第二章 レクセルのお嬢様

第32話

  薫乱草の事件から一日が過ぎ、ハルトはまたリッカと落ち合っていた。

 そして今日のハルトはかなり機嫌が悪い。

 何故なら当分妹達と会えないからである。

 学園にも当分は登校できないが、ハルトは教員にも見捨てられたD級なので少なくとも怒られるような事はない。


 そしてハルト達は今レクセルという街に来ている。

 ここに来た理由はハルトの事情ではなく、隣にいるリッカの方にある。

 どうも、ハルトにもう一つこなしてほしい依頼があるらしい。

 ここに来るまでの間にハルトはそう聞かされた。

 つまり、また急な依頼という訳だ。


 なので、ハルトは今日も前髪をセット出来ていない。

 まぁハルトは自分の容姿を決して評価していないのでこっちの方が落ち着いたりする。


 にしても、ここも比較的大きな街で先ず感じるのは街の活気さだ。

 いくつもの大きな建物が隙間なく並んでいて、人々の表情も幸せを主張している。


 また、警備の者や冒険者があちこちに映っていて、治安も怠りない。

 それでいて変な緊張感はなく、これが欲に言う平和と呼ばれる空間。

 一人一人が充実した生活を暮らしている、それを肌で感じる事の出来る街だ。

 

「じゃあ、着いてそうそうで悪いけど、アンタにはすぐにでもこの依頼を遂行してもらうわ」


「いきなりだな……そんなに急を要する事なのか? 」


「うーん……別にそういった依頼じゃないんだけどね。なんというか、危険はないんだけど、でもできれば早くに……みたいな? 」


「うん? 」


 リッカの支離滅裂な発言にハルトは露骨に表情を歪める。


「例えば……ほら、人間でも身体に強烈な衝撃を受けたり、深い外傷を負うとそのまま即死、なんてことはよくあるじゃない? 」


「まぁ確かに事故とかで死んでしまう人って即死のイメージが強いな」


「でも、体の内部から蝕んでいく病気は、命の危険は脅かすものの直ぐにってわけじゃない」


「それは病気の種類にもよるんじゃないか? 」


「確かに突然死に繋がる病気もあるけど。でもね、そもそも体に何も問題のない健康な人間が突然病気を発症して即死なんてのはほぼあり得ないのよ。そういった病気を発症してしまった人はそれ以前か知らないうちに体に何かしらの異常を抱えているものよ」


「は、はぁ。そうですか」

 

 リッカの博識な知識に少し呆気にとられてしまうハルト。


「で、お前が言いたいのは、その危険ってのいうのは外部からじゃなくて、内部にあるってことなのか? それでいて緊急性はあまり高くないってことか? 」


「そうね。まぁ死っていうのはかなり大袈裟だったかもしれないわ」


 リッカの発言から、今回の依頼は昨日のような派手にドンパチをするようなものではないみたいだ。

 そもそも、それが急務の依頼なら街に向かう道中はもっと忙しないものになっていたはず。

 でも、リッカの表情には焦燥感など微塵もなかった。


「内部の問題ねぇ……こういう類ってむしろ外部から干渉してくるほうが色々と解決しやすいんだけどな。来た奴らを片っ端からぶっ飛ばせばいいだけだし。でも内部問題ってのはそうもいかない。開けば利権や陰謀やらが蔓延してて、もはや誰が敵なのかさえ分からない」


「それなら安心しなさい。確かに今回の依頼は内部関係のものだけど、そこまで重くはないから」


「というと? 」


「まぁ、それは私が招集した付き添いに聞いて頂戴。悪いけど私は先に帰らせてもらうわ」


 リッカはそう言って控えめな欠伸をしながら踵を返す。

 それは、理不尽な言動をものともしないあまりにも自然な一連動作だった。


「……はぁ? 何言ってんだよお前。まさか俺一人に依頼をやらせるつもりか? 」


「大丈夫、もうすぐ来る付き添いがアンタを精一杯サポートしてくれるから」


「そう言う問題じゃない。なんでお前は来ないだと言ってるんだ」


「ごちゃごちゃうるさいわね。貴方は素直に先輩である私の言う事を聞いていればいいの」


「先輩ってのは普通、新人の後輩に仕事を押し付つけたりしない」


「あのね、勘違いしないで。これは貴方の経験と成長を促す為の依頼なの。私はあくまでそれに協力しているだけ」


「それって結局はただ自分が楽したいだけってことだろ。やっぱりどこの世界にもいるんだなこういう上司。大体、この職に勧誘してきたのはお前だろ。だったら責任を持って最後まで俺の面倒を見ろ」


 このハルトの発言にリッカはニヤリと笑みを浮かべて振り返る。


「……本当にいいのかしら? まぁ貴方がそれでもいいって同意するなら仕方なく面倒見てあげるけど。ふふ、そうね。だったらこれからは二人三脚で仲良く頑張っていきましょうか? 私は別にそれもやぶさかじゃないわよ。ストレス発散になりそうだし」


「……よし、お前は帰っていいぞ。あとは俺に任せとけ」

 

 ハルトは苦い顔を浮かべて、親指を立てる。

 それほどまでにリッカの事が得意じゃないのだ。


「扱いやすい後輩ね……というかなんで私はこんなにも嫌われているのかしら……」


 露骨に表情を変えたハルトを見てリッカは小さく頬を膨らます。

 でも、結局リッカは納得のいかないまま、その膨らみを萎ませる事になる。


(まぁいいわ。別に好かれたいなんて思わないし……)


 そう言って踵を返したところでリッカは再びハルトに振り返る。


「……あとねぇハルト。誤解があるみたいだから一応弁解しとくけど今回の依頼、別にアンタに押し付けてるってわけじゃないのよ」


「うん? 」

 

「簡潔に言うとね、この依頼、私には解決出来なかったのよ。だから、ダメ元だけどアンタにこの依頼を引き継いでもらおうとおもったの。だからこれは押し付けじゃなくて期待。アンタなら上手くやってくれるんじゃないかってね」


 そう言って大きくため息を吐いたリッカ。 

 どうやら依頼が成功しなくて、かなり参っているいるようだ。


「全く……期待してるのかしてないのかどっちなんだ」


 そうは言いつつも、正直そんな表情を見せられると違和感というかハルトも少し心配になってしまう。

 しかし、そんなハルトのモヤモヤは不敵な笑みを浮かべたリッカによってかき消された。


「私に期待されるなんて広大な海で金塊を掘り当てるくらい価値のある事よ。名誉に思いなさい」


「……それは光栄だが、裏を返せば今回の依頼はそれに等しいくらい難しい事だよな。一応俺、新人なんだけど」

 

「そう。だからアンタに同行人を付けてあげたの。それにソイツはアンタと同じ男の人だから、アンタとしてもそっちの方がやりやすいでしょ」


「……なるほど」


 と、ハルトの言葉を聞いたリッカはまた笑みを浮かべ、頑張りなさい、と一言言ってその場を去ってしまった。

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