第29話

「アンタにはその薫乱草を見つけてきてほしいのよ」


「見つけてきてって……薫乱草はそんなほいそれと見つけられるような代物じゃないだろ」


 この世界で薫乱草は比較的、希少価値の高いものとされている。

 その上、最近は薫乱草の使用人数が莫大に増えているので、個数は激減して更に価値を高めている。


「じゃあ、さっきアンタは何のためにフューゼの基地にいたわけ? 使用者が増えた原因を突き止める為にあそこに侵入したんじゃないの? 」


「そうだけど、別に確信があったわけじゃないんだ。けど、他のメンバー達は変に躍起になってて。で、その雰囲気に当てられて仕方なく」


「メンバーって、あそこにアンタを捨ててった人達? 」


「……そうだ。ったく、もっとオブラートに包んでくれ」


 今の発言通り、ハルトは仲間だったパーティーに裏切られ、そしてあそこで殺されそうになったのだ。

 ハルトは付き人になる前は学園に通っておらず、貧乏ながらも妹達と生活を送るために一つの冒険者パーティーで働いていた。

 そして、ハルトはその冒険者パーティーに捨てられた。

 

 それを助けてくれたのが、先程も言ったようにリッカである。

 今、こうして付き人をしているのも、学園に通えているのも全てリッカのおかげ。

 お互い相性がいい訳ではないが、ハルトもちゃんとリッカには感謝してる。


「で、そこで一つ聞きたいんだけど、ああいう狂ったような人達から薫乱草を連想するのは分かるのよ。でも、そこからどうやってフューゼに辿り着いたの? 」


「数ヶ月くらい前にフューゼのメンバーらしき奴らが、男数人に薫乱草を手渡してる所を見たんだ。でも、その頃は薫乱草なんて耳にしてた程度で特に興味がなくてな。だからその時は無視した。ちょうど別の任務の途中でもあったし」


 リッカはふむふむと相槌を打つと、納得のいった表情を見せた。


「なるほどね。アンタの推測通りよ。今回の使用者の増加はフューゼが関係してるわ。理由はまぁ、お金儲けでしょうね」


「そんなに高値で売れるのか? 」


「そのはずなんだけど、それに関してはちょっと不思議なことがあるのよね」


「なんだよ不思議なことって」


「さっきも言ったけど薫乱草自体は今回の件よりもずっと前から存在する。だから、取引自体もその頃から行われてたはず。でも、何故かその頃より安く取引されているのよ」 


「そりゃ安い方が手も出しやすいし、なによりこの環境だ。切羽つまるとどうしてもな。お金なんて二の次だったんだろう。そういう意味では向こうのやり方が上手かった」


「そうね……」


 とは言いつつ、少し納得のいかないような表情を浮かべるリッカ。

 どうも、リッカにはまだ気になる事があるみたいだ。

 しかし、今はそれを考えていても仕方ない。


「薫乱草はフューゼの奴らが間違いなく隠し持ってるんだけど、残念ながら貴方が怪しんでたあの基地には置いてない」


「じゃあなんだ、あれは無駄働きだったってわけか……それどころか仲間だと思ってた奴らにも見捨てられて……今思えばアイツらには薫乱草なんてきそっちのけだったんだろうな。あの時の目的は俺をパーティーから追い出す事がだったんだから……通りで確信もないのに変に躍起になってたわけだ」


「まぁ元気だしなさいよ」


 気落ちするハルトに流石のリッカも励ましの言葉を贈る。

 少しリッカのこの言葉でハルトは少しだけ救われた気持ちになった。


「薫乱草があるのはここから北の方にある基地の倉庫の中。だから、アンタは今からその基地に行って薫乱草を見つけてきてちょうだい」 


 リッカは当たり前のようにそう言うが、ハルトは納得いかないのか少し首を捻っている。


「それって俺じゃなくてもいいんじゃないのか? 場所も知ってるんだしお前が行けばいいだろ。なんでわざわざ何も知らない俺に頼む? 」


「……見つからないのよ」


「はい? 」 


「だ・か・ら!! 見つからないの!! 」


 悔しいそうに土を踏みしめハルトに向かっていくリッカ。

 それに合わせハルトも一歩も後ろに下がる。


「見つからないって……お前は一体何を言って……いくらなんでも支離滅裂すぎる……だったらそこにはないってことじゃないのか」


「いいえ。絶対あそこにあるわ。ちゃんとこの目で見たもの。奴らが箱一杯の薫乱草をその手で運んでいる所を」


「それって、もう外に運びだしたからないんじゃないのか? 」


「それはないわ。だって薫乱草の取引はそこで行われているんだから」


「本当なのか? 」


「ええ。だって何回もその現場を見てきたから」


 と、自信満々に言い張るリッカ。

 リッカの表情を見ても嘘をついているようには到底見えない。


「……お前さ、なんでその現場を見たときにそいつらを取り押さえなかったんだよ? そういう裏の犯罪って現行犯が一番手っ取り早いだろ」


「私だって何回もリュースに報告したわ。でもアイツら逃げ足が早くてね。リュースが着く頃には大体取引は終わってるの」


 リュースとは町の警察みたいなもので、町の治安から犯罪関連までを取り仕切る治安組織だ。

 リュースのメンバーは腕っぷしも良く、噂では相当の戦闘力がないと入れないと言われている。

 だが、それでもなお少年少女憧れの職であり、現在は冒険者とリュースが人気職のツートップと言われている。

 

「だったら取引が起きてから呼ぶんじゃなくて、起きる前から呼んだら良いんじゃないか」


「はぁ……アンタに言われなくてもちゃんと張り込んでたわよ。その都度リュースも呼び出してた。でも、そんなときに限って取引が行われないのよ。そのせいで、リュースにはイタズラだって思われてしまったわ。きっと、もう呼んでも来てくれないでしょうね」


 そう言って一つため息吐いたリッカだったが、途端に顔色が赤みを帯びていく。

 表情は徐々に険しくなり、体もぶるぶると震え出し、ハルトも何事かと声をかけようとする。

 しかし、いきなりリッカは声を大きく上げ、思いっきり地面を蹴り上げてみせた。


「にしてもムカつくのよアイツらのあの時の顔!! 何が構ってちゃんの可愛いイタズラよ!! 何が頭のおかしい変なガキよ!! 私を変なガキ扱いしたことを後悔させてやるわ!! 」

 

 それからしばらくの間、リッカは怒りが収まらず落ち着くまでに五分程の時間を要した。

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