第31話
男達が目線を合わせること数秒。
その中の一人が、お前拾えよ、の圧に負け、地面に刺さっているそれを仕方なく手に取った。
それは白い紙のようなもので何やら文字が書かれている。
「えーっと……これから貴方達の悪事を頂戴しに参ります? 」
「ああ? なんだこりゃ。ガキのいたずらか? 」
「その割には随分と立派な紙質みたいだが……おい、まさかこれ、お前の仕業か? 」
男は視線をハルトへと移し、その白い紙を目の前に突きつける。
ハルトは怪訝な表情でそれに目を通し、そして否定するように手を小さく振った。
「……まさか。知らないですよこんなもの。俺がこんなキザな事するような人間に見えます? 」
ハルトはそう言って男達に自分のみすぼらしい容姿を目に焼き付かせる。
「……確かにな」
「そもそも、紙質も随分と上等なもんだし、貧乏臭いお前には似合わない」
「確かに、見るからに根暗だもんなお前。天変地異が起きてもありえねぇか」
「言い過ぎだろ」
しかし、悲しい事にこういった罵詈雑言は既に嫌なほど言われている。
今更、こんな事では全く傷つかないのだ。
「まぁこれは一先ず置いておいてだ。今はお前を殺る事が先決だ」
「懲りないなぁお前達は。さっきあれだけけちょんけちょんやられたのに、なんでまだ強気になれるんだ」
「う、うるせぇ!! 今回は一味違う!! 」
「一味? 二味くらい違わないと勝負にならないんじゃないか? 」
「そんな事はねぇよ。ほら」
と、途端に勝ち誇った表情を浮かべた男。
そして、ピンと立てた人差し指をハルトの背後へ向けた。
「多勢に無勢ってわけか」
わざわざ振り向かなくても分かる。
恐らく、数人とかそんな生半可な数ではない。
ざっと二十人はいるような騒がしさだ。
「おいコイツを囲め!! 絶対に逃がすなよ!! コイツは俺達のあの商売道具に感づきやがった!! 俺達の秘密を知った奴は口封じが決まりだ!! 」
そんな男の一声で仲間達がハルトの周りを取り囲んでいく。
これだけの人数だ、体術が得意なハルトでも少し危険が伴うかもしれない。
――否
ハルトの体術はそこらの冒険者とは訳が違う。
「お前ら行くぞ!! 殺れぇぇ!! 」
男達は士気を上げてハルトに突撃していく。
この盤面、誰が見てもハルトが不利な状況にあり、見ても逃げれるような隙はない……なんてことはなかった。
「ほい」
ハルトは表情も変えずに、誰もいない空中へ軽々跳躍した。
結果、ハルトはこの取り囲みからいとも簡単に脱出してしまった。
一方で男達は、ハルトを取り逃がした事で戦闘体制が壊滅。
先頭から崩れるように山積みになり、かなりの人数が行動不能になってしまった。
「くそぉ……上へ逃げる事も十分警戒してたのに……」
「なんて跳躍力だ……」
「どうも。じゃあ一人づつやっていくぞ」
そうして、ハルトはこの大集団をあっと言う間に片付けてしまった。
敵が目の前にしかいない以上、ハルトにしてみればあまりにも容易い。
力の差がはっきりと分かる戦闘だった。
しかし、そんな圧倒的な状況の中でハルトは目を細める。
「にしても……なぜコイツらは魔法を使ってこないんだ」
戦闘の基本は確かに体術だが、それでも魔法を一回も使ってこない、というのは少し違和感を覚える。
「……ま、気にしても仕方ないか。今はそれどころでもないし」
根本的な問題は全く解決してない。
そう、今はこの箱をどうするべきかについて考えるべきである。
「くっ……」
「……ちょっと打ち込みが甘かったか」
ハルトの一撃が甘かったのか、倒れていた集団の一人が意識を取り戻してしまった。
ソイツは最初に出会った三人の内の一人だ。
男はおぼつかない足で腰を上げた。
「後悔させてやる……」
「まだそんな事言って……」
と、呆れるハルトだったが、男の行動でその表情が一変する。
男の右手に青色に煌めく一華。
――薫乱草だ。
男はニヤリと笑みを作り、その薫乱草を豪快に口内へと放り込み嚥下した。
その瞬間、男の様子が豹変する。
全身の筋肉と血管が露骨に盛り上がり、発熱しているのか、異常な量の汗が男の額から滴り落ちていた。
そして薫乱草とは切っても離せないこの症状。
眼球の変色だ。
ハルトは危険を察知し瞬時に後方へ移動。
一応、男と二十メートル程の距離をつくったが、肌がピリピリと痺れるような感覚はこれくらいの距離感では全く弱まらない。
「バグってんなこの魔力量……それに、やっぱり気味悪いなあれ」
人間のようで、人間じゃない。
あの男にはそんな言葉がピタリとハマる。
なんて考えていたのも束の間。
男は狂ったように奇声を上げ、攻撃を繰り出し始めた。
ただし、それは先程のような接近戦ではなかった。
「紫色の魔力……雷魔法か。嫌な事を思い出すな」
空気は激しく音を立て、次第に魔力は男の右手へと凝縮していく。
その魔力は明らかに常人の域を超えていた。
そうしてハルトに放たれた魔法は丸で弾丸のようなスピードだった。
そして一瞬で砂埃が舞い上がる程の威力。
男も自分の魔法に自信があったのだろう。
一層と不気味な笑み浮かべていた。
「あははは!! 殺してやったぞ!! 殺してやったぞ!! この手でアイツを!! 」
男には確固たる自信があった。
だからだろうか、このあとハルトが平然と突っ立っている姿を目にした時は心底驚いていた。
そりゃそうだ。
自信満々の雷魔法を無傷でしのぎきったのだから。
「くっそぉぉぉぉぉ!!! 」
男はまた悔しいそうに声を絞り出す。
これもハルトの力をろくに見ようとしなかった事が原因だ。
だが、その勘違いが更に男の苛立ちを加速させてしまった。
この瞬間、男から自我なんてものはなくなる。
何発もの雷魔法を無闇に撃ち続け、そのたびに怨嗟のような奇声を上げる。
もはや、戦闘になどなっていない。
「もうやめとけ」
「ぐあっ!? 」
あれだけ無闇に魔法を撃っていればいくらでも隙は生まれる。
ハルトはその隙を狙って男の懐に踏み込んで、鳩尾に右拳をめり込ませた。
男は苦しそうな声を上げた後、そのまま力無く倒れ込んだ。
「薫乱草……使用するとあれだけの魔力を創造できるのか……」
ただ、あれだけ過剰に魔法を発動させれば、常人程度の体ではきっと耐えきれないはず。
このあとこの男が何事もなく目を覚ませればいいのだが。
ハルトはそう願いつつ、改めてこの薫乱草の恐ろしさを思い知った。
「さて……一人だとどうにかなったが……」
ハルトは恐る恐る視線を背後に向ける。
「はぁ……次から次へと」
男との戦闘がド派手だったせいで、みんなの意識が思いのほか早く戻ってしまった。
既に数人の男達がハルトの背後に立っている。
片手に一輪の薫乱草を持って。
「もう冷静さはないか」
ハルトの言葉通り、男達は躊躇なく薫乱草を体内にぶち込んでいく。
もうやるしかない――ハルトがそう悟った時だ。
ハルトがここまで辿ってきた道からドコドコと土を蹴るような足音が聞こえてきた。
ただ事ではなさそうな雰囲気に、ハルトはふと視線をそちらに向けてしまう。
「あれは、リュースか」
見れば、この騒ぎに駆けつけた?リュースが数十人体制でやってきていた。
だが、何かがおかしい。
「? あれは本当に駆けつけてくれたのか? その割には緊張感が全くないが」
むしろ、リュースの意識がこの男達にではなくどこか別に向いているような感じさえした。
不思議に思ったハルトは少しリュースを注視してみる。
「誰かを追ってるのか……ってことは、別に駆けつけてきた訳じゃなくて、誰かを追ってる内にたまたまここに入り込んだってことか。先頭を走ってるアイツが追ってるのか。……って、ああ? あの先頭を走ってる奴って」
「今日という今日はもう許さん!! 」
「女だからって何でも許されると思うなよ!! 」
「何が、いたずらじゃないって事を証明してあげるだ!! リュースの敷地内に大量の蜘蛛モンスターを放り込みやがって!! 嘘も大概にしろこのクソガキっ!! 」
「ぎゃあぎゃあうるさいわねこの石頭。だから、今からそれを証明してあげるって――あ、ハルト!! 待たせたわね!! 薫乱草は見つかったかしら!? 」
鬼気なリュースに追われながらも、ハルトに手を振って見せるほどの余裕。
「リッカ? 」
あれは紛れもなくリッカである。
「一体何をしでかしたたんだ」
「そんな事今はどうでもいいのよ!! 薫乱草はどこ!! 」
「薫乱草? それならこの箱に入ってると思うけど。でも、その箱めちゃくちゃ硬くて――」
「良くやったわ!! なら、後は任せなさい!! おりゃっ!! 」
リッカは満面の笑みを浮かべると、その場で一気に跳躍。
そしてそのまま箱へと急降下し、渾身の拳をぶつけた。
――バコーン!!
リッカの拳が勢いよくぶつかり、あの強固だった鉄製の箱は一瞬で見るも無惨な姿に変わった。
「そう言えば助けられた時もこんな馬鹿力を見せられたっけか」
リッカはハルトを片手で楽々と持ち上げるほどの馬鹿力を持っている。
救出した時も、動けないハルトは悠々と運んでいて、少なくともパワーはハルトよりも勝る。
して、箱が壊れた衝撃によって、中に詰め込まれていた薫乱草が空中へと放り出された。
それは眩い光となって宙を舞い、その景観は夜空に輝く星のよう。
リッカを追っていたリュースの意識も、その存在感と輝きに惹かれてしまい。
「あ、あれは薫乱草!? 」
リュースも宙に舞ってるそれが薫乱草だと分かったのだろう。
鬼気だった顔つきが途端に警察のそれへと一変。
リッカはそんなリュースに対し仁王立ちで向かい合った。
「だから言ったでしょ? ここは薫乱草の保管場所だって。私の今までの言動がいたずらじゃないって分かった? 」
「くっ……ほ、保留だ」
「保留? 何がよ? 」
「この薫乱草が元からここにあったものなのか判断出来ていない。俺達をからかおうとお前がわざわざここに持ち込んだ可能性もある。お前ならやりかねない」
「はぁ……」
自分に対する信用の無さに、リッカは大きくため息をつく。
だが、今までの事を思い出してみても、リッカに対して疑心暗鬼になってもおかしくない。
リッカもそれは十分に理解していたので、それ以降リュースに反論する事はなかった。
そしてリッカはくるりと踵を返し。
「おい、気をつけろ。こいつら全員薫乱草を使いやがった」
「みたいね。まぁこの後処理はアイツらに任せてもおけばいいわ。私を信用しなかった罰ね」
そう言ってリッカはハルトの腕を掴み。
「ふふ。これで予告通り。貴方達の悪は無事頂戴したわ!! 」
「……まさかあの恥ずかしい予告状ってお前が……」
そう言ってリッカは、満点のドヤ顔を浮かべてこの場から去っていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます