第16話

「ーーーはい、魔石の査定が終了致しました。報酬金は1300000セルです。おめでとうございます、マコトさん!最高記録更新ですね!!」


やや顔を赤らめたレイラが興奮気味にそう告げた。


つられるように他のギルド職員や探索者達も手を打ち鳴らし、あちこちで歓声が上がる。


それもそのはず。


一日の探索で報酬金が1000000セルを超えるなど滅多にある事ではないからだ。


一流の探索者が徒党を組み、大規模な探索を行えば不可能ではない。


しかし、たった一人でこれだけの戦果を上げる事ができる存在など、広大な大陸といえども片手で足りる程しかいない。


人はそれを英傑怪物と呼ぶ。


それらと肩を並べる新たな英傑の誕生に、人々は沸いていた。


だが、当の本人であるマコトは苦笑を浮かべるばかり。


彼は、今回のことをただの幸運だとしかおもっていなかった。





この日、マコトはいつも通りに迷宮で探索を行なっていた。


その途中、ラウンドサーチにて感じたことのない強烈な|気配(プレッシャー》を察知したマコトは警戒しつつもそこへ向かったのだ。


そこで見つけたのは、アークデーモンという魔物であった。


悪魔系の魔物には、下級のグレムリン、中級のレッサーデーモン、上級のグレーターデーモン等が存在しているが、その頂点に君臨するのがアークデーモンである。


トロールに匹敵する巨躯は鋼鉄のような筋肉の鎧に覆われており、その巨体からは想像もできないほどの俊敏性を持つ。


更には漆黒の翼で空を飛び、魔剣を振り回し、猛毒の息を吐くのだ。


極め付けは悪魔系の魔物を配下として召喚する能力である。


上級の魔物でさえ生易しく思えるほどの強敵。


上級を遥かに超えた上級。


そのような存在を、最上級の魔物と呼ぶ。


彼らは上級迷宮でも滅多に顕現しない。


仮に遭遇してしまった時には、逃げる事だけに全力を尽くすべきだとも言われている。


幸か不幸か、マコトはそんな存在に遭遇してしまったのだ。


勿論マコトも最初は逃げようとした。


しかし、ハイディングによって気配を消していたはずのマコトを察知し、アークデーモンが襲いかかってきた。


これが複数人のパーティーであれば犠牲を覚悟で逃げ延びる者もいたかもしれない。


しかしマコトは一人ソロだ。


逃げられる可能性は限りなく低かった。


半ば強制的に戦闘に陥ったマコトであるが、数々の修羅場をくぐってきた彼は、すぐに思考を切り替えた。


逃げられないならば戦う、そして勝つ。


数瞬で覚悟を決めたマコトの脳が高速で回り出す。


そして死闘が始まった。




嵐のような剣撃を必死に捌きつつ、数々の魔法を解き放って反撃する。


アークデーモンも負けじと魔剣を振り配下を呼ぶが、今のマコトにとってはグレムリンやレッサーデーモンのみならず、グレーターデーモンでさえ片手間で駆逐できる程度の存在でしかなかった。


それだけマコトは己の持てる全てを開放していたのだ。


トロールの豪腕をも二度の斬撃にて斬り飛ばしたマコトであるが、アークデーモンの強靭な肉体にはそう簡単に深手を負わせる事はできない。


反対にアークデーモンの剣撃が直撃すればマコトの腕など簡単に切断されるだろう。


回復魔法にも限りがある。


なるべく直撃を避ける為に、マコトはかつてないほど神経を研ぎ澄ませていた。


互いに傷が増えていき、回復手段を持たないアークデーモンの動きが鈍る。


拮抗していた両者の均衡が崩れた。


畳み掛けるように魔法を連発し、無我夢中で剣を振るう。


神速の連撃で取れかけの片手を斬り飛ばし、岩の豪槍で目を穿つ。


だがアークデーモンも必死の反撃を試みる。


片手が切断される寸前に魔剣を逆の手に持ち替え、絶妙のタイミングでカウンター一閃。


マコトは熟練の体捌きで避けようとするが、避けきれずに袈裟斬りにされる。


ギリギリ内臓までは届いていないが、マコトも深い傷を負った。


その隙を狙ってアークデーモンが暴風を纏った豪脚で回し蹴りをするが、間一髪でマコトが左腕にて防御した。


しかし、それは片手で耐えられるものでは到底なく。


マコトの左肩から先の骨が粉々に砕けた。


咄嗟に回復魔法を唱え、同時に剛剣を振るう。


片腕に続き、アークデーモンの片脚をも斬り飛ばした。


アークデーモンの咆哮が上がる。


複数の悪魔が召喚されるが、即座に発動した灼熱の嵐が彼らを塵に変えた。


更に数本の雷の矢がアークデーモンに突き刺さる。


動きを止めたのはほんの数瞬。


しかし、それで十分だった。


再びマコトの渾身の一閃に振り抜かれる。


二本目の脚を失ったアークデーモンが地に堕ちた。


もはや翼もボロボロで飛び立つ事もできない。


それでも残った片腕で魔剣を巧みに振るい、必死の抵抗を見せる。


その攻撃は相も変わらず嵐のように強烈なもので、もしここで油断していれば簡単に立場は変わってしまうだろう。


しかしマコトはこの期に及んで欠片も油断を見せず、出し惜しみすることなく魔法を連発。


やがて耐えきれずに大きな隙を見せたアークデーモンの首を、マコトの最後の一閃が斬り飛ばした。


最期までその瞳に憎悪と闘志を燃えたぎらせたアークデーモンは、大きな魔石を残して跡形もなく消え去った。


数秒の沈黙。


そしてマコトはへたり込む。


「勝った………勝ったんだ……。」


自分に言い聞かせるようにそう呟き、魔石を異空間に保管した。


なけなしの回復魔法を重ねがけする。


それでもいくつかの傷は残ってしまった。


左鎖骨から右腰にかけて広がる大きな切り傷。


左腕は異常なほど赤く腫れ上がっていた。


かけられるだけの回復魔法をかけたマコトは、テレポートで迷宮から脱出し、重い身体を引きずってギルドへ向かった。





ギルドに着いてからも大変であった。


絶叫するレイラ、驚愕するギルド職員や探索者達。


開放感や疲労感から、マコトは自らの姿に気を配っていなかった。


傷は治っても流した血は消えない。


防具や服はボロボロの物乞いのようになり、全身は赤黒い血に染まっていた。


失態に気付いたマコトは慌てて魔法を使って身を綺麗にする。


そしてレイラに事情を説明しようとした。


見ている方が心配になるくらい顔を真っ青にしたレイラだがマコトが無事だとわかった途端、今度は号泣し始めた。


泣き喚くレイラは必死に宥め、飛んできたクレイグに事情を説明し、レイラが落ち着いてからは迷宮での経緯を話した。


最上級魔物を一人で討伐したというとんでもない話だが、魔石という動かぬ証拠がある以上、疑う余地などありはしない。


レイラが魔石を査定している間、マコトは探索者達から質問攻めにされた。


やがて、先程までの涙はどこへやら、興奮した様子のレイラやその他の人々に囲まれ、称賛を受けた。


マコトはただの幸運だと言った。


だがそんなことを思っているのはマコトただ一人である。


確かに幸運もあっただろう。


どこか一つ選択を間違えていれば死ぬのはマコトだったかもしれない。


その可能性は十分にあった。


しかし、そもそも最上級の魔物と正面から戦える人間など、大陸広しと言えども数える程しかいないのだ。


その意味を真に理解していないのはマコトのみであった。


いずれにせよ、こうしてマコトは英傑怪物の仲間入りを果たし、その名は国内外に急速に広まっていくのであった。

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