顔見知りのようで、レルーという童女は犬のように彼の周りをはしゃぎ回っていた。茶色い髪が背中の半分と眉毛を隠し、瞳は薄紅色で丸々とした目が華やかな印象だ。そして見れば見るほど動作は犬系であった。


「おい、誑かし! 妹を解放しろ!」


 対してこちらは、危険人物から家族を守ろうと必死な様相。兄の方は同じく茶髪でボサボサとした短髪に、瞳も同じ薄紅色。背格好は小さいがしっかりと妹を守ろうとする兄の眼差しを感じた。


「ベン兄ぃうるさい! ごめんなさいお兄ちゃん。いつも兄ぃがいじわるばっかりいって」

「気にしてないよ、毎度の事だからね」


 笑いながら頭を優しく撫でる。仮面越しの目は和かだった。まるで兄妹のように。このさまは実兄として納得し難いのかもしれない。


「俺は意地悪言ってるんじゃなくて、レルーの目を覚ましてやりたくて——」

「ベンも大変だなぁ」

「お前が言うな!」


 ほっこりとする日常風景のよう。

 ただし1つだけ異物が混ざっている。今度はそれに目を向けられた。


「で? ソイツは誰なんだ? 初めて見るけど」


 全身が白い鎧で包まれた剣士。この国になに1つとして馴染めていない私。

 大きな一歩で兄に近づく。


「はじめまして。この度特使殿の召喚に応じ参上致しました、シャロンと申します」

「召喚に、応じ……? もしかして、この人か?」


 ベンという男の子はローブの仮面姿に視線を向け直す。


「そう、前に言った力を貸してくれる人」

「そっか、じゃあ——」


 彼の右拳が突き出される。


「俺たちの国の事もよろしく頼むぜ、英雄さん」

「……私は英雄ではないよ、ただの——」


 ふと気がつく、拳突き出されて何したらいいのだろう?

 多分状況に渋い顔をしていたのだろう。見かねたのか援護が入る。


「拳を突き返せばいいだけですよシャロン殿。我々がした握手の代わりです」


 ああ、そうなのか。いつまで経っても知らないことが多いな私は。


 挙げた拳に彼からの突きが届く。宮殿で握手した力よりは強く感じた。

 こちらからもよろしくと口に出して、次にローブ後方に姿を隠す女の子に視線を落とす。


「私はシャロンと申します。レルー殿もよろし——」

「妹には手を出すな」


 早口で遮られた。なる程、妹想いとはきっと過剰に見えてしまいがちなのか。あるいはこれぐらいが普通なのかもしれない。友人にも兄妹がいたが、幼い頃はこんなだったのかもしれない。

 兄の一言にムスッとはするものの、警戒を解いてくれないのか、特使殿の服が小さな手でギュッと握り締められている。時折り涙目でチラチラと伺ってくる視線に「よろしくおねがいします」と込められていた。

 頷いてこちらこそと返しておいた。


「あー、ところでベン、姫様来てなかったか?」

「来てたぞ。いつもの所」

「ありがとう」


それを別れの挨拶として2人から移動した。



「今の2人、元気そうですね」


 拳を出されたとき、細い腕だと思った。子供だからと理解するには細すぎる、華奢で直ぐにでも折れそうな右腕。

 生活問題が有ると言っていたがここに来て分かった。子供の姿は彼らだけではかった。親含め彼らには金銭的余裕がないのだ。食糧が足りないのも想像に難くない。


「そうです。彼らだけでなくここには魔王侵攻によって住む場所を失い、職にあり就けない。そんな人々の集合地です」


 曰く、侵攻は南東から続くせいで、適した農耕地の確保が難しく、税で賄い続けるのも限度がある。職として大半の人間が選ぶ農業が止まっているせいで貧困と共に安定した食の確保で躓いているのだという。それ以外の職業は飽和している事もあり手が出せない。仮に新たな市場価値を見つけようにも、心身ともに疲弊している人間では何かを始めることそのものが障害に見えてしまうという。要するに心がついてこないのだと。


「だからこそせめて子供たちは元気でいてほしいと、周りの大人の配慮もあるんでしょう。彼らは決まって子供に優しい。……子供達本人もそれを感じて空元気を演じている。あの兄妹もです」


 そう言って歩みを進める。時折りその大人達が彼に話しかけたりしてきた。「食糧の確保はどうだ」「この国は私達を見捨てないか」と。

 どの人も生活が苦しそうではあるが、彼を嫌っている様子はなかった。こういう状況では自分達を救ってくれない権力者一派を敵視する傾向がある。それでも彼自身が、ただひたすらにここの人々を救おうと考えているのが伝わっているのかもしれない。彼も決まって突き放さず、何とか根本の解決に努めているからと答えていた。

 そしてその解決策が私だ。苦しむ人がここまでいる以上、私は奴を必ずと心に深く刻み込む。私が戸惑ってしまったのがそもそもの間違いだったのだから。

 ——この景色を見ていると、彼は復讐心以外も多く背負っているのかもしれない。そう思えてならなかった。

 私はどうだろうか。刹那のほどでも、誰かをの想いを背負って立つ事ができていただろうか——


 考え事は一言を聞いて途切れた。「ここです」と指を差すその先に目的の場所があった。

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