第15話
前方を横切る巨大を柱の影から盗み見る。
その姿は獲物を追う狡猾な狩人のようであり、その瞳は地を睥睨する猛禽類のように鋭い。
普段の彼の姿からは想像できない程に張り詰めた空気は、紛れも無く一流のそれである。
彼ーーーマコトは、現在上級迷宮にて探索を行なっていた。
異世界に来て早半年。
その身に宿す異能によって数多くの魔法を会得してきたマコトであるが、それら全てを常用するかというと、そうではない。
潜る迷宮の環境や、対峙する魔物の種類によって使う魔法が変わるのは勿論であるが、この半年でマコトが得意とする魔法というものも出てきた。
それはマコト自身の好みであったり、戦闘スタイルに合致するものであったり、単純に初期に会得したが為に信頼値が高く使い慣れているものであったりする。
特にマコトが重用しているのは、以下の魔法だ。
ラウンドサーチ:周囲の索敵。
ハイディング:自身の気配を希薄にする。
ビルドアップ:身体能力の強化。
マジックブレイド:刃物の斬れ味を向上させる。
パラライズ:対象を麻痺させる。
リカバリー:一定時間、身体を持続的に回復させる。
ヒール:身体の傷などを癒す。
アイテムストレージ:物体を異空間に保管する。
テレポート:空間を転移する。
これらの魔法を特に多用し、マコトは迷宮を探索しているのだ。
ラウンドサーチにて魔物を探し、ハイディングを使って近付く。
パラライズによって敵の動きを封じ、ビルドアップとマジックブレイドによって強化した剣撃にて、敵を屠る。
もちろん全ての敵にパラライズが通用する訳ではない。
特に上級迷宮に出没する魔物は状態異常への耐性を持つ者が多く、一方的に攻撃できる事は少なかった。
それでも魔神の加護によって強化されたマコトの魔法は、数秒程魔物を麻痺させる事ができる。
その数秒でマコトは魔物を斬り、麻痺が解ければ駄目押しの攻撃魔法によって撃破していた。
そのような戦い方をしている為、マコトが傷を負う事は滅多にない。
しかし迷宮という特異な空間で、一撃でも食らえば負傷は免れないという緊張感の中で戦い続ける事は、体力的にも精神的にも簡単な事では無かった。
だが、マコトはそういったものをリカバリーによって常時回復させ、たまに傷を負ってはヒールで回復させる。
たまった魔石をアイテムストレージで保管し、時間が経てばテレポートによって帰還する。
一人で探索しているにも関わらず、他の探索者達より長く迷宮に篭り、多くの魔物を駆逐し、無傷で生還するのは、こういった要素がある為であった。
もちろん、魔法さえあれば誰でも同じ事ができるかというと、そうではない。
いかに強力な魔法を持っていても、指先ほどの油断も許されない程、魔物は強靭な肉体や特殊な攻撃をするものだからだ。
トロールの振るう棍棒、ワイバーンの息吹、ゴーレムの踏み付け。
それらを一度でも真面に喰らえば、いかに魔法で身体を強化していようと、骨の数本は簡単に砕け、皮膚は溶けてしまうだろう。
それらに対処できるのは、ひとえにマコトがこの半年で身につけた技術に他ならなかった。
クレイグに課される地獄のような訓練。
助けてくれる者は何もないたった一人での死闘。
そういった経験の中で、マコトは自らの戦い方、生き方というものを開拓していた。
巨大な棍棒を繊細な剣撃で受け流し、猛烈な火の嵐を魔法で防ぎ、あらゆる物理的な攻撃を洗練された体捌きで避けていく。
もはやその技量だけでも一流というに相応しく、それでも尚警戒を怠る事が許されないのが迷宮だ。
前方を鈍重な動きで歩く巨人の背を見つめ、マコトは己の背が恐怖と緊張でひりつくのを感じていた。
ーーー何度やっても慣れないな。
それはマコトの偽らざる本音である。
トロールなど既に何度も討伐してきた。
それでも油断が許された事など一度として有りはしない。
それは今回も一緒だった。
音が出ないよう静かに、それでいて深く深呼吸をする。
頭の中で戦闘のプロットを組み立て、心を落ち着かせ、息を吐いた。
「ビルドアップ。マジックブレイド。」
意を決したマコトは、魔法を行使する。
身体と剣が光を纏い、獲物を屠らんと剣が鳴動している気がした。
彼が手にする剣は意志など持たない只の無機物だ。
すなわち、震えているのはマコトの身体。
それは恐慌か武者震いか、あるいはその両方か。
答えなどわからぬまま、マコトは一歩を踏み出した。
魔法によって強化されたマコトの駆け出しは、たった一歩で数メートルを詰める。
「パラライズ!」
愚鈍な巨人がこちらに気付く前に、マコトの魔法によってその巨体は動きを止めた。
トロールは混乱している。
普通に歩いていただけなのに、急に身体が痺れて動けなくなったのだ。
そして不意に感じる後方の気配、そして濃密な戦意と殺気。
気付いた頃には遅かった。
強烈で、それでいて恐ろしく鋭い斬撃。
巨大な棍棒を担ぐトロールの右腕が半分程も切られてしまった。
麻痺が解けたトロールは醜悪な顔面を怒りに染めて振り返る。
そこには袈裟斬りに剣を振り抜いたマコトの姿があった。
予想より遥かに小さく、そしてたった一人の襲撃者の姿にトロールは驚きを隠せない。
驚愕するトロールを尻目に、マコトは逆袈裟に剣を振り上げる。
半ばまで斬られていたトロールの腕が宙を舞った。
痛みに呻きつつ、左手を振って反撃しようとするトロールだが、素早い身のこなしでマコトは再度トロールの背後に回る。
「サンダーアロー!ストーンアロー!」
威力はやや低いものの、発動が早く扱いやすい魔法を駆使してトロールを攻撃する。
更に、マコトはただ適当に魔法を放った訳ではなかった。
背後に回ったマコトを、逃しはしないとばかりに素早く振り返ろうとしたトロールに雷の矢を放ち、一瞬動きを止める。
中途半端に止まってしまったトロールの片目に、狙い澄ました石の矢が突き刺さった。
片手に加えて片目まで失ったトロールは怒りの咆哮を上げるが、振り向いたそこにマコトの姿はなかった。
片目を潰すと同時に再び身を動かし、たったいまできた死角に入ったのだ。
マコトの姿を見失ったトロールだが、次の瞬間、左足に異変を感じ、膝を折った。
マコトがその鋭い斬撃で足の腱を斬ったのだ。
トロールは咄嗟に立つ事もできず、自慢の棍棒は斬り飛ばされた片手とともにあり、振るう事もできない。
随分と狭くなった視界で、トロールはその首を斬り落とさんと剣を振り上げるマコトを呆然と見つめる事しかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます