第20話
学園が終わって、今簡単な付き人業務が終了した。
覚束ない前髪と覇気のない瞳がオレンジ色に染まる空に照らさせる。
「……はぁ色々あってか疲れが……やっぱり付き人業務ばかりで体を休ませてないのが原因か……はたまた今までのストレスが今日で開放されたせいか……まぁどちらにしろ今ここで俺が気を抜けば、妹達に苦労をかけてしまうな……」
現実、ハルトが一日仕事を休むだけでも、今は死活問題になってしまう。
もちろん妹達の事を考えれば、ハルトは山でも谷でも乗り越えるだろうが、体の限界はそんな決意など関係なくやってくるもので。
それに問題はもう一つある。
「はぁ…、御守の事、なんて言えばいいんだ……」
問題の積み重ねで、ハルトのフラフラな足腰が更に重くなり、今も辛うじて草地に足を踏ん張っている。
数日前からある疲労で記憶もボヤボヤ。
そんな中でも、鮮明に覚えているのは、妹達の気持ちである。
「……ユキハ、ルナ」
今日もあったであろういつものお見送り……御守を手にしてとても歓喜していたはずだが、ハルトはもうそれさえもうっすらとしか覚えていない。
果たして今日はどんなお見送りだったのだろうか。
いつものように他愛のないものだっただろうか。
「ははっ……大切な妹達のお見送りの場面を覚えてないとか……どれだけ脆弱なんだよ俺の体は……ほんと……最悪だ……」
今にも溢れ出しそうな感情を抑える為に、ハルトは腕で両目を隠す。
学園での出来事もあって果てしなく自分自身に絶望しているが、このまま座っていては家に帰る時間が遅れてしまう。
そうなれば、ユキハ達が過度に心配するかもしれない。
「はぁ……っしょ……せめて妹達の前まではもってくれよ……」
ハルトはフラフラとした足取りで帰路につき始める。
朦朧な頭で謝罪シチュエーションを妄想しながら。
そして長く感じた道のりが終わり、ハルトを一つ息を吐いて扉に手をかけた。
「ただいま」
「お、おかえりなさい兄さん」
「よ、よかった……今日も無事でなによりだぞ!! お兄ちゃん!! 」
妹達の憂わしげな表情を微かに認識する。
が、一歩家に入った瞬間、ハルトの嗅覚が反応した。
それと同時にお腹の虫もうるさく鳴き始める。
「いい匂いだ……」
「今日は結構ふんぱつしましたから……これで兄さんもお腹一杯にご飯が食べられますよ……」
ハルトは妹達の腹を満たす為に、あまり自分は箸を進めない。
でも、この三日間でお金が結構入ったのでハルトもしっかりご飯を食べれている。
リーネの一万ルリーと、カレンの五千ルリー。
確かリアからもそれなりに貰ったような。
今日も二千ルリーの報酬金を貰って、ハルト達にすればもうそれはお金持ちと呼ぶに相応しい金額だ。
ただ、それも直ぐに尽きてしまうだろう。
「兄さん……私達の為にいつもお疲れ様です……兄さんはいつも私達一番で考えてくれいていて本当にありがとうございます。兄さんが兄さんで良かったと思います……」
「お、おいおい、いきなりどうしたんだよ? いつものツンなユキハはどうした? 」
霞む視界の中でハルトは必死にユキハ達の姿を捉えようとする。
ようやくピントが合った時、ユキハの表情が歪み始めているのは幻覚だろうか。
「だって……だって……ううっ……うわーん!! 」
ユキハが突然と膝から泣き崩れてしまった。
言えば先程からユキハの表情がおかしかったのだが、それと関係しているのだろうか。
「どどど、どうしたユキハ!? 何かあったのか!? 」
「ううっ……だってだって……私達は兄さんのおかけで満足でいれるのに……その兄さんはいつも働きに出て……日に日に窶れていって……今日だってふらふらで仕事に出て行きました……今日も倒れそうな表情で帰ってきて……私もう嫌です……もしこのままこんな生活を続けたら兄さんが本当に私達の前からいなくなるんじゃないかって……私っ……」
「な、泣くなよユキハぁ……お兄ちゃんが……ううっ……困るだろぉ……ううっ……御守も……あるしぃ……ううっ……」
ユキハの涙に釣られて、ルナもわんわんと泣き始めてしまった。
あまりの光景にハルトはただユキハ達を宥めるしかできない。
「今日も無事にと言って兄さんを見送りました……けど……本当は行ってほしくなかったです……御守があるにしてもやっぱりそんな気持ちが勝ってしまうんです……もしかしたらそのまま帰ってこないじゃないかって気が気じゃなくて……」
「私はお兄ちゃんがいなくなるのは絶対に嫌だぁぁ……お兄ちゃんはずっと私達と一緒じゃ駄目なんだぁぁ……」
バレていた。
ハルトの体力が限界だったのも、妹達の前で平静を装っていた事も全て。
ハルトは折り紙付きのシスコンだが、ユキハ達も伊達にブラコンを何年と続けている訳ではないで。
ハルトは泣き叫ぶ妹達を包み込むようそっと抱きしめた。
「はぁ……俺、もしかしたらお兄ちゃん向いてないかもな……こんなにも妹達を心配させて……泣かせてしまって……」
「そんな事ないです……さっきもいいましだが、私は兄さんが兄さんで良かったです……でも、私はもう兄さんに頑張れって言えません……もう頑張ってほしくはないんです……兄さん」
「私ももうお兄ちゃんには頑張れっていわないっ……私達の為にお兄ちゃんが苦しむのは嫌だぁ……」
ハルトが妹達を思うように、ユキハ達もハルトの事を大事に思っていると言う事。
今のユキハ達の発言はハルトの心に突き刺さる。
「分かった……俺もこれからはちゃんと体を休める。だからもう泣くな。それになこれは何回も言うが、俺はお前達が死ぬまでは絶対に死なない。俺って結構しぶといと思うんだ」
「ううっ……それだと兄さんは私達を見送らないといけませんよ……」
「……それは辛いな」
「だったらみんなで一緒に死ねばいいのだ……それだったら誰も悲しまない……」
「……そうだな。それも悪くないか」
妹達がここまで心を開いて話してくれた。
ハルトも学園で合った事を包み隠さず話さないといけない。
「……俺、お前達に謝らないといけない事がある」
ハルトは重い口取りで話していく。
学園での出来事、妹達が必死になって作ってくれた御守を失くしてしまった事、もう元には戻ってこない事。
ネガティブしかないこの一言一句を聞いた妹達の表情は意外なものだった。
「なるほど。つまり私達の御守がなければ兄さんは本当に死んでいたかもしれないって事ですね」
「んん……確かに、そう言われればそう言う風にも捉えられるのか? 」
「おおう!! って事は早速御守の効力が発揮したのかぁ!! やっぱりドロミスの噂は本当だったんだな!! ユキハと頑張ったかいがあったもいうものだぁ!! 」
ユキハとルナは落ち込むのではなく、ハルトの命を守れたとポジティブに結論づけていた。
実際、この御守があったからこそハルトはレン達を一蹴している。
まぁそのせいで人を殺しかけたという事実もあるのだが、まぁこれも終わり良ければってやつである。
「はぁ……でも妹達がくれた宝物がまさか一日で手元からなくなるなんて……いや、詳細に言えば半日くらいか……」
「そ、そんなに気を落さないでください。またルナと二人で仲良くドロミスを見つけてきますから。ねルナ?」
「私とユキハが行けば、百パーセント見つかるからな!! 過度な落ち込みは不要だぞお兄ちゃん!! 」
「そうか。ならまたお願いしようか」
ハルトの一言にユキハ達はドンと自分の胸を叩いた。
その自信満々で自然と笑顔にさせる表情はハルトの廃れた心をそして体の疲れを一瞬にして癒してみせたのだった。
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