第25話

 サクラとの話が終わり、ハルトは剣幕な表情で街の通りを歩いていく。

 この苦虫潰したような渋い表情の原因はやけに突き刺さる夕日のせいではない。


「二度ある事は三度ある……か。なんて害悪なことわざを作ってくれたんだ先人は……」


 言えばハルトは今、同じ出来事を二度繰り返している途中である。

 となれば、三回目があるではないかとハルトは今ビクビクしていた。

 

「このまま無事に帰れれば――」


 と、無意識に思ってしまったこのテンプレートにハルトはハッと我に帰った。

 しかし、テンプレートはやはりテンプレートだからテンプレートなのである。


「うっそ……まさか本当に見つかるなんて」


 そう、それは間違いなくハルトに向けられた言葉だった。

 ジリジリと左へ滑らした視線の先には黒髪が夕焼けに映えている一人の女の子。

 それは嫌でも頭に残っている女の子であった。


「リアさん……」


 ハルトの足取りが止まると、リアは嬉しそうな表情で駆け寄ってくる。

 時間からして恐らくリアはバイト帰り途中であろう。


「いやこれマジで凄いんですけど。私今、付き人さんの事を念じていたんですけど、そしたらほんの数秒で付き人さんの姿が見えて……もしかして付き人って求めれば直ぐに現れてくれる心優しい人達なんですか? それとも付き人さんならではのオンリースキルとか? 」


「そんなヒーローみたいなスキル、俺には備わっていない。と言うか、トラウマになりかねないような事を経験したのに、これまた随分と元気になったな……」


 普段のハルトなら付き人全開で対応するのだが、今日はかなり大雑把だ。

 カレンのお願い、サクラの話。

 この二つの出来事がハルトの冷静さをなくしているのだ。


「これも付き人さんのおかげですかね。まぁ私が意外とドライだったのが関係しているかもしれませんが」


「意外もなにも後者の理由の方が絶対的確だと思う。リアさんって会話口調は感情のままって感じだけど、表情は全く変わらないからね」


「それって私がポーカーフェイスって事ですか? 」


 あの事件の時は涙を流して顔をくしゃくしゃにしていたが、学園の時も今も基本的に感情が顔にでる事はない。 

 感情が出ても、ほんのりと滲み出てくる程度である。


「んーまぁ間違いではないな。今も口調はノリノリの女の子なのに表情は仏頂面だし。というかリアさん初めてあった時、見た目は清楚、中身はギャル寄りって自分の事紹介してたよね? 正しくそれを生きる屍にしたような人だよリアさんは」


「清楚とポーカーフェイスって致命的に違う気がするんですけど……ポーカーフェイスなギャルなんてどこにもいませんし」


「まぁ、そうだけどかなり大まかに括れば同じようなもんだ。……というか、今の理論だと清楚とギャルも交わらなくない? それって二律背反じゃないか? 」


 ハルトはようやく清楚とギャルを兼ね備えているこの女の子に疑問を覚える。

 

「そんな事はありませんね。だって実際ここに体現されているじゃないですか」


「確かに上手いこと使い分ければ不可能でもないのか……なんか複雑な生き方してるなリアさんは……で、何か俺に用なのか? 出来れば今日は勘弁してほしいんだが」


「ああ、それなら大丈夫です。私が付き人さんに言いたいのはたった一つですから。お手を煩わせる事も無いと思います。むしろ付き人さん的には喜ばしい事だと思います」


 ここでハルトの脳内にはまたあのことわざ駆け抜けていく。

 そして、まだリアが口を開いていないのに関わらず、ハルトの脳内にはある言葉か響き渡った。

 それはリアの透き通る声を鮮明に真似て。


@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@


「に、兄さん? 何か今日はとてもお疲れのようですが……」


 日は完全に傾き、時刻が食事を欲し始める時。

 料理の並ぶ居間でさっきから眉間に皺を作っているハルトを見て、ユキハが心配そうに声をかけた。

 

「いや、大丈夫。ただちょっと波乱万丈な事が起きている最中なだけだ」


「そうかー。それなら心配無用だなー」

 

 むふふ、と笑顔でおかずを頬張るリス顔のルナ。

 そんな向かいでユキハは、な!?、と呟いてから握っていた箸をざっぱに机へと置いた。


「どこが大丈夫なんですか!? 波乱万丈の意味を分かって言っているのですかルナ!! 」


「ええ? うーん? はらんばんじょう……はらんばんじょうか……どこかの国のご飯か? 」


「違います!! 分かったような表情を浮かべていますが、全然違います!! 波乱万丈という事は、兄さんは今とても苦しんでいるという事です!! 」


「な!? なんだと!? それは本当なのかお兄ちゃん!! は!? そうか!! つまり、お兄ちゃんはいまはらんばんじょうという病気にかかっているという事なんだなユキハ!! よく分からないがお兄ちゃんが病気ならそれは一大事だ!! お兄ちゃん!! しっかりするんだ!!」


 頬をプクプクに膨らませてルナは元気のないハルトの肩を掴んで大きく揺さぶる。

 そんなルナをユキハは、何をしてるんですか!!と言って止めに入る。

 結局、ルナがその意味を理解するのに数分の時が必要だった。


「もしかして、今日の帰りが遅かった事と関係しているのでしょうか? 」


「……なぁユキハ」


「は、はい? 何ですか?」


「三度ある事は四度あるって、ありえると思うか? 」


 無言だったハルトの口から出た言葉はユキハにとってはとても理解し難いものだった。

 コクン、と首を傾げ、正答とは言わないにしてもユキハはなりに考えを口にする。


「まぁ確率論で言えば大いにありえるとしか。むしろ同じ出来事が二度三度で終わる事の方が珍しいのではと。まぁその出来事の内容にも比例しますが」


「……実はもう一人心辺りがあるんだよ」


「……はい? 」


 会話の辻褄が全く合わない事に、ユキハの心配は過剰になっていく。

 もしかしてハルトは本当に病気にかかっているのではいなかと。


「俺の予想だと早くて今日、遅くても明日には」


「に、兄さんが意味不明な事を……これは本当に…ルルル、ルナ!! どうしましょう!? 兄さんが!! 兄さんがとてもアホになってます!! 」


「や~め〜ろ〜」


 ユキハが冷や汗を飛ばしながら、ルナの体を揺さぶっている。

 それでも箸を止めないのは、流石ルナだというべきだろうか。


「もしかして、今までの度重なるストレスで兄さんの心がとうとうクライシスしてしまったのかも!? ルナ!! 今すぐお出かけの支度をしてください!! 兄さんを病院に連れていきます!! 早く――」


 ――コンコン。

 

 ユキハの感情が登り上がった時、申し訳なさそうなノック音が玄関の方から響いた。

 少しの無言が続くとハルトは、来たか、と一言言って徐に立ち上がった。

 

「兄さん? 」


「ユキハ達はここにいてくれ」


 そう言ってハルトは観念したかのような足取りで玄関へと足を運ぶ。

 薄い玄関扉には二人のシルエットが月明かりで映し出されていた。

 一人は背筋を伸ばし、もう一人はモジモジと足手首を動かしている。

 

 綺麗な立ち振る舞いの姿に見覚えばないが、もう一人の方はシルエットだけでも誰かが想像できた。

 三度ある事はどうやは四度もあるのだと、心に思い、ハルトは扉に引いていく。


「ひゃう!? 」


 ハルトの視界に写るのは二人の綺麗な女性であった。 

 その一人、尾花栗毛の髪の毛をピクっと震わした女性。

 ハルトの顔をマジマジと見るなり、その白い頬は段々と赤く染まっていく。


(はぁ……ほんと前髪下ろさなくてよかった……)


 そしてビクビクと揺れる髪の毛を指で払い、気丈な口調のつもりで口を開いた。


「ひひひ、久しぶりね!? げげげ、元気にしてたしから!? 」


「やだ……まさかリーネ様がここまで乙女な表情をなさるなんて。いつも女狐の表情をしているリーネ様ではありますが、まさかここまでキュートになられるなんて」


「ううう、うるさいわよ!! 貴方は黙っておきなさい!! 」


 リーネの怒号でナナセの唇がゆっくりと閉じる。

 そして、この場に流れるのはなんとも気まずいどんよりとした空気だった。


「……」


「……」


「うっ……」


 怒号の後の空気には何とも居心地の悪いものが含まれているものである。

 そしてその空気を過敏に感じとっているのが言わずもがな、リーネだ。


 なにせ、目的の人物が目の前にいる。

 リーネは決心を決めて口を開こうとするが、声が緊張のせいで上手く発声されない。

 で、結局、涙ぐむように助けての視線を面白そうに事を見ているナナセに向ける。

 久しく見るリーネの乙女モードに感一服とばかりに頷き、ナナセは正面だ突っ立っているハルトへ投げた。


「貴方がリーネ様をこのうように可愛い女の子へと変えてくださったハルト様でしょうか? 」


「えっと……メイドさんの表情を見ればとても感謝されているのは分かるんですけど……何の事ですかね? 」


「いえいえ。それはこちらだけが把握しておけばいいものでありまして。ハルト様は、いつも通りただただリーネ様のお相手をしてくれていればいいんです」


「いつも通り……俺、リーネさんとこうして会ったのって二回目なんですけど? 」


(学園では結構会ってたけどな)


「いえ、ハルト様はお気になさらず」


 詳しい事情は知らなくていいんだよ、とそんなオーラがメイドから出ている。

 それでいて恍惚な視線を向けるナナセの隣にはまだ落ち着きを取り戻せていないリーネ。

 不意にハルトと目が合うと決まって肩を震わせ、もはや会話など不可能な状態だ。

 

「それでですね。ハルト様には折り入ってお願いがありまして」


「……それってもしかしなくてもの事だったりしますか? 」

 

 引きつらせた口から放たれた発言に、リーネとナナセは口を丸くしてハルトを見つめる。


「ま、まさかハルト様もリーネ様と長期間契約をしたいと」


 長期間契約。

 もっと詳しく言えば専属的契約とも言えるこの制度。


 付き人には依頼主を問わないフリーな者と、一人の依頼主に対して専属的に付き添う者がいるのだが、今のハルトはこの数週間いわゆるフリーといえる立場で職務していた付き人だ。

 

 付き人は基本的に、ハルトと同じようにフリーで依頼をこなしている者が多いが、偶にこうして付き人に対して専属的な契約を結んでくる依頼主がいる。

 

 どちらにも利点、不点があるが、大きな違いを言えばお金の安定性だろうか。

 フリーな付き人は依頼をこなす事で貰える報酬金しか手に取れないが、この長期間契約には契約料というものが別に支払われる。

 そして、この契約料は中々の額である為、貧乏が揃う付き人では好んで承る。

 しかし、この長期間契約は滅多に声がかからない代物で、たった一つでも物にすれば、付き人としては大成功と言える。


 逆にお願いをする立場である依頼主からすれば、お金に余裕のある者しか使えない難しい契約で、気に入った付き人を呼べるというメリットがある。

 

 毎回毎回知らない面の付き人と共にするのに、ストレスを感じる者も少なくない。

 お金には余裕があり、更に心にも余裕をつくたいと考える富裕層に受けるような契約という事だ。

 富裕層というのはいわゆるメイド執事が揃うようなお家柄が言う。


「何故そうなるんですか」


「ハルト様の発言はある程度この事を想像していないと、咄嗟にはでてきませんからね。きっとハルト様も内心は今か今かと待ち呆けていたのでしょうか。ふふふ」


「何か微笑ましそうに見つめてきますけど、全然的を射ていませんからねその心理的考察」


「それは残念です。それでは何故私がこの長期間契約の話をしてくる思ったのでしょうか? それを感づかせるような行動はしていないつもりでございますが……私は」


 ナナセの視線は隣のリーネへ。

 そして視線を感じ取ったリーネはバツが悪そうに顔を下へ俯かせた。


「いや、別にお二人がどうとかっていう話じゃなくてですね」 


 ここで真実を言おうか言わまいかと葛藤していたハルトだが、この状況ではもう逃れようがない。

 そして何よりこのナナセにはウソをついてもきっとバレるだろうと、ハルトは考えていた。

 

「……実はその長期間契約の話、二人が初めてじゃなくて」

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