第2話 召喚の理由

「改めて状況を整理させて欲しい。宜しいだろうか、特使殿?」


 召喚されて早々ではあったが念話で語られた事を今一度整理したいと思った。

 旅行気分で来たつもりはないのだから、現在の状況を明確に確認するのは重要だ。

 ……何より聞いておきたい事もある。


 私が目を開けた時、1人で生活するには少々大きいと思われる部屋にいた。

 内装は赤色を基調とし、白色と金色で文様が入った壁に囲まれている。窓、扉は1箇所ずつだ。

 窓からは木漏れ日のように優しい光が空間を包みこみ、この場所が安置だと物語る。私の白い鎧にも反射してきらめきすら感じる。

 部屋の家具は2人ほど眠れる寝具とクローゼット、そして音のしない縦長の大きい古時計。


 そして私の前に1人。仮面を付けて佇んでいる男。

 身長は165cmほど、服装はローブ姿で碧色の縦ラインが左右の胸元から足首まで続いている。

 私の方が身長も体格も大きく、見たところ前線に出るタイプではない。後方支援をするか物資等根回しするような役どころを好みそうだった。

 髪は前髪から後ろにかけて紫色が強く掛かっている。仮面は少々怒り気味の小鬼のようで、顔を正面から完全にカバーしている。その下は何を感じているか読み取る事はできない。

 ただ仮面から見える黒い瞳だけが確かに訴えてくる。為さなければならない事が有るのだと。


 こちらからの提案に「承知しました」と仮面越しに返事が来た。


「先程の念話通り現在この国“グリンダブル”は異世界のモノから侵攻を受けています。大規模な侵攻ではありませんので、この国の者たちで対処できてはいます」

「大規模侵攻には耐えられない訳ですね。こちらから打って出られないのですか?」


 返答は「2つの理由から難しい」だった。


「1つは敵の戦力が未知数であるためです。侵攻するのは獣の類が殆んどで、時折り指揮者と思われる人型のモノも見られます」

 加えて敵の拠点が森の中で全容を把握できていないからだという。


「2つ目は?」

「そもそもの戦力数が少ないのです。今の侵攻してくる獣の数は多くても150匹程度で、国内の戦士で事足ります。と言っても1匹に対して4人で応戦しますから、桁が増えるような数には為す術もないかと」


 聴けばこの国の人口は約2万人、戦士数は3,300人だという。

 となると獣が825匹で限界……加えてこの侵攻は既に8回行われており、毎回数が増え直近が150匹だったそうだ。

 この状態では国王も進軍せよとは言えないという。

 他国と戦争はしていないが、常時国家警備の戦士は必要で全てを回すのも難しいらしい。


 しかも私は知っている、この状況を作った諸悪の根源を。いや、もしかしたら既に私の知る以上の存在に昇華しているのかもしれない。仮面の彼は最も“それ”を警戒していた。


「特使殿、貴方が最も危険視しているのは先程伝えていただいた、“魔王”と呼んでいるモノですね」


 深い頷きと沈黙があった。


 地上を照らしだす日の光が分厚い雲によって姿を隠す。少し空気が重くなったように感じた。その所為だろうか、彼の眼に強い影が降りた気がした。


「奴の潜在力がどれ程のものか、測れたものではありませんが、周りを侵食し、恐らくそこをある種の拠点にしているのかと。そのせいで多くの人々が生活を奪われています」

「やはりその能力は健在か……侵食に呑まれた犠牲者は?」

「……およそ1万2,000人です、誰も帰ってきてはいません」


 自責に溺れたような、力の及ばなかった過去を嘆き続けたように聴こえた。


 被害人数から考えて眷属を3万匹は作れる……

 だとしたら森への進行はしないで正解だろう。

 正直下位個体を4人で戦う時点で現世界民が対応出来るとは考えられない。

 私のいた世界では自称冒険者も含めて戦えるのは推定5万人。下位個体と1人で戦ってもほとんどは問題ないレベルだった。

 私や友人達が処理するのであれば、一振りで屠れるのでそこまで脅威ではない。

 世界が変われば力の基準も変わるのだろう。


 詰まるところ異世界人に頼るのは現世界民では対応できないため、ということだった。

 ここまでは念話で聞いた話だったが、まだ聞きかなければならない。


 召喚されているのが私しかいないという点だ。

 他の戦力は来ないのだろうか?


 その答えは単純なものだった。


「……実を言えば、私はまだ召喚を扱いきれないのです」

「どういうことです?」

「この力を自覚したのは去年の事です。有しているとは聴いてはいましたが、どうすれば使えるのか結局自己流で探る羽目になりました」

「コントロールが難しいと?」

「いえ、容量、とでも言いますか。貴方1人を喚び出す事で使い切ったようなものです。何人も召喚するほどの力を持っていないのですよ」

 と口惜しそうだった。


 そもそもこの世界に召喚を扱う人間がほぼいなかったらしい。

 そのせいで力を使うための試行錯誤に時間を費やし、力の容量を増やすことは着手できていないという。

 結局1人を喚び出して限界だと語られた。

 なるほど、これでこの場に1人しか居ない理由は納得した。そうであるならどうしようもない。


 最後に、個人的に1番聞きたい事があった。


「喚びだせるのは1人。では何故私を選ばれたのですか? 他の世界の人間もいたはずでは?」


 そう、私である理由。何故私ならばと思ったのか。魔王討伐が果たせるならば誰でも良かったはず。


 雲が切れたのか、再び光が差してきた。まるで暗さから解放され、一筋の閃光を見たように目を細めてしまう。


「喚べるのは1人。であれば最も強き者を選ぶのは当然です」


 ——買いかぶり過ぎだ。私は友人を、目の前でみすみす失うような男だ。


「“英雄殿”の言うように、かの魔王と同じ世界から召喚しなくても良かったのかもしれません。でも私は同じ世界から喚ぶと決めた。その世界の人にこそ、幕を引いてもらうべきだと感じたんです」


 明るさに慣れ、細めた視界を緩める。


 少しの間の中、特使は窓へ向かって緩やかに歩く。


 先程よりも強い光が、横顔から仮面越しの瞳を眩く見せる。それはまるで宝石のような煌めきがあった。


「何より私と同じだったから」

「同じ?」


 思わず聞き返した。

 窓から私の方に向き直り特使殿はこう言った。


「——私と同じ、復讐を望んでいるから」


 そう告げると彼の右手が差し出された。

 ——ああ、知っている。よろしくの握手だ。


 右手でこちらこそと握り返す。

 彼の手は私の手を握っている筈なのにとても弱々しく感じた。


「“英雄”ではなく、“シャロン”ですよ、特使殿」

「分かりました。ではお名前で呼ばせて頂きます、シャロン殿」


 空気が柔らかくなったのを感じる。

 特使殿も私と同じ復讐者だと、そう打ち明けられたからだろうか。なんだか緊張が和らいだ。


 それにしても、仮面と騎士しかいない空間は奇妙なものだ。

 誰が見ても、謎の悪巧みをしようとしている2人組、程度にしか見えまい。

 何故仮面を付けているのか、敵拠点との距離など、多方面で知りたい事もある。ずっと質問攻めでは疲れる話だ。時間を見つけて、少しずつ質問していきたい。

 緊張が解けたのは良いが今度は外が騒がしくなる。何か、不測の事態にでも駆られたように。

 そう感じ取った矢先——


 バンッ!! と勢いよくドアが開いた。


「——失礼します!! っ、特使殿!!!」


 急にやってきたその人物は肩で息をしている。

 格好からするに、宮殿に仕えているようだ。

 赤と黄と白色が、私はここに服事していると語っている。


 「一度落ち着いてよ、ドマーさん」と特使殿が口を開けた。


「一体何があったんですか? ノックもなしなんて、姫様の前では辞めてくださいね?」


 最後は茶化したように聞こえた。普段はこんな感じなのだろうか?


「っそ、その姫様です! 何処を探しても、い、いらっしゃらないのです!」


 緩やかな雰囲気は霧散。変に騒がしい理由を知った瞬間だった。

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