第22話

「はぁ……」


 学園が終わり、リーネはその重い思考と足取りで帰路へとついていた。

 手には黒生地を主張とした制服。

 裾にはD級の証明である緑のラインが走っている。


 二年生からは階級が決まるとそれに応じた服色が与えられる。

 D級のハルトやカレン、そしてリーネは弱者の緑。

 それから順に青、黄、赤、紫となる。


 そして本来ならS級の証である紫を羽織る予定になっていたリーネ。

 だが、階級検査を終えた瞬間、リーネはこうなることは百も承知だった。

 昨日、リーネは両親に、もしかしたらD級になるかもしれない、と正直に話した。

 その瞬間の両親の哀れむような視線。

 そして、今手にしている緑の制服を見せれば、果たして今度はどのような表情を浮かべるのか。

 

 そんな事を考えながらリーネは深いため息をつく。


「今度こそ終わりかしら……」


 気付けば足先はもう立派なハートレー家の門だ。

 何百平方はあると予想できる敷地に、汚れを知らない真っ白な建物。

 人がここに住めば困る事など何一つない屋敷に見えるが、リーネの自分の居場所がここではないと思っていた。

 言えば、養子として引き取られた子供の気分だろうか。


 リーネは重い足取りで門を開き、そのまま屋敷の玄関へと足を進めた。


「ただいま帰りました」


「おかえりなさいませお嬢様。早速ですが、お母様とお父様が大広間でお待ちです」


 リーネをいち早く迎えてくれたのは一人の女メイドである。

 オレンジがかった金髪に一目見れば、目が離れないような独特の瞳をしている。


「……分かったわ。ナナセ、これをお願い」


「はい」


 ナナセと呼ばれたメイドはリーネから手渡された制服を見つめる。

 

「やはり……」


「ごめんナナセ。もしかしたら私はもうこの屋敷にはいられないかもしれないわ」


「お嬢様……」


 ガチガチのポーカーフェイスではあるが、これでも滅茶苦茶心配している顔である。

 リーネはナナセの肩に軽く触れると、最後は苦笑を浮かべて大広間へと進めた。


 この二枚扉の先にリーネの母と父がいる。

 

 ――コンコン。


 リーネが覚悟を決めて、扉を中指でノックすると。


「入りなさい」


 ワンテンポほど遅れて、扉の向こう側からは渋く低い男声が聞こえてきた。

 リーネは固唾を飲み、恐る恐る二枚扉を押していく。


 そこには大ソファーに腰をかけている白髪のおじさんと黒縁眼鏡から見える鋭い瞳を持ったおばさんがいた。

 

「ただいま帰りました。お父様、お母様」


「そんな事よりどうだったリーネ。まさか昨日のあれが事実だったとは言うまい? 」


「……すみません」


 リーネが二人に向けて頭を下げた。

 それを肯定と受け取った父は怒り狂った様相へ。


「リーネ!! お前、一体どれだけ自分が大変な事をしてしまったのか分かっているのか!! 」


「申し訳ありません……」


「申し訳ないだと!? 口だけの謝罪でハートレー家の名が傷つかないと思っているのか!! 」


「ご、ごめんなさい……」


 リーネは頭を一回も上げる事なく、ただただ謝罪の言葉を繰り返している。

 そして、怒り狂った父の隣でクールな表情をしている母が眼鏡をヒョコっと上げて口を開いた。


「……やはり貴方はそう言う生き方をしていくに相応しい人種なのでしょうね。やはり貴方と妹のムユでは才能が大いに違う」


 母の言葉にリーネの肩がピクッと震えた。

 今の母の発言で思い出したくない事が浮かんで来てしまったから。

 

「やはりお前を養女に向かえたのは間違いだった。私がお前をS級にしてやった事も全部無駄だったのだ。お前などもうハートレーの敷居を跨ぐ必要はない」


「貴方は元々D級の使えなかった娘。私達の頑張りを踏みにじるような子供などいりません」


「うっ……」


 こうなる事は分かっていた。

 むしろ、こうなってくれる事をリーネは望んでいたのかもしれない。

 だが、記憶の奥にあった昔の忌々しい記憶が、今リーネを苦しめていた。


 普段はハートが強い女の子に見えるが、意外と嫌なトラウマを持っていたりする。

 そのせいか、自然と涙が頬がを伝う。


「貴方達の頑張りはただの欲望じゃないのでしょうか」


 リーネの背後から透き通るような声が。

 先程、リーネと顔を合わせたナナセである。

 

「ナナセ……」 


「貴様……それはメイドとしての立場を知っての発言か」


「はい。何せ私はリーネ様のメイドでございますから。それに貴方様達が自分の名の為に行ったあの事件は絶対に許される事ではありません。事実リーネ様はその事で大きく傷ついています」


「何を言うかと思えば。確かに貴様の言う通りリーネは心に傷を覆ったかもしれない。だが、それに相応しい対価だっとと私は思うがね」


「それはリーネ様の主観で決められる事です。リーネ様は貴方の操りロボットなんかではありません」


 ナナセの冷たい口調を聞いて、父は腰に手を添えて高らかに笑い始めた。


「何を言っている? リーネはもう私が手を加えた立派なロボットじゃないか。もうこやつは人間などではない」


 リーネが視線を真下に下げ、必死に涙を堪えている。

 そんな姿を見ていたナナセは、そっとリーネの両肩に手を添えて宥める。


「リーネ様は立派な人間でございます。むしろ、プライドと欲望に支配されている貴方方のほうが人間離れしていると思われますが」


「欲に支配されせるのは、人間のあるべき姿だろう。欲望やプライドのない人間なんてこの世界には一人もいない。いくら感情が欠陥しているお前でも分かるだろ。私の言っている事が」


「確かにそうではありますか、貴方のように欲望に塗れた人間はまた括りが違います。お言葉ですが、欲望やプライドに支配されるような人間の言葉など聞くにたえません」


「くっ!! もういい!! お前もリーネもさっさと屋敷から出ていけ!! もうその恥さらしな顔を見せるでない!! 」


「言われなくとも。ではリーネ様。行きましょう」


 リーネは無言で頷くと、そのままナナセに付き添われながら屋敷を出ていった。

 そして、二人が向かった先は、既に完成目前であるリーネの住処である。

 

 ハルトとひと悶着あった次の日からも、別の付き人と汗水流してこの住処を作っていたのだ。

 裏を返せば、リーネはいつかここで一人静かに暮らそうとしていたと言う事である。


 リーネ達はこじんまりとした敷地で腰を落とした。


「……よかったのナナセ? 私の為に職を失う事をしてしまって」


「いいのです。私はリーネ様のメイドでございますから」  


「でもそのメイドってのも今日で終わってしまった訳なんだけど」


「まぁリーネ様が私を手放したいというのであれば……」


「べ、別にそんな事は……」

  

 少しばかり顔色が暗くなったナナセを見て、リーネは即座に否定する。

 その焦燥感浮かぶリーネの表情を見てナナセはまた素面へと変わり。


「なら、私はいつでもリーネ様のメイドでございます」


「……ほんと変わった人間ね……まぁこんなサイボーグのような私が言うような事じゃないけど……」


「私は先程リーネ様は立派な人間だと言いました。主である親様にあれだけ大見栄をきって言えたのです。ここは素直にお受け取りください」


「……ありがと」


 些か笑顔に戻ったリーネ。

 暫くの間無言な空気が流れるとリーネが小さい声で口を開いた。


「これからは自由に生きられるのね私……」


「そうでございますね。これでリーネ様の想い人とも」


「な!? あ、アイツは別にそんなんじゃないから!! ただちょっと気になるかなってだけの存在だし!! 」


「左様でございますか。で、リーネ様の本音が貰えた所で、実は一つ良いお話があるのですが――」

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