第28話

 四人と長期契約を結んだ今日、ハルトはとある人物に呼び出されていた。

 その人物はこのハルトを付き人に勧誘した者だ。

 今は暗い夜で、ハルトは待ち合わせ場所である街の入口で突っ立っている。


「久しぶり」


 しばらくして、そんな控えめの声が聞こえ、ハルトは、来たか、と視線をそちらに向ける。

 

「……どうも」


「また私と会えてとても嫌そうな表情ね」


「まぁな……」


 ハルトの視線の先には一人の女の子がいた。

 歳はハルトと同じくらい。


 髪は夜空に映える白色。

 そしてその一本一本は神々しく輝き、クールな紫色の瞳は見たもの全てを虜にするほどの綺麗さ。

 スタイルはどちらかというとスレンダーだが、きめ細かい白肌のおかげでしっとりとした肉感に映り、いかにも男受けしそうな容姿をしている。

 服装はコシまで伸びている黒い頭巾のせいで良くわからない。


「因みに私も貴方といい思い出なんてないから。だって助けて上げたお礼をそのへんの石ころで済ませようとするんだから」


「ああ。これの事か」


 そう言ってハルトがポケットから取り出したのはただの黒い石。

 形も大きさもいくらでも地面に転がっていそうなくらい平凡だ。


「なんでまだ持ってんのよそんなもの」


「うーん……まぁなんとなく? 」


 目の前の女の子は大きなため息をついて肩を落とす。

 この女の子は名前はリッカ。 

 

 数週間ほど前にある敷地の中で倒れていたハルトを救出してくれた人物だ。

 何故、敷地内に倒れていたのかハルトは覚えていないらしいが、気が付けばそこに倒れていて、そして剣を持った大量の警備兵に囲まれていた。


 そんなところをこのリッカに助けてもらったのだが、その際ハルトに、助けたんだから報酬を渡せと言ってきたのだ。


 ハルト自身、何故そこに倒れたのかは分からないし、そもそも助けてなんて頼んでいない訳で。

 しかし、リッカは一枚の紙を見せつけて、間違いなく頼まれた事だったと主張した。 


 その紙には、そこの敷地内で倒れている男を救出してほしい、報酬はその男から手渡しで貰ってくれ、と書かれていた。

 もちろんハルトはそんなものに見覚えはなく、知らないと言い張るしかなかった。


 でも、リッカがあまりにしつこいので、ポケットに入ってあったその石を報酬として渡そうとしたわけだ。

 そして報酬が払えないなら、働いて返せと言い返され今にいたるというわけだ。


「で、なんの用だよこんな夜に。本当ならもう妹達と川の字になって寝てる時間なんだが」


「聞いたわよ。貴方長期契約を四つも結んだそうじゃない」


「まぁ成り行きでな。で、それがなんか関係あるのか」


「正直、貴方の力をみくびっていたわ。もう表だった依頼は十分にこなしてくれた。合格よ。だから今日から貴方には裏の仕事にも手を貸して貰うわ」


「う、裏の仕事? なんだそりゃ、怪しいもんじゃないだろな」


「それについては断言してあげる。決して怪しいものじゃないわ。というか、貴方かどうこう言ってもこれはもう確定事項だから」


「……嫌だっていっても逃がしてくれる気は無いって事か」


「そういう事。物分りがいい人、私は好きよ」


 そう言って女の子はあざとく片目を閉じた。 

 可愛い顔立ちとあってその仕草が無駄に可愛く映る。

 少しモヤっとするハルトであった。


 それからハルト達は街から少し離れた場所まで足を進める。


「ここでいいわ」


 しばらくして、リッカは足を止めて近くにあった木に背中を預ける。

 ハルトも釣られてその場に腰を下ろした。


「で、どんな話だ。聞いてあまりに怪しかったら受けないぞその仕事」


「貴方、薫乱草って知ってる? 」


 リッカの言葉にハルトは表情を大きく変える。

 正直、適当に聞き流して軽くあしらうつもりだったが、思ったより無視できない話みたいだ。


「……薫乱草。植物というより薬物に近いと言われる猛毒性の花。毒成分は主に花粉に含まれていて呼吸器や粘膜に付着すると、その猛毒が血管へと入り込みあっと言う間に脳へと送られる。すると脳は過度な興奮状態に陥りそのまま脳は極限の快楽へと変わってしまう。その効力は記憶が混濁してしまうほど脳に影響、一般的には禁止薬物に指定されてるもの、だろ? 」

 

(いわゆる一種の麻薬だな)


 そして何故そんな事をハルトが知っているのか。

 それはリッカの言葉で今思い出したからである

 

「丸で教科書に書いてあるかのような模範的な回答ね。でもそれじゃあ不十分よ。いい? 薫乱草には自身にある隠れた力をある程度引き出してくれる効果があるのよ。潜在能力の微解放というべきかしら」


「知ってる。それと確か薫乱草を使用すると、眼球が青紫色に染まるんだよな。だから使用者は見れば直ぐに解る」

  

 ハルトの言葉に対し、女の子はクビを縦に振ってそれに応える。

 

「なるほどね。だから、あの時貴方はフューゼの基地にいたのね」


 リッカにそう言われてはハルトはハッとする。

 

「そうだ。俺は、あの狂気じみた人間が最近あちこちに出没している事に違和感を感じていたんだ。だから俺はあの敷地に侵入したんだ。そうだ思い出した。なんで今まで忘れてたんだこんな大事なこと」


 思い出した。

 あの敷地内はフューゼと呼ばれる組織の場所でハルトはそこに侵入したのだ。

 しかも一人でではなくハルトを合わせて四人で。

 

「まぁこれまでにも薫乱草に手を出した人間は山ほどいたけど、今とは比べ物にならないくらい少なかった。私も数人しか見たことなかったわ。でも、ある時を境にその数がぐーんと増えたのよね」


「確か各地でモンスターの増殖現象が確認されてからだよな。確かそれは今も続いてて、それなりに力を持ったモンスターばかりが生まれてきてると聞く……そうか、つまり今の現状に焦りだす人間が現れるという事か」


「そう。これまでに薫乱草に手を出した人間の殆どが男性。しかもほぼ全員が冒険者で戦闘を生業としていた。きっとそんな力を持ったモンスターにほとんどの人が太刀打ちできなかったんでしょう。そんな窮地に立たされた冒険者は冷静さを失くしそして……自分の力を引き出してくれるという悪魔の誘惑に負け、使用してしまった。と、私も最初はそう思っていたわ」

 

「え、違うのか? 」

 

「……アンタは薫乱草を使用した人間を見たことある? 」

 

「そりゃ何回かある。それも今思い出したばかりだけど」


「じゃあその人達を見てどう思った? 」


「どうって……顔が怖くて目が狂ってて、確か唾液がダラダラ垂れてて、心底気持ち悪いって思った」


「それ以外には? 」


「それ以外……確か良く見れば心優しそう人だな、って思ったような」

 

 そう発した瞬間、ハルトは脳裏にピンとくるものがあった。

 

「まさか……」


「そう。薫乱草に手を出した人達はみんな物腰柔らかい温和な性格をしていたのよ。そして、決まってその人達には大切なものがあった」


「大切なもの? 」


「家族よ」


「……じゃあやっぱり薫乱草に手を出して理由って」


「ストレスでしょうね」


 なるほど、とハルトは小さく相槌を打つ。

 となれば、なぜモンスターが増えだした時期と合わさったのかも理解することが出来る。


「……ここはモンスターと人間が共存する世界。そして、今も両者は敵対関係にある。きっとこの情勢は当分続くはずよ。いや、もしかしたらこの状況はもう変わらないかもしれない。でもだから私達は戦う者としての自覚を常に持っておかないといけない。今回のこの事件はその自覚がなかった事が原因」


「確かにモンスターが増える前まではかなり数が減ってて、正直平和ボケし過ぎてたのは否めないな」


 それでもハルトが通ってる学園のような優秀な冒険者を輩出する施設は今も機能していて、決して油断していたわけではないはず。

 ただ今の生態が人間の予想を超えているのだ。


「全く……命と隣合わせになると、途端に心が保たなくなるのね。恐怖心ってやつかしら」

 

「まぁそう言うなって。別に平穏に暮らす事は悪いことじゃないだろ。なんなら殆どの人がそれを望んでる。家族がいるなら尚更だ」

 

 リッカはキツい言葉を吐くが、ハルトは薫乱草を手を染めてしまった者達に少し共感してしまう部分があった。

 男として、大切な家族を持つ者として。


 それこそ家族を持つ男は大黒柱として身を粉にしてもパートナーを守りきらないといけないものだ。

 もちろん、子を持つ父としても、子供達に安全な未来を保証してあげないといけない。

 何より家庭の支柱として、充分な幸せを家族に与える責任がある。

 別にこれらの責任が苦痛になっているわけじゃない。

 きっと男はそれをやりがいとしているはずだ。


 ただ、何か違えばそれは途端にプレッシャーへと変わってしまうのだ。

 例えば、今回のように内に恐怖心が宿った時だ。

 そうなると人間は無意識に死と言うのも意識する。


 大切なパートナーを守った時、その体は果たして無事でいられるのだろうか。 

 子供の将来が保証されたとして、その未来をちゃんと自分の目で見届けられるのだろうか。

 死が恐怖になっている状況で、確かな幸せを家族に与える事ができるのか。

 むしろ、死んでしまう事で家族に不幸を与えてしまうかもしれない。

 そして何より、家族を残して死んでしまうかもしれないという絶望感。

 そんな未来を想像するのがとてつもなく怖く、悔しい。


 そんな色々な重圧がその者達の負担になっていたはすだ。

 大切な家族を持つハルトにはそれがなんとなく分かるような気がした。


「わかってるわよ。私はただこうなってしまった原因を貴方に教えてあげただけ。責めてなんかいないわ」


「そうか」 


「……で、本題はここからよ」


「本題? この話が何か関係があるのか? 」


「そういう事になるかしら」


 そう言って女の子はハルトの元へ近寄っている。

 腰をおろしていたハルトはそれを不気味に感じたのか、ぐいっと背中を反った。

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