第23話
時を同じくして、場所は学園の屋上。
夕焼けに染まっていく空を思いふけるような瞳で見つめている女子生徒がいた。
手すりに両肘をついているその生徒の左右には制服を派手な着こなしている二人の女子生徒もいる。
一人はおっとりした茶髪のショートボブ、片や一人は人生パラダイスを具現されたような金髪のウェーブ髪。
「でさぁ。ソイツが言うわけ。彼氏彼女なんて所詮はお遊びっしょって」
「ああー確かにいるいる、そういう男女のラインが敷けない人。で、そう言うタイプに限ってフラレるとブツブツと嫌味を言ったりするんだよね」
「それなネネ。流石は長年隣で連れて歩いている達だ。イエーイ」
「リンコとはまだ会って二ヶ月だけどね。イエーイ」
真ん中にいる女子生徒の顔前で軽いグータッチを交わす二人の女子生徒。
して、二人は流れで視線をその女子生徒へ。
「おーい、大丈夫かリアー? おーい、また心ここにあらずかー。少しはかまえよー」
金髪の女子、リンコが夕焼けに染まるリアの頬をツンツンと突く。
その真向かいでは申し訳無さそうな表情を浮かべているネネ。
「ああ……ごめんねリア。今の話はリアにしてみればタイムリーな話題だったもんね。私達も気遣いが出来てなかったよ」
「ああ? 何だリア。まさかまだ気にしてんのかあの事。あのな、何回も言うが非があるのは完全に向こうだろう? 気にする事なんてないって」
「そう言う問題じゃないでしょうに。リンコも一人の女なら分からなくはないでしょ」
「……だあああああ!! 私だってそんな事は分かってんだよ!! でも!! 今のリアの顔を見てるとはらわたが煮えくりかえそうになるんだよ!! リアの恋心を虫のように踏みにじりやがって!! ああむかつくぅぅ!! 」
リンコがセットしていた髪の毛をくしゃくしゃと擦る。
「リンコが腹立ってどうするの。まぁリンコの殺したいって発言はとても同情できるけど。ああ……殺したい」
「いや、そこまでは言ってないぞ」
「……そろそろバイト」
ボソっと呟くと、空に刺さっていたリアの視線はふと二人の顔へと向けられた。
キョトンとしたリアの視線先には数分の間で髪の毛か荒れ果てているリンコと、額に影を出しているネネ。
「……えっと数分見ない内にどうしてそんなに荒れてる? 」
「だってリアがまだあの事で深く病んでるからだろう!! 」
「あ、あの事? 」
「だって、また思い出していたんでしょ? レンヤっていう愚男の事を」
そう言われてふとレンヤの顔を思い出したリア。
だが、特に表情が変わると言った事なく、意外にも淡白な受けごたえだった。
「レンヤ……ああ、何かそんなヒドイ人もいたね。まぁ、それに関しては全く未練はないけど」
「「……え? どう言う事?」」
二人の口調が綺麗なユニゾンでリアの耳に届く。
「……そのまんまなんだけど? っていうかどうしてそんな突拍子もない思考に」
「そんなのリアの顔が心ここにあらずだったからだろ。友達だったら心配するだろ普通」
「そ、そんな顔してた私……」
「してたしてた。だからまたあの男の事を考えていたのかって」
そう言われてリアは今まで考えていたことを思い出していく。
両左右で二人が恋話には花を咲かせている間、リアの頭には前に付き人として依頼したあの男の顔が写っていた。
それはもちろんハルトの事だ。
そして嫌でも気付かされるのだ、ふとした時にはいつもハルトの事が脳裏に過っている事に。
ただ、まだハルトに対して恋愛に発展するような気持ちではない。
「そっか……ネネもリンコも色々とごめん。でも私はもう大丈夫だから。私は既にもう猛スピードで前に突き進んでるから」
「ふーん。まぁリアがそう言うなら私達は信じるだけだけどさ……その前に進むって言うのは最近始めたアルバイトにも関係しているのか? 」
「そう、関係ありあり。実は私今滅茶苦茶欲しいものがあって。その為にね」
リアは頬をポリポリもかいて、少し気恥ずかしいそうに視線を下げる。
「まぁそれがあの男を忘れさせてくれるのなら、私はそれでもいいとは思うよ」
「私もリアがそれでいいならいいんだけどさー、でもそのアルバイトのせいで最近はあまり遊べてないのがちょっとネックなんだよなー。私達だって寂しいんだぜリアー」
「確かにね。でもリアはその欲しいものが手に入ったらそのアルバイトは辞めるつもりなの? 」
「うーん、どうだろ。まぁまだ詳しくは決めてないんだけど、もし欲しいものが手に入ったら少なくとも今みたいなハードスケジュールにはしないつもり。私もリンコ達と遊びたいし」
「リアぁぁ……私も早くリアとチャラけたいぜー……」
リンコがリアの頬に自分の頬を擦りつけている。
普段はクールなリアも些かうっとおしいボディタッチに表情を少し落としていた。
「で、これからバイトなんでしょ? 行かなくていいの? 」
「あ、そうだった。じゃあまた明日」
リアは屋上に佇む二人に背中を向け、駆け足で去っていった。
暫くして、リンコとネネの視線がふと交じり合い、そして軽く微笑みあうのだった。
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そしてそれとまた同じ時間。
「はぁ……今日も忙しかった……」
近くにある広場のベンチ。
サクラは大きくため息をつき夕日に頭を垂れた。
今日は職業柄の仕事で学園へ行く事はなく、そして今、アイドルとしての仕事が終わった所だ。
「アイドルも楽じゃないですよね……まぁ私の場合は少し偏っていますけど……」
アイドルとは主に熱狂的なファンを幸せにする事が目的だが、サクラの場合は少し違う。
基本的には他会社のスポンサー的立場で、その会社広告を広めていくような活動をしている。
それは会社にしかり、ハルト達が住むこの街にしかり。
最近で言えば三が実際に通っているレクレ学園の宣伝大使としても、ネット上で活躍している。
中々姿を現さない学園長によれば、アイドルも通う高貴な学園、というキャッチフレーズで来年度の入学生を増やす狙いなのだそうだ。
そして、学園でのあの人気もネットによって瞬く間に、名前が露見。
更には街の宣伝主とあって、サクラはここではそこそこ名のしれた名である。
が、今やサクラと言う名を知らない若者はもう殆どいない。
そして、それに拍車をかけるように疲れは溜まっていくもの。
それはアイドル活動としてでなく、どこにいても感じる視線のせいである。
「お、おい……あそこにいるのってサクラじゃないか? 」
「マジかよ!? 俺達ってば運が良すぎるぅ!! おい!! 声かけに行こうぜ!! 」
名前と顔が広まればこう言う事になるのは明白だ。
細い剣を腰に携え、革防具を纏っている男達は笑顔でサクラの方へと走っていく。
「あの!! アイドルのサクラさんっすよね!! 」
「あ、はい……」
「やったぁぁ!! 俺サクラさんのファンなんす!! いつも応援してるっす!! これも運命っす!! あの!! 暇ならこれから俺達とお喋りしませんすか!! 」
「えっと……私そう言うのは基本お断りしていまして、ごめんなさい」
サクラが軽く頭を下げる。
最近はこの社交辞令なお断りをしない日の方が圧倒的に少ない。
そして、大抵の人物なら一言言って踵を返して行くのだが。
「いいじゃないっすかお喋りくらい。俺、サクラさんの事もっと好きになりたいんすよ!! ね? この事は秘密にしておきますから!! 」
「す、すみません。お気持ちはとても嬉しいのですが……やはり一人を特別扱いしてしまってはアイドル失格だと思うので」
「お、おいもう諦めろよ。サクラさんも暇じゃないんだろうよ」
「うるせー。このチャンスを逃してたまるかよ。ね? 絶対秘密にしておきますから。ここではなんですので取り敢えずここから離れて、もっと落ち着ける場所に行きましょう。もっと静かな場所に行けばバレっこないっすよ」
「そう言う問題ではなくてですね……」
しかし、その男は気にすることなく、そのたくましい腕がガシッとはサクラの手首を掴む。
流石、モンスター狩りに長けていそうな外見だけあって、その力はサクラの非力では全く引き剥がせない。
「や、やめてください……」
「も、もう止めとけよ……流石にやり過ぎだ」
「お前は黙ってろ。いいから早くいくっすよ!! 俺と話しても後悔はしませんって」
サクラなりに懸命に抵抗はするものの、椅子に下ろしていた腰は男の力で軽々と浮いてしまう。
そして、なす術無いサクラはそのまま強引に引っ張られていく。
サクラが半ば諦めかけていた時、男の周りにスーツを着た強面の男達が颯爽と現れた。
あまりにも違いすぎる体格に男の表情は少し歪み始める。
「サクラ様にご用意なら先ずはこの付き人である私の許可を得てからにしてもらわないと困ります」
なんて控えめに言っているが、その表情はあまりにも怒りが滲み出ている。
これ以上サクラに付き纏うなら、声帯を肺もろとも引きちぎるぞ、と言った具合に。
そしてそんな表情を浮かべているスーツの男が二人もいるのだから、男達二人も観念気味に後退る。
「ご、ごめんなさいっす……じょ、冗談っすから……お、おい行こうぜ」
結局男達は体を恐怖で震わせながら、情けなく走りさってしまった。
サクラは一つ息を吐いて安堵に浸る。
「サクラ様。お怪我は」
「い、いえ。大丈夫です。ありがとうございましたギルさん。それにライトさんも」
サクラの無事が確認出来た所で男達は、安心した表情を浮かべた。
そしてまた険しい強面へと戻る。
「サクラ様。勝手に一人で外に出てもらっては困まります。この時間は私達も多忙な上、サクラ様を守る事が難しいのです。もしサクラ様に危害があれば、私達の首は一瞬にして宙を舞います」
「そ、それはあまりに大袈裟じゃありませんか? いくらお父さんが私を溺愛してると言っても」
と、言ってはみたものの、それをまた完全に否定できないのも事実。
サクラの父は自分よりも一人娘を一番に思っている親バカであり、きっとサクラの為ならどんな犠牲も顧みないだろう。
「ま、まぁ……お父さんはとても良い人ですよ? この前なんて学園登校初日の話をしたら、おおそうか、ならサクラに近付いてきた男達を教えてくれ。その全員を心から歓迎しよう。と、言ってましたし」
「それは地獄の入り口へと歓迎されているのでは」
ボソッと呟いたライトの一言に、男達二人の屈強な体に恐怖の電気が流れた。
「サクラ様……お願いですからアイドルとして、そしてお父様の娘としてもうちょっと危機感を。サクラ様の行動は私達の命と表裏一体なのです。どうか、どうか私達を助けると思って」
「もはや、付き人に何の意味があるのか分からないお願いですね……まぁサクラ様が男に攫われた日には本当に海へ沈められるかと思いましたが」
「あはは……きっとお父さんのおふざけですよ……」
「荒れた大海原に両手両足をロープて結わえられたまま泳がせる事が、お父様にとっては単なるおふざけと、そう言う事でしょうか? 」
「……多分そうです」
サクラはそう言いつつもジリジリと視線を斜めに向ける。
しかし、今回は無事にサクラを救出出来たので、少なくともそのようなおふざけに付き合う事はないだろう。
して、ギルが重々しく口を開く。
「私達にもう少しお暇があれば、この時間帯でもサクラ様のお近くにいれるというもの。サクラ様を一人にするこの時間は本当に心苦しい」
それは心苦しいのではなく、物理的に心臓が締め付けられているのだ。
もしサクラに何かあれば、簡単にその心臓の鼓動は止まる。
して、サクラは誰も付き纏わないこの時間を使って、一人外でゆっくりと黄昏る事が大好き。
なので、ギルとライトにしてみれば、この時間が言わば命がすり減っていく、天国へとカウントダウンなのだ。
「ではお父さんに相談してみましょう。ギルさん達もこの時間に別の付き人がいれば心配ないって事ですよね? 」
「もちろん、そのような事が出来るのなら、願ったり叶ったりでこざいますが……ですがちゃんと腕の立つ者でなければ」
「ふふーん。なら私に任せてください!! この時間に腕の立つ付き人……心当たり有りです!! 」
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