第3話 二人の空間
焚き火を眺めながら、自分の視線は反対側に座っている女の子にチラチラと映っていた。
さっきまで自分が敷いていた樹皮に座ってもらって、三角座りをする彼女。
髪は薄めの金髪に、三つ編みを団子にして後頭部でまとめ上げている(シニヨンといっただろうか)。柔らかに包み込む印象の目に碧色で透き通った瞳。顔立ちはあまり欧米人ほど高い鼻ではなく、暗がりでもちゃんと女の子と分かる輪郭だ。
服装は森の中を転けたのか泥で汚れているが、中世ヨーロッパ風作品に出てくる一般市民と似たような格好とでもいうのか。膝下まであるワンピースのような服装に碧色の頭巾がくっ付いていた。
さて、
異性相手に全く耐性なしというわけではないが、この薄暗い状況で絶望混じりだった中、ようやく姿を見つけた人。しかも2人きり。
しかも彼女に、同じように座れる樹皮を取って来てもらって、華奢に思える手で「これに座って」と促される始末。
流石に意識してしまう。襲いたいとかそんな話じゃないけど正直惚れてしまいそうな状態。
流されてんな、自分。多分吊り橋効果的なアレだ。
彼女は外国人? だし。今まで日本人以外は好みとか思った事ないしなぁ。てか異世界人とかかもしれないのに恋愛対象の範囲とカウントするのか?
でもこんな世界でなければ、会う事もなかった人って思うと感慨深いな。
頭の中で、一通り湧き上がる感情と向き合ったところで彼女の視線に気がついた。
再び湧いてくるモノを抑えていたとき、彼女の指が震えているのが見えた。表情からは安堵感など消えていた。
不安にならない筈が無かった。彼女もここで暮らしているわけではなさそうだし、ここにいるのはお互い言葉も交わせない相手だけだ。
殴りかかられるときに持っていた木は薪用だったらしい。多分、不審者(自分)を見つけてその場に置いたと思われる他の木もあった。推測するに薪木を取りにここを離れていたようだ。このお陰で火は保たれてはいるが、同様に、沈黙も保たれていた。
お互い言葉もわからないのにどうやってコミュニケーションをとったものか……。
なよなよしい男子高校生が悩んでいる間に、向かいに座り込んでいた彼女は気持ちに区切りがついたようで、少し隣に移動して来ていた。
行動出来なかった自分が情けなく思えた。
ふー、と彼女が息を吐き出し、深呼吸して
「——、————?」
と、彼女から、綺麗な澄んだ声で話しかられた。
♢
「貴方、御名前は?」
三角座りを決め込む彼に意を決して質問してみた。
黒色にほんのりとした茶色がかった髪が、灯りに照らされつつも、その人の心までは照らされてはいないと感じ取れた。
焚き火を見つめ、時々でるパチパチという音以外には沈黙だけ。
少なくとは私なら耐えられなかった。だから動こうと、歩み寄ろうとしてみた。
『その、すいません。せっかく話し掛けてもらっているのに、言葉が分からなくて……』
彼の表情や辿々しい声、語尾のトーンの落ち具合からして、困惑が受け取れた。
そりゃそうだよね、貴方の言葉全然分からないもん。多分無口なんかじゃなくて貴方も私の言葉が分からないって事だよね。
でも、貴方のその服装はもしかして、……一緒じゃないの?
それにこんなところにいる理由も聞かせて欲しいな。
彼は困惑していたが、人であるなら心で伝わる事もあると信じて話を続けた。
「私は世話係の目を盗んでお城から出たの。そしたら、急にこんなところに出て来ちゃって。たまらないわ。まだお母様のお墓参り済んでいないのに」
彼は、ぺらぺらと喋り出した私に驚いたようだけれど、ちゃんと目をこちらに向けて、分からないながらも聴いてくれていた。
——ああ、やっぱり良い人だったんだ。
普通、訳わかんないこと言われ続けたら無視しちゃうのに。
物理的な距離は変わらないけど、自然と頰は緩んでいた。
「最初に貴方の後ろ姿を見た時は、どんなケダモノかって背後から先制攻撃して、一旦縛り上げるつもりだったの。ゴメンね。でも咄嗟に避けることもしないで、その細腕で庇おうとするなんて。しかも腕の間から覗いてくる怯えきった表情。フフフ、危険な事と無縁で生きて来たんだろうなって思って」
彼の表情も曇りが消えつつあって、
『……何言ってるか全然分からないけど、楽しい話してくれてる? とりあえず緊張解けて良かった。……あの、急なんですけど、何か食べ物とか持ってたりしませんか?』
相変わらず知らない言葉だったが、最後の少し首を傾げる仕草で疑問文のように感じた。そこまで分かっても内容が分からないので返答しようがなかった。でもすぐ後で、「ぐぅ〜」と鳴る男の子のお腹で意味を察した。
実は私もお腹が減っていた。
でも私も食べ物を持っていないし、薪と同時並行で注意深く食料を探し回ったけど、ここには生えていたりしてないようだった。
私の知る限り、近くの森はオルトル森林だけだから食べれる野草ぐらい有る筈なのに。
「ゴメンなさい、私もお腹に入れれそうなものは持ち合わせていないの」
合わせて首を横に振ってみた。
『……すみません、見た感じ無さそうだとは思ってたんですけど、念のため聞いておこうと思っただけですから』
少々引きつった笑顔と共に、「やっぱりそうですよね」と伝えられた気がした。
♢
スラム街めいたところから城下町に侵入し、私はこの事態の打開策を実行したところだった。
心地良く降り注ぐ陽射しが、時折り薄い雲に隠される。とても過ごしやすい1日といっても良い。私がピンチでなければだが。
この街は極端に人を分けている気がした。城下街に入ってから雰囲気がそのように感じさせる。この国の情勢なのか、スラム街は何故か手付かずで放置されているようだ。
城壁のほんの一部が崩れており、そこからスラム街が伸びていた。その場所から侵入すれば警備兵を掻い潜れる。
黒っぽいローブ姿の小柄な女の子は目立つかとも思っていたが、案外スラムの住人に溶け込めていたようだった。普通の格好の人々は、スラムの人間と勘違いして嫌な視線を向けてくるが、気にしない。手持ちの杖もただの御杖にしか見えていないのだろう。
「ひとまずこれで手を打つしかないの。悪いね、お姫様」
今し方、あのお姫様を森の中に転移させた。
彼と合流できるぐらいの距離に飛ばせたと思うが、出来れば2人とも一緒にいて欲しい。
後はお姫様ごと彼を回収してくれる人物を探して差し向けるだけで済む。その後私はひっそりと、アイツから受けた首輪を外す方法を考える日々に戻る。
さて、回収係は決まっている。
城下町を歩いていると、今回救助をしてくれるヒーローを見つけた。どうやらスラム街の方に見廻りらしい。そこそこ大きい場所だから見廻ったところで、問題起こす奴は逃げ放題だと思うが。
「ねえ、そこの警備係の戦士さん?」
「ハイ! ……何でしょうか?」
小柄な私に視線を向けた後の少しの間といったら。こいつもどうやらスラムの人間が嫌いらしい。私はスラム街の人間ではないけど。
「少し前にお姫様が、一般民の格好してこの辺にいるのを見てね」
「姫様が? (ハハ、また抜け出されたのか)」
「ええ、それがスラム街を抜けて森の方に……」
「——オルトル森林に?」
「ええそうなの。森に1人って絶対に危ないと思って」
こいつは少し思案した後、姫様の服装を聴いてきて、
「ありがとうございました。貴方にも王の庇護足らん事を!」
(少し片言っぽく聞こえたが)そういうと応援を呼びに行き、最後は馬に乗った複数人で森に消えていった。
さて、一応これで彼を回収させるキッカケになる筈だ。
頼んだわよ、あんたのお仲間なんだからね。
それにしても、なんで今になって森に転移召喚されたのか分からない。召喚に失敗して場所がズレたならまだしも、時間も場所もズレるなんて。
まったく、周りくどい手段だこと。本当は彼本人を直接ここに召喚できれば良かったのに。でも“召喚酔い”状態で人を転移させるのは危ないと教えられてるし。魂への揺さぶりが激し過ぎると何が起きるか分かんないし……。
……こういう知識はせめて、シュカとお別れになる前に教えて欲しかったな、パパ、ママ。
暖かさが雲に遮られる中、親と子の楽しそうに微笑む顔が黒い瞳に入り込んだ。
咽び泣いてしまいそうな深い切なさと、心に溢れる憎悪が再び私を包み込んだ。
自分の心を押し潰してしまいそうな感情を、しっかりと食い縛りながら受け止めるのだった。
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