第17話
ここはとある王国の首都。
王都というだけあり、経済的にも文化的にも王国の中心となっている。
更には下級から上級の迷宮が複数揃っており、大陸中から多くの探索者が集う街でもある。
その人口は大陸でもトップクラスのものだ。
そんな王都のほぼ中心に位置する探索者ギルド。
大陸各地に設置されているギルドであるが、これほど立派なものはそうそうない。
探索者の数に比例してギルド施設も充実させる必要がある為だ。
その王都探索者ギルドには連日多くの探索者が訪れるものだが、ここ数日は以前よりも人口の密度が増していた。
その原因は、今まさにギルド内で見知らぬ男性に話しかけられ、苦笑を浮かべている青年ーーーマコトにあった。
マコトがアークデーモンとの死闘から生還して三ヶ月。
もはや王都でマコトの名を知らぬものはいないと言えるほど、彼の名は本人の預かり知らぬところで広まっていた。
この世界の人々は娯楽に飢えている。
メディアとしてのインターネットやテレビは愚か、新聞さえもないのだ。
民衆に出回る情報は口から口に伝えられる噂話がほとんど。
世紀の英傑の誕生は、彼らにとって恰好の噂の種であった。
若き英傑の勇名は見る間に浸透していった。
若き、とは言ってもマコトはもうすぐ28になろうかという年齢なのだが、異世界の人々から見れば精々が20歳くらいにしか見えていなかった。
誇張された情報ばかりが広まって、そういったところが知られていないのがマコトの悩みである。
曰く、最上級魔物を単独討伐した剛の者である。
曰く、蜥蜴の皮を被った竜である。
曰く、血に飢えた狂戦士である。
曰く、亡国の王族の末裔である。
曰く、地獄から這い上がってきた悪魔である。
などなど、事実とは程遠い情報がまことしやかに囁かれていた。
血に飢えたとか悪魔とかは、恐らくアークデーモンとの戦いから帰ってきた時の血塗れの姿から発想されたのであろう。
マコトは知らないが、噂に出てくる地獄とは、周りの探索者達がクレイグの特訓を言い表したものだった。
ともあれ、その噂は街を超え国を超えて伝播し、ここ最近はその名を聞きつけて遠くから王都を訪れる輩まで現れる始末。
「君がマコトだな?…話には聞いていたが、本当に若いのだな。」
マコトの目の前には身長の高いハンサムな男が立っていた。
爽やかに笑ってはいるが、その瞳は鋭くマコトを見抜いており、よく鍛えられた身体は探索者特有の空気を纏っている。
対するマコトはやや辟易するように苦笑いし、穏やかに佇んでいる。
「はい、私がマコトです。貴方は?」
どことなく気弱そうな雰囲気、探索者らしからぬ丁寧な言葉遣い。
未熟者であればそれだけで侮ってしまいそうな程、マコトは
しかし、その男は感じていた。
決して大柄とは言えない目の前の青年から感じる違和感。
やや細身に見える身体は、よく見れば恐ろしいほど鍛え込まれており、実質以上の重量を感じさせる。
にもかかわらず一つ一つの細やかな動きは猫科の動物のようにしなやかで無駄がない。
そしてこの青年、自分をまるで恐れていない。
自慢でも自信でもなく純然たる事実として、男は自らが一流以上の探索者だと自負している。
その身に纏う空気は、同業者をも萎縮させるほど濃いものであると理解していた。
しかしこの青年は平然と佇み、些細な警戒心さえ覗かせない。
まるで、警戒する価値もない、と言われているようであった。
実際にはマコトは「初対面の相手、しかも友好的に接してくる相手に警戒心を見せるのは良くない」という倫理観の元、それを隠しているだけなのであった。
だがそんなマコトの胸中など知る由もなく。
熟練の探索者はマコトが自分より遥かに大きな力を持った存在であると勘違いした。
事実としてはそれは間違ってはいないのだが、認識の違いという意味では間違いである。
咄嗟に言葉を紡げない男に、マコトは探るように繰り返した。
「えっと…お名前を聞いても?」
「あ、あぁすまない…私の名はクリストフ。帝国にて探索者をしている者だ。」
クリストフと名乗った男は必死に戸惑いを隠そうとする。
「クリストフさんですね。帝国の方ですか。宜しくお願いします。」
マコトは朗らかに微笑み、片手を差し出した。
帝国は王国の東に位置する大きな国だ。
以前は王国と戦争を繰り広げた事もあるが、ここ二十年程は友好的な関係を築いていた。
「宜しく頼む。」
クリストフも手を差し出し、二人は軽く握手した。
「それで、私に何か御用ですか?」
質問をしつつも、マコトはクリストフの用件に半ば気付いていた。
何故なら一ヶ月ほど前から、様々な人間から同じように話しかけられていた為だ。
「回りくどいのは互いの為にならんだろう。単刀直入に言うが、私と共に帝国に来ないか?」
クリストフは真剣な眼差しでマコトを見ている。
つまるところ、勧誘である。
この一ヶ月、噂を聞きつけた探索者や貴族等がこうしてギルドへ訪れていた。
新たな英傑を仲間、あるいは護衛として味方につけようという魂胆だ。
マコトは困ったような苦笑を返した。
「すみません。今のところ、ここを離れる予定はないんです。」
いずれは他の都市や迷宮にも行ってみたい気持ちはあるが、まずは王都の上級迷宮を踏破する事が、今のマコトの目標であった。
その上級迷宮も既に8割は探索し終えているのだが、完全に終わるにはあと一月はかかるだろうというのがマコトの考えである。
「そうか…やはり駄目か。これでも帝国では名の知れたクランの幹部なのだが。」
クランとは、ある程度実力を持った探索者達が集って作られた組織だ。
ギルドからクランとして認められるには、それ相応の実力や実績、名声が求められる。
そしてクランとして正式に認められた時、ギルドから様々な恩恵が受けられるのだ。
迷宮の情報を開示してもらえたり、報酬金が上乗せされたりする。
これはギルドが活躍を期待している探索者達への投資ともいえる。
そういった恩恵を受ける代わりに、クランはギルドの許可無しに他の街に移動したりはできないという縛りもあったりする。
「わざわざ来ていただいて申し訳ありませんが…。」
「いや、私が勝手に君に会いに来ただけだ。君が謝る必要はない。…だが、一つだけ頼みがある。」
「はい、何でしょうか?」
ここでもまた、マコトはクリストフの頼みとやらに目星がついていた。
同様の事態になるのは幾度かあった為である。
「それはーーー」
クリストフが口を開いたその瞬間、ギルドの扉が乱暴に開け放たれた。
「おい!ここにマコトとかいうガキはいるか!!」
乱雑な足取りでギルドへ入ってきて大声で怒鳴っているのは、金属の防具を身につけ背に斧を背負った探索者であった。
ギルド内にいた者達が不快そうに顔を顰める。
それに気付く様子もなく、男はキョロキョロと辺りを見渡している。
そしてマコトと話していたクリストフを見ると、ニヤリと笑って近寄った。
「お前がマコトとかいう野郎か?」
「だとしたら何だ?」
クリストフは冷たい眼差しを向けている。
それでも腰が引けた様子がないのは、度胸があるのか気付かないほど馬鹿なのか。
「へっ、こんな優男が化け物並みに強いだって?馬鹿馬鹿しい、そんな噂を間に受けてるんじゃ、王都の奴らも大した事ねぇな!!」
嘲るような言葉に周りの探索者達は激昂ーーーしない。
むしろ無知な男を蔑むように冷笑を浮かべている。
そして一際冷たい笑みを浮かべたクリストフが口を開いた。
「ここは君ごときが来るような所ではない。大人しく田舎へ帰り、農作業でもしていたまえ。」
クリストフの冷言を呆けて聞いていた男だが、徐々にその言葉を理解し、顔を怒りに赤く染めた。
「て、てめぇ!この俺様が誰だかわかってんのか!!俺様はガイル、豪腕の斧手と言われた英傑だぞ!!」
「知らんよ。悪いが動物には詳しくない。野猿と山猿の区別はつかんのだ。許せ。」
「この野郎、ぶっ殺してやる!!」
チンピラ丸出しの恫喝を上げて掴みかかろうとするが、それより早くクリストフが男の顔を鷲掴みにした。
「ショックウェーブ」
冷静に魔法を唱えると、男の身体が痙攣したように震え、次の瞬間には地に沈んでいた。
周りから小さな歓声が上がる。
ショックウェーブとは衝撃を波のように放って攻撃する魔法らしい。
言葉にするのは簡単だが、かなり強力な魔法だ。
鋼鉄の鎧を着ていても、それを無視して肉体に衝撃を放つ事ができる。
魔倣眼によって会得したマコトは、これは使えそうだとほくそ笑んだ。
そうとも知らずクリストフはマコトに振り返って口を開く。
「さて、これで邪魔者はいなくなった。改めて言おう。マコト、私と戦ってはくれまいか。」
ーーーあぁ、やっぱり。
それがマコトの、率直な感想であった。
決着は一瞬であった。
ギルドに併設されている訓練場にて、
審判を買って出たクレイグの掛け声で試合開始。
次の瞬間、クリストフの目の前にはマコトの姿があった。
歴戦の強者であるクリストフはすぐに対応しようとするが、あるかないかの一瞬の隙。
マコトはそれを見逃さない。
素早くパラライズとサンダーアローを放つ。
しかし特殊な魔道具を身につけているのか、パラライズは不発する。
更にサンダーアローをショックウェーブで迎撃する。
緻密な攻防であるが、全てはマコトの想定通りであった。
マコトが魔法に重ねるように剣を振るい、クリストフが咄嗟に下がろうとするが、それは不可能であった。
クリストフの足は、いつの間にか発動されていたクレイシャックルという魔法によって拘束されていたのだ。
それに気付いた時は既に手遅れであった。
「そこまで!この立ち会い、マコトの勝ちだ!」
マコトの剣はクリストフの首に添えられ、クレイグが判定を下した。
クリストフは悔しそうに、しかしどこか清々しい様子で肩を竦めた。
「……文句のしようもない。完敗だな。」
「いえ、これはただの作戦勝ちです。次があればどうなるかはわかりません。」
それはマコトの本心であったが、他ならぬクリストフが己の敗北を悟ってしまった。
ーーー次があったところで、果たしてまともに戦えるだろうか。
偽らざるクリストフの本音であった。
結果的にはマコトの圧勝ではあるが、目を見張る攻防が繰り広げられたのは見ている全員が理解していた。
再度握手を交わす両者に、誰ともなく万雷の拍手と歓声を送ったのであった。
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