第14話
「ーーーっはぁ……」
10時間程こもっていた迷宮から出たマコトは、大きく深呼吸をした。
白い吐息がこぼれた。
「久々に入り過ぎちゃったなぁ。またクレイグさんとレイラさんに心配されちゃうかも。」
一人でそんなことをぼやきつつ、ギルドへと足を向けた。
季節は冬。
マコトがこの世界に来て、半年が経過していた。
レイラと大商市でデートをしてから二ヶ月である。
あれからレイラはマコトへの好意を隠したり否定したりする事がなくなり、周りから囃されても嬉しそうに顔を赤らめるに留めるようになっていた。
マコトはその度にどうして良いのかわからなくなるが、嫌だと感じる気持ちは全くなかった。
むしろ、マコト自身もレイラに対する気持ちが以前より強くなっているのを自覚しつつあった。
それでも手を出そうとしないのは、ひとえに日本で培われた倫理観がある為だろう。
そんなものはやがて時間が解決してしまうものだという事はマコトもわかってはいるが、それでも未だ答えは出せずにいた。
この二ヶ月間、自分に対して素直な好意を寄せてくれるレイラを好ましく思いつつも、マコトは自分の優柔不断さや情けなさを感じていた。
やるせない感情を迷宮で魔物にぶつけ続けていた。
既に王都に二つある中級迷宮はどちらも攻略し終え、未だ攻略され尽くしていない上級迷宮へと挑んでいる。
「上級迷宮にも慣れてきたけど、やっぱり中級までみたいに上手くはいかないなぁ…。」
マコトは再度溜息をこぼした。
中級までは殆どの魔物を一掃していたマコトであるが、上級ではそうもいかなくなっていた。
中級と上級の壁はそれだけ大きいのだ。
複雑な構造、悪辣で緻密な罠、そして強大な魔物。
どれも中級とは一線を画するものであった。
殆どの探索者は上級迷宮でまともに探索する事ができない、と言われているが、それも仕方のないことだとマコトも感じていた。
3mほどの巨大な体躯とそれに見合った怪力、そして再生能力を併せ持つトロール。
上空から高温の火を吹き、鋭い爪と牙で大岩をも噛み砕くワイバーン。
高硬度の金属に覆われた巨躯で暴れ回るゴーレム。
それらは生半可な探索者では太刀打ちできない程強く、恐ろしい魔物達だ。
このレベルになると流石のマコトでも鎧袖一触とはいかず、様々な魔法とクレイグ譲りの剣術を駆使して戦うようになっていた。
そもそも上級迷宮を一人で攻略しようというのがおかしな話なのだが、魔法を使っているところをあまり見られたくないが為に、マコトは未だに一人で活動していた。
探索者は手の内を暴くような事は御法度であるため、他の探索者も表立ってマコトを探ったりはしていないが、この若さでたった一人で上級迷宮を探索しているマコトを気にならない者などいなかった。
余程特殊で強力な魔法を持っているのだろう、と噂されているが、どんな事情があれ、マコトが超一流の探索者である事は疑いようのない事実である。
王都の探索者は、既にマコトを自分達とはかけ離れた才能と素質を持った人間であるという風に位置付けていた。
「あっ、おかえりなさい!マコトさん!」
ギルドに入ったマコトにいち早く気付いたレイラが満面の笑みを浮かべた。
心まで暖まるような気がして、マコトも笑い返す。
「ただいま戻りました、レイラさん。ちょっと遅くなってしまいましたね。」
「なかなか戻ってこられないので心配してたんですよ?」
やや咎めるような目を向けるレイラに、マコトは苦笑を浮かべた。
「すみませんでした…ちょっと集中し過ぎて。」
本来であれば何時間迷宮に篭ろうとも咎められる謂れなどないのだが、レイラの純粋に心配する気持ちを察して謝るしかないマコトであった。
「まぁ、無事ならそれで良いんですけど。…急にいなくなったり、しないで下さいね?」
綺麗な瞳を湿らせるレイラに息を飲む。
「…そんなことしませんよ。私は必ず帰ってきますから。……でも、確かに今回は潜り過ぎました。反省してます。」
誤魔化すように頭を下げるマコトに、レイラは涙を拭いながら微笑んだ。
「…いえ、マコトは別に悪くないですから、謝らないで下さい。私こそ、我がままを言ってすみませんでした。」
「心配してくれるのはほんとに嬉しいですから。レイラさんも気にしないで下さい。」
泣き止んだことにホッとしたマコトも笑みを返す。
甘い空気を出す二人に、すかさず周りの探索者が野次を飛ばした。
マコトとレイラは二人して照れるようにはにかんだ後、思い出したように魔石の売買をした。
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