第26話
「なるほど、依頼主は私達だけではないとそういう事ですか」
リーネは途端に心配そうな表情へと変わり、ナナセは一人うむうむと首を振り、事の状況を理解していた。
そして何を察したかのように顔を上げたナナセ。
「その依頼主というのは一人だけではなさそうですね。きっと私達がここに来た時点でそれを察する事が出来る程。大凡、私達を含め三、四人と言ったところでしょうか」
「正答です。言えばリーネさんが四人目の依頼者ということになります」
「……不覚でした。まさかこんなにも都合が悪い事になるとは」
「えっと……つまり、私と長期間契約は結べないと言うことなのかしら……? 」
怯えるハムスターから、悲しそうに見つめる犬へと変貌したリーネ。
ナナセもこれは想像していなかったらしく、ぐっと奥歯を噛みしめている。
きっとこの二人は既に誰かと長期間契約を終結したと思っているようだが。
「……別に長期間契約は一人でないといけないなんてルールはありませんけどね」
途端にパアっと生気が宿り始めたリーネ。
ハルトの発言は二人にとって、特にリーネにとっては何にも勝る助け舟だったようだ。
となれば、後はハルトをゴリ押せばなんとかなると、ナナセは即座に行動に走る。
「ハルト様。この前、乙女になったリーネ様が逃げ置いていったお金をどうしておられるのでしょうか」
(乙女? 何の事だ? まぁお金に関しては心当たりありだが)
「ちゃんと家に置いてありますよ。なんなら今から持ってきますけど。あんな大金、このおんぼろな家には不釣りあいですからね」
「そうですか。ならその残りのお金は全額差し上げるので、今すぐリーネ様と長期間契約を結んでください」
「えっと……」
「因みにですが、他の依頼者と長期間契約を結ぶよ予定はあるのでしょうか? 」
「いや、まだ保留しているところですが」
「つまり、ハルト様はこの長期間契約をあまり好んでいないと言うことでしょうか。それは何故でしょうか? 付き人の仕事をしている者は指を擦り合わせてでもお願いしたいものだと聞きましたが」
「グイグイ踏み込んで来ますねメイドさん……」
「リーネ様の為ですから」
リーネを中々癖者だと思っていたハルトだが、それよりも更に上をいく人間を見つけてしまった。
あのリーネが可愛いく見えてしまう。
「実はもう付き人を辞めようかと考えてて」
ハルトの発言にリーネは飛び上がるようにして、口を開く。
「ど、どうしてよ? 貴方ってばとても貧乏じゃない!! 今、仕事を辞めたら生活もままならないんじゃないかしら?! 」
「いや、まぁそうなんだけど。うーん、あまり詳しい事は言えないんだけど、もう付き人をしなくてもお金を稼げるあてがあるというか。それに……」
「「それに? 」」
「やっぱり妹達との時間を奪われるのはとても寂しい!! 一秒でも多く同じ空気を吸っていたい!! 妹達から吐き出される二酸化炭素は、俺にとっては酸素も同然!! 」
「「……」」
二人の澄んだ瞳が一瞬にしてハルトを軽蔑するものへと変わった。
ただ、良い意味でいえば、家族想いともいえるわけで。
「まぁ実際、最近妹達を泣かせてしまって。付き人って依頼主を守る為の仕事だけど、依頼主を守っている内は、本当に大切な人は守れないというか。俺はそれを最近痛感したんです。もう妹達に悲しい思いはさせたくないんだ」
最初こそ、ロリコンキモ、なんて思っていた二人も切実な想いだと感じ取り、ナナセはふと眩を閉じた。
「……どうしますかリーネ様? 中々のロリコンではございますが、正直理解出来ない話ではないかと」
「うっ……あんな話をされたらもう何も言えないじゃない……」
二人は諦めの表情を浮かべてスッと踵を返し始める。
「そうですか。なら仕方ありません。ではハルト様、こちらから勝手にお願いしといてなんですがこの話はなかった事に――」
「待ってください」
ナナセの発言を遮る声はハルトの背後から。
一体いつからいたのか分からないが、ハルトのすぐ後ろにはユキハとルナが並んでいた。
二人の表情を見るにどうやら話の全容を聞いていたのであろう。
「貴方は……」
「か、可愛い……なんて愛くるしい生き物」
グイッと前のめってユキハ達を恍惚に見つめるメイドのナナセ。
ナナセの瞳にはハートマークが浮かんでいて、ユキハはそれに気にもとめずに口を開く。
「兄さんの妹のユキハです。こちらはルナです。今の話、全部聞いていました。兄さん。確かに兄さんが仕事の時間はいつも気が気じゃありませんが、その長期間契約? だったらまた話が違う気がします」
「どういうことだ? 」
「もちろん単純な疲れも心配ですが、私は何より依頼主さんが兄さんに無茶な依頼を強いないかとか、兄さんをいじめるような事をしてないかが心配だったんです。ですが、兄さんが信頼出来るような人なら私達もきっと過度な心配は消えると思います。もちろん命に関わるという根本的なところは変わりませんが、信頼する相手ならそこも配慮してくれるのではないかと。ねぇルナ? 」
「うんうん!! ユキハが何を言っているか全然分からないけど、お兄ちゃんに無茶をさせたくないってていう意味なら私も同じ考えだ!! 」
「兄想いの妹達……なんて甘美なんだ……」
「またロリコン……」
ジトーっとハルトを見つめるリーネはもういつもの姿。
なのだが。
「とても甘美でございます。もう甘々のマシュマロみたいな存在。ああ尊い」
「ナナセ!? 」
どうやら、この愛くるしい妹達の存在にナナセの隠れた本性が出てしまったようだ。
リーネの事といい、妹達の事といい、どうやらナナセは見た目によらず可愛いもの好きというファンシーな性格の持ち主だった。
して、ナナセは一つ咳払いをして、初めて崩した表情を引き締める。
「つまり、ハルト様に物理的な危害がなければ、ユキハちゃんとルナちゃん的には問題ないと」
「ユキハちゃん? 」
「ルナちゃんって……ナナセが可愛いもの好きだとは言うのは薄々知っていたけど、まさかここまでとはね……」
妖艶な容姿を持っているナナセが、女の子をちゃん付けするだけでも違和感がある。
いつも側でいたリーネでさえも、稀有な視線をナナセへ投げていた。
「はい。それが守れるのであれば私達は反対しません」
「だな!! だから、あとはお兄ちゃん次第だ!! 」
笑顔を浮かべ、二人してその小さい指でオッケーマークを作る。
ハルトにしてみても妹達が過度な心配をせず、それでいてお金が稼げるのであれば承りたい。
しかし、根本的な問題があるのも忘れてはいけない。
「二人の気持ちは充分分かったけど、そもそも俺とこのリーネさんはまだ会って日が浅いから、正直信頼もクソもないんだよな」
「な、何よ? まさか私か信じられないって、そういう事かしら? 」
頬がまだ赤いながら、キリっとハルトを睨むリーネ。
実際問題、ハルトは学園で何回かリーネと話を交わしているが、果たしてどこに信頼出来る場面があっただろうか。
学園でのハルトとはいえ、初対面で、げっ、と表情を歪める人間をどうすれば信用出来るのだろうか。
それはもちろんリーネだけに限った事じゃないわけだが。
「まぁそれはおいといて」
「そっちからふっかけておいて、随分と都合が良い男なのね」
「そ、そもそも妹達よ。俺にはまだ別件の契約申請も残している。リーネさんだけじゃなくて、他に三人もいるんだぞ。流石に四人と契約するのは色々と問題が……」
その三人とは、今日顔を合わせたあの三人、つまり、カレン、サクラ、リアである。
三方共、同じ長期間契約の依頼ではあったが、そのお願い方法は別々だった。
カレンはモンスター討伐で貰った報酬金を全て差し出すから一生のお願い、と頭を下げられ、リアはバイトで必死に集めたお金を全額差し出すという健気なお願いであり、サクラは。
「だったら、こちらには十九万ルリーもの大金があります。つまりこちらを選ばない手はないかと……まさか、私達以上に貢げるような人物が」
「いるんですよねこれが。まさか喫茶店でコーヒーを飲んで話を聞いているだけで百万ルリーが手に入りそうになるなんて」
(流石はアイドルと言ったところか……やっぱりお金持ちって金銭感覚かおかしいんだよな。でも、この屈辱と言わんばかりのメイドさんの表情……きっとこれからセリと言わんばかりにお金がかさ増しされて)
「くっ……まさかそんな猛者がいたとは……今の私達では十九万ルリーが精一杯だというのに……」
「お金なら大丈夫よナナセ」
ショックを受けているナナセの隣で、名案が浮かんだと表情が光るリーネ。
少し違和感を覚えたハルトは、リーネの仁王立ちにまた不安感が迫る。
(また何を言い出すつもりだこの女)
お金大好きのハルトでさえも、リアやカレンの健気さを思い出すとここにいる人達が全員汚れて見えてしまう。
もちろん、ユキハとルナは除いての話だ。
「リーネ様の名案にあまりいい思いをした覚えがありませんが、ここは藁をもすがる状況。どうぞお話ください」
ピクっと頬を引きつらしたリーネは、表情を整えて話始める。
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