第30話

「まぁ別に行ってやってもいいけどさ、その間お前はどうするんだよ? 」


「私はちょっと野暮用があってね。いい? 絶対に薫乱草を見つけるのよ? 見つけられなかったら一ヶ月タダ働きだから」


「もしそうなったら直ぐにでも辞めてやる」  


「冗談よ冗談。そのつもりでこの依頼をまっとうしなさいってこと。まったく……初の裏仕事で緊張する貴方を少しでも和らげようとする私の優しさが伝わらないかしら」


「優しさって……どこぞのブラック企業みたいな事言ってたぞお前。いくら冗談でもブラックジョーク過ぎて励みにならん」


「だから冗談だってば。ああ言えばこう言うわねほんと」


 そう言ってリッカは基地の場所を書いた地図をハルトに手渡した。

 見事なまでに簡潔に書かれた分かりやすい地図だ。

 

 ハルトはパッと目を通し、基地のある場所を把握する。

 そうして、二人はそれぞれのやるべき事をするべく、お互いに足を進めていった。

 

 リッカと別れて三十分くらい経った頃。

 ハルトの視界に鉄製で出来てるであろう巨大な倉庫が姿を現してきた。

 更に接近してみると倉庫周辺に武器を常備した男が三人ほどいる事が分かる。

 ハルトはポケットから地図を取り出し周りの風景と照らし合わせていく。


「……ここで間違いないな」


 男達の腕には二つの剣を交差させたような刺繍が腕章として巻かれている。

 あれはフューゼのメンバーが身分を示す為に身に着けているものだ。


 ここがアジトで間違いない。


 ハルトはそう確信し、倉庫の方へと視線を移した。

 先程、リッカはアジトの倉庫に薫乱草が隠されていると言っていた。

 ここがアジトならば、あの倉庫に薫乱草が隠されている可能性が高い。

 幸いにも倉庫と呼べるものは一つしか見当たらず、幾分か探す手間も省けそうだ。

 ハルトは、ならば、と倉庫の方へ接近していき、近くにあった物陰に身を隠した。


「丸見えだな……警戒心なさすぎだろ」


 見れば不用心にも倉庫のシャッターは目一杯まで上がっていた。

 まぁ、そのおかげでハルトがいるこの場所からでも少しだけ中が確認できている。

 本来ならシャッターが上がっている内に中へと忍び込みたい所だが、ここは無理をしない選択を取る。

 

 不用心は余裕の裏返しであることがよくある。

 となると、その余裕はどこからくるのかを考えないといけない。

 一つの理由として、倉庫の近くに罠を張っている可能性がある。

 そうなれば先ずはその確認が必要だ。


 ハルトは罠の有無を確認しつつ、ついでに倉庫の中の見えるところを有り難く確認させて貰う事にした。


 先ず映ったのは剣やら防具やらの装備品だ。

 次にいくつもの食材が詰め込まれている大きな木箱。

 後は、そのへんに木屑は金属の破片などのゴミが散らばっているくらいだ。

     

「うーん……見えないな」


 薫乱草は花弁の周囲が青紫に煌めいているので遠目でも視界に入れればわかる。

 だが、ハルトの場所からはそのようなものは確認できない。


 やはり倉庫内に侵入し、隅々まで確認しないと見つけることは不可能だ。

 幸いにも警備してる連中は倉庫から少し離れたところで和気あいあいと談笑している。

 見たところ罠らしいものもない。

 狙うのならここしかない。


 ハルトはそそっと忍び足で歩み始め、本人ご自慢の存在感の薄さで倉庫の中へと侵入することに成功した。

 中はそこまで広い訳ではないが、何分その物量が半端なく多い。

 しかも、その殆どがちゃんと蓋のついている木箱だ。

 恐らくここからは体力と忍耐が必要になってくるだろう。

 でも薫乱草を見逃さないためにもここは仕方ない。


 ハルトは手始めに手前の箱から順に中を確認にしていく。

 ちゃんと時間をかけて丁寧に。

 して、時間にして十五分くらいだろうか。

 ハルトは倉庫の最奥までやって来たていた。

 だが、結果は虚しくどの木箱にも薫乱草は見当たらなかった。  


「おかしい……」


 骨折り損の結果にハルトは考え込んでしまう。


 そもそも薫乱草は懐に隠しているだけでも、即手錠をかけられてしまうような代物。

 そんな危険物をこんな見え見えな場所に置いておくだろうか。

 

「でも、アイツらは三人係でこの倉庫を監視している」


 ハルトは少し考えを捻る。

 もし薫乱草が本当にこの倉庫にあるのだとしたら、ハルトなら一体どこに隠すだろうか。 

 少なくとも目につきやすい場所や手が届きやすい手前の箱には絶対に隠さない。

 となれば、ハルトが選ぶ隠し場所は何かあっても対処がしやすい倉庫の奥。

 だが、その奥の箱に薫乱草は隠されていなかった。


「……にしても、罠もないのになんでアイツらはあんなにも不用心なんだ。丸で見つからない自信でもあるかのような。そもそも、もし本当に倉庫の奥に隠してあるのなら、倉庫の近くに監視が一人もいないのは今考えたら少しおかしい」


 と、ふんだんに御託を並べてみても結局結論には届かない。

 ハルトはまた周囲を確認しているが、やはりそれらしきものは見当たらない。


 やはり、リッカの勘違いなのだろうか。

 

「うーん……」


 唸って思考するが、ハルトは時間をかけてくまなく確認していた。

 少なくとも、この倉庫の中に薫乱草がない事だけは言い切れる。

 

 結論、ここに薫乱草は無い。

 心で断言したハルトは早足で倉庫の入口へと引き返していく。

 もちろん音を立てず、忍び足で。


「うわっ!! 」


 上手く倉庫脱出し、そそくさに逃げようしたハルトだったが、何かに足を引っ掛けてしまったのか。

 ハルトは情けない声を上げ、ド派手に転倒してしまった。

 もちろん、その声は監視の耳にも届いていることだろう。

 その結果、監視の人間は急ぎ足で駆けつけ、そこでハルトの存在を視認した。


「何だお前!! ここで何をしている!! 」


「い、いやぁ俺は全然怪しいものじゃないですよ……」


「どこがだ!! 見るかに怪しだろが!! 」


 隠しきれない負のオーラに、目元だけはきっちりと隠している不気味な前髪。

 極めつけは、不格好にニヤついているその口角だ。

 もしこれから仕事と分かっていればハルトも髪をセットしてもらっていたのに。


 そして、気がつけばハルトは三人の警備に囲まれてしまっていた。


「……」


「な、なんだよ? もしかして、俺達の気迫にビビっちまったのか? 」


「そうに違いないねぇよ!! 」

 

「よちよち大丈夫だからね。直ぐに楽になれるからね」


 そう言って警備の三人は武器の矛先をハルトに向ける。


「……」


 さてどうしよか、と考えていた時、ハルトふと何かに違和感を感じた。

 咄嗟に警備の三人を注視して、その後その周囲へ視線を沿わせる。

 そして、キョロキョロと忙しなかったハルトの瞳がとある場所でピタリと止まった。


「あれは……」


 その違和感の正体に気づいたのだろう、ハルトはニヤリと表情を作った。

 

「こ、コイツ、笑ってやがる……」


「どうやら俺達の気迫のせいで理性が壊れちまったようだな……」

 

「お、おい、もういいからさっと殺ろうぜ。なんか不気味だぜコイツ……」

  

 その一言に男達は苦笑しながら頷く。

 どうやらハルトに対して不気味に感じているのは三人共だったようだ。


 それから三人の男は一斉に武器を振りかぶりハルトの首を落とそうと構えた。

 それに対しハルトは表情は一変させ、刹那のような早さで相手の足元を払らった。

 あまりの早さに不覚を取られてしまった男達はなすすべなくして地に尻もちをつく。


 一方、流石はハルトというような無駄の無い軽い身のこなしを見せ、その男達から距離を取ることに成功した。

 

「くっそ……舐めた真似しやがって」


「許さねぇ……おいお前ら!! もう容赦はいらねぇぞ!! 本気でアイツを殺せ!! 後悔も出来ねぇくれぇボコボコにしてやるよ!! 」


 表情が憤怒へ変わり、間髪入れずに男達はハルトへと向かっていく。

 

「ほぉ……」

 

 殺気だった男達が向かってくる中でハルトは少し感心するような表情を見せていた。

 理由は向かってくる男達のそれぞれの距離感にあった。

 

 人間、頭に血が上れば必然と冷静さは欠くもので、特にこういった場面ではそれがかなり躊躇に出たりする。


 その一つが距離感だ。


 この場面、ハルトのあの不意打ちは間違いなく怒りと買っていた。

 これが短気な人間ならば、怒りに行動を任せる事も不思議じゃない。

 ならば、一人くらいやけになっててもおかしくないはず。

 だが、この男達はそんな様子など垣間も見せず、お互い完璧な距離感でハルトに向かってかている。

 あの距離感だと、味方のカバー等、色々な事に対処できる。

 

 まさしく集団戦におけるマニュアル通りの動き。

 この男達もそれなりに訓練されていると仮定できる。

 

 つまり、あまり舐めてかからないほうがいい。

 だが、ハルトの身体能力を前にその危惧は杞憂に終わる。

 

「おりゃ! 」


「ぐへぇ?! 」


「ほい!! 」


「ぐほぉっ!! 」


「アッチョー!!! 」


「ぶはぁぁぁ!! 」


 顔面パンチ、鳩尾ブロー、脳天チョップがそれぞれに炸裂。

 男達は見事な返り討ちにあいそのまま力無く倒れてしまった。


「さて」

 

 倒れて動かなくなった男達を素通りし、ハルトは再び倉庫へと足を運んだ。

 そこで払えないは怪訝な表情を浮かべて何かに手を触れた。


「どういうことなんだこれは」


 ハルトが触れたのはギラギラして目立つ鉄製の箱だった。

 他の箱が木箱だらけとあって、この鉄製の箱は異様に目立つ。 


 しかし、どうしてハルトはこの鉄製の箱に一切気がつかなかったのだろうか。

 倉庫内へと侵入した時、ハルトは周囲を注意深く観察していた。

 だが、その時は間違いなくこんなものはなかった。

 でも、この箱は視界の隅に入るだけでも目についてしまう程の存在感がある。

 それなのにどうしてハルトはこの箱に気がつかなかったのか。


 ――いや、これは気が付かなかったのではない。


 これはハルトの目を欺いて、元からそこに存在していないように見せた、向こうの隠蔽工作である可能性高い。

 そして、ハルトは一つの答えに辿り着く。


「魔法か……恐らく、物を視認させない、もしくは物を錯覚させさせるような幻術類いのものだろうな。そんなオリジナル魔法を使う奴がいるのか。でも通りでコイツらの監視がぬるかったわけだ。誰がこんなところに箱があるって気付くかよ」


 箱は魔法によって気付かない上に、箱の位置は倉庫の入口にあって、監視は少し離れた外野からでも可能。

 わざわざ倉庫近くまで身を寄せる必要はない。


「でも、そのまやかしも俺の魔法の前では無力に終わったわけだ。おかけでこうして俺の前で派手に姿を現してくれている。でも、一体いつから見えていた」

 

 ハルトの無効化の力は自身でオンオフするものではなく、常に周囲に発動されている。

 ただ、その強弱は制御可能で付き人の時は荒くれ業務ということもあってそれなりの力を発動させている。


 言えば、学園の時なんかは敢えて力を抑えていた。

 他の生徒達に、無効化の力を悟らせないよう出来る限り。

 それでも、毎朝あの大量の魔法攻撃を喰らっても致命的な大怪我をしなかったのは、この無効化の力があったからだ。

 きっとクラスメイト達は誰もそんな事に気づいていない。


 それはともかく、となるとこの箱はハルトのその力によって姿を現したはず。

 原因として考えられるのはここから脱出しようとした時だ。

 ハルトその際、何かに足をぶつけて転倒した。

 箱の配置を見ても、躓いた原因がこの箱である事は間違いない。 


 つまり結論はこうなる。 


 ハルトは箱に足を引っ掛けて転倒。

 その際にその箱がハルト無効化の力に触れてしまい、こうして姿を現した。

 これが理屈としては一番しっくりくる。

  

「で、この箱一体どうやって開けるんだ」


 箱には数個の鍵穴が設置されており、簡単には解錠できないようになっている。

 

「箱一つにこの厳重な管理……分かりやすいな」


 この箱には他人には見せられない何かが隠されているはず。

 しかし、その何かはこの箱の鍵を見つけてこないことには拝むことが出来ない。

 

「とりあえず一番怪しい所から探していくとしよう。頼むから、目を覚まさないでくれよ」


 ハルトはそう言って気絶している男達の持ち物をゆっくりと観察していく。

 だが、男達は鍵どころか何も物を持っている様子がない。

 ハルトは浮かない表情で男達から離れた。


 このままあてもなく鍵を探し続けてもいいが、それだとこの先一体どれだけの時間を要する事になるのか。

 それを想像したハルトは浮かない表情から絶望へと変わってしまう。

 

「……よし。この手でいこう」


 鍵での解決は難しいと判断して、ハルトは次の解決策に移る。


「ぐっ……!! お、重すぎだろ!! 」

 

 この箱に薫乱草が入っている確証はないが、状況から見てもこの箱に隠されている可能性が高い。

 そう判断してとったハルトの行動。

 それは、もう箱ごと持ち帰ってしまえ、という典型的な作戦であった。

 が、これがまた想像を絶するくらい重すぎた。

 持ち上げることはおろか、全力で押してもたった数ミリしか動いてくれない。

 身体能力が高いハルトでもこれだけしか動かせない。


 これだはリッカの元につく頃には髪の毛は白色に染まっている。

 

「くそぉ!! 無理だこんなのぉぉ!! こ、こうなったらもう一つしか選択肢は残っていない」

  

 そうしてハルトのとった最終手段は。


「おりゃ!! ――いったぁぁぁ!! 」


 ありったけの力を振り絞り、箱に対して殴る蹴るの暴行を加える。 

 しかし、箱には少しの傷が付く程度で丸で壊れる様子はない。

 そもそも身体能力が高いハルトが全力でやっても動かせない程の強固さがこの箱にはある。

 つまり、壊すなんて元々無理な話だったわけである。


「どうするんだこれ……」


 鍵はないし、めちゃめちゃ重いし、拳より硬いしでもうどうすればいいのか分からない。

 思いつく全ての策が無惨にも燃え尽きた。


 そんな時。

 ハルトは自分の背後に何かの気配を感じとった。

 咄嗟に振り向くと、そこには意識を取り戻した男達が武器を構えてハルトを睨んでいた。


「このくっそ野郎が……」


「少し油断しちまったが、今度はそうはいかねぇ……」


「絶対に殺してやる!! 」


 どうもハルトはかなり男達を怒らせてしまったらしい。


「……こわいなぁ」

      

 なんて呑気なことを言っている場合ではない。

 男達は強烈な殺気を立てており今にもハルトを殺そうとしている。

 そして男達が一歩踏み出した時、目の前を白い何かが遮った。

 その白い物体はそのまま地面へ突き刺さり、男達は無意識にその足を止めてしまう。

 

「なんだ……これ」

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