第17話

 そうして一週間に渡って行われた合同授業は終わり、今日、ハルトは久しぶりにあのクラスメイト達と顔を合わすことになる。

 だが、この日常も今日で最後。


 何故なら、今日行われる階級検査で二年生の階級が確定するからだ。

 そうなれば、あの見下してくるクラスメイトともおさらば、すなわち暴力を受ける事もない。


「はぁ……にしても最近疲労が凄いな……」


 付き人をしてからというもの、ハルトはあまり体を休ませた日がない。

 人間誰しも憩いがなければ、疲労は溜まり続けるものだ。

 

 毎朝の暴力が無かった一週間でもこの倦怠感だ。

 正直、今日妹達がどんな表情で送り出してくれたのかも曖昧なくらいである。


「……でも今日で最後」

 

 ハルトは教室の前で一呼吸。

 そして、騒がしい教室の中を確認するように扉を開けた。  

 その瞬間、一週間分と言ってもいいほどの魔法量がハルトの顔面へと躊躇なく飛んでくる。

 

「ぐぁぁ!! 」


 眩く映る視界の向こうにニヤニヤと笑みを浮かべるレンの顔。

 ハルトは久しぶりの痛みに膝をつけて、苦悶の表情を浮かべた。

 

「おうおう。一週間ぶりだねハルトくん。久しぶりに俺達の魔法をくらっていい気分なんじゃないか? 」


「そ、そうだね……」

 

「俺もお前の苦しみ嘆く顔を見れて気分がいいんたぜ? で、……お前この前アイドルのサクラと仲睦まじそうに学園を走り回っていたそうじゃないか。この俺を差し置いてさ……」


 恐らく、サクラが初めて登校して来たあの日の事だろう。


「……あれは不可抗力で」


「……何でも不可抗力とか、仕方なくとか言ってたら許されると思ってね? これだからD級は頭が弱いんだよ。いいか? 俺からすればそれが不可抗力かなんてのはどうでもいいんだよ。根本的問題はお前があのサクラと口を交わしていると言う事実だ。いい度胸だよな? あの時言ったはずだぜ、あの女は俺のものだってな」


 レンはサクラが来てから積極的に一年のクラスへと足を運んで、今も口説いているらしい。

 だが、何を言っても、すみませんやら、ごめんなさいやらがかえってくるらしく、レンもかなりイライラが溜まってるようでその鬱憤が今日のこの情景なのだろう。

 

 なのに、ハルトはサクラと会話して、あまつさえ腕を組むなんて恥ずかしい事もしている。


 それをプライドが高いレンは許せないのだ。

 弱者のハルトに好感な態度をとっているのに、A級で顔も整っている自分がそれよりも下に扱われる。

 それが何としても許せない、


「あれは向こうから……」


「あ!? お前喧嘩売ってんのか!? まさかお前、サクラに相手されなくて、ざまぁなんて思ってんじゃないだろうな!! 」


「そんな事は……」

 

「くっ!? 絶対に許さねぇ……丁度いい。もうお前と同じ教室で顔を合わせる事もねぇし、今日はとことん痛めつけてやるさ……覚悟しとけよこのクソ野郎!!」


「ぐぁ!! 」


 レンの力こもった蹴りが、ハルトの頬を綺麗に捉えた。

 勢い良く吹っ飛んだハルトは壁に叩きつけられ、そこからはクラスメイト達がここぞとばかりに暴力を振るっていく。

 

 そして、これまでに蓄積された疲労も追い打ちとなったのか、ハルトの体は素直にそれらの魔法攻撃を受け入れていく。


 ハルトの意識が無くなっても、レン達の攻撃は止まらない。

 

「クソっ……サクラは絶対に渡さねぇ……あの女は俺のものだ……」


 そして、ハルトが気が付いた時はまた懐かしい白い天井が視界にあった。

 薬剤の独特の匂いに当てれて、ハルトは目を覚ました。


「……終わった。やっと……」


 今までの苦痛を思い出すと、心がふんわり軽くなるのを感じる。

 もうこれで暴力を振るわれる事はない。

 力を出し惜しむ必要もない。


 時間を見れば既にお昼休みが終わろうとしていた。

 この後は知能検査と魔法検査がある。

 この検査で階級が確定し、そして明日にでも新しい教室、新しいクラスメイトが出来る。


 もちろんハルトはここのままD級を維持するつもりだ。


「後は俺が頑張ればこれ以上妹達に苦労をかけなくて済む……」


 気を失っておかげで、少しばかり疲労が抜けたハルトは気合いを入れるように、目の前の隔離カーテンを勢い良く開けた。


「ううっ……何でアイツは来ないのよ……この私がわざわざ毎日付き人を依頼しているのに……なのに……来る人は全員違う人……アイツが来なくちゃ私は一生このままよ……」


「……また悶てる。あれから全然改善されてないじゃん……寝れば治るとか言ってたのに」


 ベッドで力無く倒れているリーネにハルトは無意識にそう発していた。

 そしてその発言を耳にしてしまったリーネは前よりも更に窶れた頬でハルトを見つめる。

 その瞳にはもうあの鋭い眼光はない。


「思ったんだけどこれってもしかして不治の病なんじゃないかって……貴方をどう思う? 」


「どう思うと言われても……病院に行ってみては……? 」


「ハートレーの権力を使ってもう何百個もはしごしたわよ……でもどの医者も異常はありませんとか安心してくださいとかほざくのよ……だったら今の私はどうしてこんな事になっているのよ……だからきっとまだ世に露見していない病気なんじゃないかって思うのよ……つまり、私はもう助からないのよ……」


「それだけ口が開けるなら大丈夫だと思いますけど……」


「無駄に口が開く、なんて症状がある病気かもしれないじゃない……」


 もうリーネの思考は狂いに狂っている。

 これが知能、魔法共にS級なのだから面目ない。

 

「はぁ……確かこの後は階級検査よね……流石にS級確定の私がサボるのは良くないわ……」


 リーネはのそのそと上半身を起こして、着崩れている制服を正す。

 そして、ベッドからゆっくりと足を放り出して立ち上がった。


「手貸しましょうか……? 」


「汚らわしい腕で私に触れないでちょうだい……」


 ハルトの気遣いがひどい侮蔑によって一蹴された。

 結局、ふらふらと覚束ない足取りで保健室を出ていく。   

 ハルトも同じように保健室を出て、教室へと向って足を進めた。


 そして午後の階級検査。

 階級検査は知能と魔法の二つあるが、先ずは知能検査から行われる。

 これは所謂筆記試験の事であり、この点数が良くないと階級も下がる。


 知能検査は教室で行なわれるのだが、ハルトが戻って来たときには既に他のレンを含む生徒達はみな必死に検査の復習をしてた。

 

 この検査によってこれからの階級が確定される。

 優秀な冒険者になる為にはとりあえず上の階級を手に入れておきたい。

 ここにいる生徒はみな、優秀な冒険者を目指している。

 この検査にいのちをかけていると言っても過言ではない。

 今だけはハルトに関わっている暇などないのだ。


 そんな中、皆が筆記試験を必死に解いているのに対しハルトはわざと間違った答案を記入し、もう既にペンを置いている。

 

 ハルトはこの残りの時間は瞼を落として睡眠欲に時間を割いていた。

 座ったまま、それも前髪で目が見えないので、監視をしている教員にもバレない。

  

 こうして知能検査が終わり、次は続けて魔法検査。 

 これは校舎を出て直ぐにある、闘技場で行われる。


 ハルトが闘技場に着いた時には既に生徒の列がならんでおり、その先頭には机に置かれている八つの水晶が横に並べられていた。

 七つはそれぞれの属性を測る水晶、もう一つはオリジナル魔法を測る水晶だ。

 生徒はこの八つの水晶に手を翳して検査していく。

 

 手を翳し、少しでも水晶が光ればこれで一個の魔法が使えると判断される。

 もちろん個々の力によって輝きは大小あるのだが、少なくともこの検査で大小齒全く関係ない。

 何せ、これは魔法数を調べる為の検査だ。

 

「す、すげー……」


「あれ段違いじゃねぇか……」


「やっぱりすげぇな。流石は学年トップの魔法数を持つリンナ様だ……」


 もう少しでハルトと言う所で、周りの生徒達がざわつき始める。

 皆の視線の先は黒い日傘をしている一人女生徒だ。

 

 黒紫色のロングヘアーが激しく光る水晶に当てられて、とてもきらびやか。

 周りの生徒も眩しさのあまり、目を覆っている。

    

 そして、彼女の凄い所はその輝きだけではない。


(土と炎以外の水晶が光った……って事は五属性の魔法が使えると言う事か……)

 

 二年生で五属性を使えるのは恐らくこのリンナだけ。

 リーネでも四つしか使えないはずだ。

 と言う事はあのS級のリーネよりも更に上がいると言う事なる。


 そして、ふとリンナと視線があったハルト。

 その黒眼は遠くからでも感じるほどの風格があり、それでいて表情は柔らか。

 一言でいうなら、威風凜々といった感じ。


 そんな時間がほんの数秒、リンナはハルトに頭を下げてこの闘技場を出て行った。

 

(何で俺に頭を下げたんだ? )


「お、おい!! 今リンナ様が俺に頭を下げさせたぞ!! 」


「はぁ!? どう考えても俺にだっただろ!! 冗談はお前の階級だけにしろよ!! 」


(な、なんだ……俺じゃないのか。そりゃそうか)


 そしてハルトの順番が来る。

 一つ一つの水晶に手を翳していき、あっという間に最後の水晶までやって来た。

 結果はここにいる誰もが予想出来る。


「ぷふふ!! 見たかよアイツ!! 一個も水晶が光らなかったぜ!! 」


「どうやら完全に神から見放されたようだなアイツ」


「二年であれじゃもう優秀な冒険者にはなれないだろうな……」


 闘技場にはハルトに対する色々な声が飛ぶ。

 そんな中、無表情で歩むハルトは今、ニンマリと口角が上がっていた。

 ゆっくりと闘技場の外へと向かう。


「よう」


 ハルトが闘技場を出ると、そこには不気味な笑みを浮かべているレン達一行が待ち伏せていた。

 見るに恐らくリーネを除いたクラスメイト全員であろう。


「D級確定おめでとうハルトくん。これで夢も居場所も全部失っちまったな。どうだ今の気持ちは? 」


「くっ……最後の最後まで……こほん……どうしたの? クラスメイト全員で……」


「なーに、ただ、ハルトくんのD級が晴れて決まった所で、これから俺達が褒美をやろうと思ってな」


「褒美……」


 ハルトにはこれから起こる事が予想出来る。


 階級の結果が出るのは明日の朝。

 つまり、これから暴力を受ける事になる。

 朝のあれが最後だと思っていたのに、また我慢の時間がくる。

 だが、ハルトは朝から決死の覚悟をしている。

 今日だけ、今日だけだと。


「……分かった。じゃあ校舎裏の広場に行こう。ここだと他の生徒も巻き添えになるから」

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