第18話

 ハルトがすきをついて逃亡しないよう、生徒達が四方を囲んで移動していく。

 レンを先頭に動くその軍勢は校舎裏の広場へと足を進め、そしていつしか辺りには皮膚がピリつくようなエレメントが立ちこめていた。

 それは全て軍勢の真ん中を歩くハルトほと向けられている。

 

(……コイツら本気か)

 

  そして、堂々と動いていたレンの足が広場でピタリと止まり、スルリと踵を返した。

 

「さて……じゃあ始めようか……今日がお前にとって最後の幸福だ……じっくり味わうがいい」


 ニンマリの笑みが止まらないレンはハルトを見据え、そして体内にあるエレメントを放出した。

 それが戦闘開始の合図。 

 周りを囲む生徒も決して出し惜しむ事なく魔法具現していく。

 この瘴気みたいな威圧、今までには無いほどのエレメントだ。

 

「……もし本当に俺が死んだらどうするの……? 殺人になれば貴方達もただでは済まないと思うけど……」


 ハルトのか細い声から放たれた言葉にレン、更に口角を上げてたか笑う。

 それにつられ、周りの生徒達も同じようにユニゾンする。


「ここには俺達しかいないからな。だから、俺達が何をしようがこの状況ではこちらに信憑性がある。ここにいる奴らはお前を嫌い、憎み、侮蔑し見下している。となればここには俺の味方しかいないってわけだ。口合わせなんてへでもないぜ」


「……証拠隠滅って事……?」


「流石はハルトくん。どうやら既に覚悟が出来ているようじゃないか。俺はお前と言う人間に賛美を贈りたいぜ」


「だけど、ここは学園内だよね……? 人を殺すような魔法を発動すれば、その作戦は上手く行かないと思うけど……? 」


 いくら人気のない校舎裏の広場と言っても、強烈な魔法が学園内の壁や地にぶつかればその騒ぎに気付い教員達がやって来るはず。 

 ここでそんな音を立てる事もなくハルトを殺すのは至難であるといえるが、レンはその笑みを変えない。


「お前が無様に手も足も出さずただそこに突っ立ってれば、静かに事を済ます事が出来るだろう? これも何も魔法を扱えないD級のハルトくんだからこそお願い出来る事だな。よかったじゃないか。最後に俺達の役に立てて。なぁお前ら? 」


 レンの声で周りの生徒達が次々と同意の言葉は発していく。

 だが、ハルトも黙って聞いているほど大人じゃない。

 まだピチピチの十七歳だ。


「……俺が何もしないで突っ立っていると……そう思っているの? 俺みたいにどれだけ無様で弱い人間でも……いや人間は弱ければ弱いほど、死と言うものに対して抗おうと懸命に藻掻くんだ」


「ほう……つまりお前はこのエリートな俺に対して拳を振るうって事か? ろくに剣も振れず、たった一つの魔法も使えないD級が偉そうに歯向かおうってか? 」


「……俺も死にたくはないから……」


 前髪で隠れて露見していないが、ハルトの瞳は今ユキハとルナの顔が映っている。

 死なない、そんな言葉を一体何回妹達に伝えただろうか。

 しかし、それは本心だからこそ何回も言えるし、有言実行してみせたい。


 これだけは絶対に譲れない妹達との約束だ。

 

「大丈夫さ。どれだけ無能なお前でも、弱者ばかりが募る死界に行けばそれなりの需要はあるはずさ。少なくともここにいるよりかは幸せだも思うぜ」


「でも、怖いし……」


 と、ハルトが吐露した瞬間、レンが空に声を上げて嘲笑ってみせた。

 それは校舎へとぶつかり、この広場にうるさくこだましている。


「その感情こそが弱者そのものじゃねぇか!! やはりお前はこの世界にいる人間じゃねえっ!! これでハッキリしたな!! 」


「君は……死が怖くないの? 」


「そんなのもの怖いわけねぇだろうが!! 俺は将来、人類の一番上に立つべき人間だぞ!! この数億といる人間の誰にもこの俺を殺させねぇ!! 死ななければ死に対しての感情なんて持たなくていいからな!! 」

 

 つまり怖い訳ではなく、ただその卓越した強さから自分は死なない、そんな自信があると言う事だ。

 そしてこう言う人間は決まって人を殺す事に何の躊躇いもない。

 このレンと言う男がどれだけ傲慢に生きているか、それが分かる。


「さて、無駄な質疑応答もここまでだ。俺がこの手でお前の息の根を止めてやるぜ」


 そう言って現れたのは拳よりも一回り大きい円球。

 手のひらの上でプカプカと浮かせて、周りにはびりびりと鋭い音が響いている。

 レンの魔法の一つ、雷属性の魔法だ。


「これがお前への心からの手向けだ」


 大きさからしても命を潰えさすには十分だ。

 さて、ではハルトはどうするか。

 

 このままこの魔法を回避し、地に叩きつけられた衝撃を利用して教員をここへ誘導するか。

 ハルトの脳内には数多の策が駆け巡っているが、果たしてどうするのか。


「じゃあな。お前の人生はここでピリオドだ」


 レンの雷魔法はハルトに向けてしっかり照準。

 そのまま、エレメントを一気に放出してハルトに射出した。


 雷魔法が触れる空気に電流を流し、音を立ててハルトに向かっていく。

 いくつもの策を頭で講じていたハルトは、その中から一つの作戦を引っ張りだした。

 

「……仕方ない」


 ハルトがそう呟いた瞬間、レンの雷魔法は突然に動きを止めた。

 それはハルトの五メートルほど前でぷかぷかと浮いていて、そして数秒するとその魔法は弾けるようにして消えた。

 そしてそんな現象に表情を変えたレンはそれから二発三発と続けて雷魔法を発していく。

 しかし、どれもこれも全てハルトの体に触れるまえに消滅してしまう。

 そして、この度重なる現象で段々と皆の空気が変わっていく。


「お、おいレン……どうなってんだよあれ……」


「んな馬鹿な!! クソっ!! どうなってんだ!! 」


 誰の目から見ても、ハルトの体には傷一つついていない。 

 というか魔法そのものがハルトに近づいていかなかった。

 たった一発もだ。


「単にレンくんが失態したんたじゃない? 」


 ハルトの足元を見ればそこから動いた形跡がない事がわかる。

 つまり、回避行動は取っていない。

 ならば、本当にレンの安直なミスなのか? 


「ど、どうなって……」


「アイツ、もしかして何かの魔法持ちなんじゃね? 」


「んなわけねぇだろぉぉ!! お前の頭は単細胞かぁぁ!! 見てただろ!! アイツの体はどの水晶にも反応してなかった!! つまり、属性魔法もオリジナル魔法も持っていないって事だ!! それくらい考えれば分かる事だろうくそがっ!! 」


「ぐふぉ!? 」


 隣にいた男の発言に苛立ち見せたレンはソイツに憂晴らしのエルボーを食らわした。

 レンのあまりある殺気に先程までの一致団結は既に影を潜めている。

 

 ――屈辱。


 どんな理屈でこんな事になっているのか。

 いや、そんな事はどうでもいい。

 今はただレンのプライドが黙ってはいられない。

 何が起こっていようと、レンの魔法が消えたのは事実なのだ。


「ぜってぇ殺す!! その癪に触るような無表情を俺様の魔法の捻り潰してやる!! もう手加減はしねぇからな!! 」


 そこからはもうレン怒涛の魔法攻勢。

 何の躊躇もなく、これからの事も一切見据えず、ただ容赦なくハルトに撃っていく。

 そして撃てば撃つほどレンの表情が歪んでいく。

 

「嘘だろ……数十はあったレンの魔法が全部消えた……」


「あの隙のない怒涛の魔法攻撃が全て……」


「そ、そんなのありえないわ……」


 確かにハルトに向けた魔法は隙間なく発射されていた。

 でも、それら全てがハルトの前で消滅したのも事実。

 となれば、答えは一つ。

 これがハルトの力なのだ。

 魔法を無効化する力。

 いや、これは力というより――。


「まさか……魔法を無効化できるのかアイツ……でもそうだとしたら、なんで今までわざわざ魔法を喰らうような真似を。やっぱり気のせいなのか……」


 その答えはハルトにしか分からない。

 でも、レンもここで怖気づくわけにはいかない。

 プライドが決してそうせてくれない。


「こうなったら……」


 して、屈辱的な状況にハイライトを失くしたレンは右腕に雷を纏う剣を生成。

 そして自身の足に風魔法を纏い、突風のような猛スピードでハルトに突進していった。


 その白く光る雷剣でハルトの鼓動を遮断するつもりだ。 

 しかし、そのスピードはハルトの前で途端に失速。

 右腕の剣もいつしか姿をなくしていた。


「馬鹿な……」

 

「あ、危ない……」


「……殺す、殺す……殺す!! 殺すぅぅぅっ!! 」


 して、レンは我を忘れ、今度は本物の剣を右手に握りハルトを攻撃し始めた。

 ハルトはほんな血眼で向かってくるレンの動きを注視して簡単にその攻撃を躱して見せる。

 

 ハルトのその足運びはありにも様になっていて、それがもしかしたらこれからの学園生活に影響を与えるかもしれない。

 折角のD級確定が、今までの苦労が、体に刻まれたいくつもの傷が全て無駄になってしまう。

 検査の測り直しなどハルトはごめんだ。


 なので、途中からギリギリ躱すような演出をし、あたかも自分はまぐれで当たっていないのだと主張するように体を動かしていく。


「クソっ!! D級如きの無像がぁ!! さっさと切り裂かれて死ねぇぇ!! 」


「ま、待って……落ちついて……」


 このままでは体力勝負まで持ち込まれてしまう。

 これだけ自我が失われていればおそらく体力の消費など微塵も感じないだろう。

 

「お前如きが俺を嗜めようとするんじゃねぇぇ!! 」

 

「くっ……どうすれば……」


 そんな一瞬の思考が微かな隙を作ってしまった。

 レンが振るう剣先がハルトが羽織っている学園の制服を切り裂いたのだ。

 場所は右胸のポケット部分である。

 微かに皮膚も切り裂かれ、中に着衣している白いカッターシャツが綺麗な赤色で染められていた。


 レンもようやく感じた手応えにニヤリと笑みを浮かべた。

 一方で未だ無表情のハルト。

 そんな殺伐な空気の中、宙に舞っていた何かがレンの足元へポトリと落ちた。


 レンとハルトの視線はその落下物へと向けられる。

 

「そ、それは……」


 ハルトがここに来て初めて無表情を崩した。

 そしてハルトのその僅かなその狼狽えをレン決して見逃さなかった。

 ニヤリと笑みを浮かべたレンは、その落下物を指で持ちゆらゆらも揺らす。

 

「まさか……これが大事なのか? 」


 ハルトの視線の先は昨日妹達がハルトの事を思って作られた御守だ。

 昨日もらった年期の浅いものだが、その御守は妹達からの初めての贈り物。

 今、それに勝るような貴重品などハルトにはない。

 

「うん……ごめん。それかなり大切なものなんだ。だから――」


 そう言って手を伸ばした時、レンがその御守を宙へと投げ捨てた。 

 そして。


 ――シャキン。

 

 宙を舞った御守がレンの雷剣によって粉々に切り裂かれてしまった。

 紙切れ同然になった御守が風によって空へと舞い上がり、そして一欠も残らず彼方へと飛ばされた

 その瞬間はハルトの伸ばす腕がピタリと動きを止めた。


「ああ、悪い。手が滑っちまったわ。あれ、もしかしてあれっお前の大切なものだったのか? でもさぁ、これはお互い様だろう? 俺だって陳家な物を切ってしまったんだからさ」


 嘲笑うように口を開くレンの周りで、他の生徒もここぞとばかりに同調して笑う。


「見てよあれ!! 悔しいのか知らないけど、さっきから俯いてるだけだよ!! 」


「いつも無表情なアイツがあんなショックを受けるとは、余程大切な物だったんだろうな。はっはっは!! だからか、こんなにも清々しい気持ちなのは!! 」


「そんなに大切な物なら命をかけても守らないといけないよなぁ!! これはお前の失態だぁぁ!! はっはっは!! 」


 それからしばらくの間。

 レン達はハルトの戦意が喪失したと確信して、ゆっくりと近づいていく。

 

「魔法が使えない、死が怖い、大切な物も守れない、そんなヤツは冒険者になる資格はない。だからこの俺がお前のその情けない人生を切り絶ってやる。最後に言いたい事はないか? 」


「――」


 そんなレン達はまだ気付いていない。

 さっきまで心地よく吹いていた風が、全く肌を通過しなくなった事を。

 

「ああ? 何言ってんのか全然聞こえねぇな」


「――殺す」


 今までの苦労が、これまでの蓄積が、これからの未来が、ここで全て無駄になろうとしていた。


 我慢の限界だった。


 妹達が汗水流して作ってくれた初めてでかけがえのない贈り物。

 妹達が必死になって草原を彷徨っている姿が、自分を思って作ってくれている健気さが、それを渡した時の何にも負けない太陽のような笑顔が。

 

 このレンの行動はこの妹達の善意を踏み潰した事になる。

 

 形ない物は姿を消しても心に残るが、形ある物は姿を消してしまえばもう元には戻ってこない。

 もうあの初めての妹達の気持ちが戻ってこない。


「だからなんて――」


「殺すと言っているんだ――」

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