第15話

 これはハルトが学園へ足を運んでから数時間後の話である。 

 ユキハの指示の元、ルナは朝の片付けを淡々とこなしていた。

 それが終わり、時間は正午前。


「よいしょ……これで準備は整いましたね」


「よし!! じゃ、早速お出かけと行こう!! 」

 

 玄関に腰を落とし靴に踵を入れ終えた二人の肩には短剣の入った小さなバックがかけられていた。

 二人はこれからある所へ向おうとしている。

 いつものラフな着衣ではなく、肌色を極力見せない革地の防具と言ってもいい服装を纏っていた。


 ユキハ達はしっかり扉が閉まったことを確認し、同じ歩幅で道を進んでいく。


「いつの間にか空気も暖かくなってきましたね。もう少し清涼服でも良かったでしょうか」


「ううっ……目的地はまだなのかユキハー……私はもう暑さで倒れてしまいそうだぁ……」


 この世界も季節の変わり目の時期だ。

 気候は知らず内に湿気を帯び、全身を纏う防具の中では汗水が滴り落ち、着心地の良いものではない。


 ルナはユキハの腕にしがみつき、極力体力を使わないように気を使っているようだった。


「ちょっとルナ……そんなに密着したら余計に暑いじゃありませんか……」


「ユキハの冷気をよこせー」


「……いいですけど下手したらルナ凍っちゃいますよ? 」


「うっ……何故なんでも完璧にこなすのに魔法だけは不器用なんだユキハは」


「そ、それはルナも同じじゃないですか。おかけで私達は兄さんに魔法の使用を禁止されています。まぁ、ここの森にモンスターはいないので兄さんには辛うじて許しをもらってますけど」


「なんで血の繋がっているお兄ちゃんとはこうも違うんだ……」


「歳が違えど、私達みたいに魔法を使って直ぐに体力が尽きるなんてことはありませんからね」


「やっぱりこれも自宅にこんもりしていたツケの弊害なのかぁ……」


「ま、ルナは家でもダレてばっかりですからね。私はこれでも家事やお買い物でよく外には出ています。 まぁ、今の状況ではなんの説得力もありませんが……」


 今、ユキハ達が踏襲している場所は町外れにある森中である。

 この森に茂る固めの草木はユキハ達の腰辺りまで伸びているので、いちいち腕で避けないと進めない。

 どうしてこの暖かくなってきた気候の中で防具服なのか、その一つの理由がそよ白色の肌が赤くかぶれないようにする為だ。


「久しぶりに来ましたが、随分と手入れが行き届いてない森ですね。これでは歩くだけでも足腰にきてしまいそうです」


「なぁあー本当にこの森にあるのかぁ? 」


「下調べではそう記憶しています」


「むぅ……」


 ユキハ達が探しているものはドロミスと呼ばれる一種の花である。

 映えるような白色の花びらが凛々しく、一目でもその存在感が把握出来る花だ。

 そして、このドロミスにはある噂がある。


 それは花びらを煎じて御守にすれば、それを持している主は健やかな生を過ごす事ができると言われている。

 御守にするまでの過程は対した事ないが、なにより、このドロミスを見つけ出す事が難しい。

 前にリアが探していたリリーの花と同等かそれ以上の価値があるとされており、その分見つけ出すのも同じ対価。

   

 一日で見つけ出せればかなり運が良いだろう。


「今日、必ず見つけ出しますからね」


「そうだな……最近、お兄ちゃん疲れてるし……」


「ドロミスがあれば兄さんも元気になってくれるはずです。私達は一時の疲労かもしれませんが、その疲れで兄さんが元気になってくれるのならいくらでも汗を流します。兄さんには頑張ってもらわないといけませんから」

 

 ユキハは小さく拳を作ってやる気になる


 最近のハルトはフラフラで家に帰って来る事が多い。

 妹達の前では健気に振る舞っているが、実妹であるユキハ達がそれを見過ごす訳がないのだ。


 それをみてユキハ達が平常な精神でいられるだろうか。

 今、ユキハ達が一番怖いのはハルトが目の前からいなくなる事。

 それを想像するだけでも全身が震える。


「じゃあルナ。ここからは手分けして探しますよ。相手は一筋縄では行きませんからね。効率を考えての最善策です」


「わ、わかったぁ……」


 ユキハとルナの間を半径十メートル以内でキープしながら、視線を下にやる。

 そして、数分してからルナが疲れのあまりお尻を地面に下ろしてしまった。


「もう疲れたぁー。本当にここにあるのかぁ? ユキハの下調べが間違ってるんじゃないのかぁ? 」


「……そんなはずはありません。私はちゃんとここだと覚えてきました」


「だから、その覚えが間違ってるんじゃないのかっていってるんだぁ。だってこんなに腰を痛めて探しているのに全然見つからないじゃないかぁ。これじゃただの骨折り損だ」


 ルナにすればあまり悪意のない発言なのだが、ドロミスか見つからないイライラと本当は自分の調べが間違っているのではないかと、言う焦燥感がユキハを怒りに震わす。


「……何でそんな事を言うんですか」


 腰を下ろし一生懸命探しているユキハの足は疲労とルナの発言でピクピクと震えている。

 あまり、本気では怒ったことのないユキハだが、今日はリミッターの限度が低い。


「たって事実だろ? それに――」


「――だったらルナも一緒に調べてくれたら良かったじゃないですか!! いつも私ばかりで、ルナは何もしてくれないじゃないですか!! 」


 ユキハがパッと立ち上がり、涙の滲む瞳でルナを睨む。

 

「な、何だよぉ!! 間違ったのはユキハのせいだろぅ!! 何で私が怒られないといけないんだ!! 」


「私だってどうして何もしてくれなかったルナにそんな嫌味事を言われないといけないんですか!! 」


「そ、そんな言い方はないだろぅ!! 悪いのはユキハじゃないか!! 」


「それはこっちのセリフです!! ルナは今日の為に何かしてきたのですか!! 何もしてないですよね!! 全部私に任せっきりですよね!! なのによくも私を馬鹿に出来ますよね!! はっきり言ってルナやってる事はただのおんぶに抱っこです!! 」


「な、何だよそれ!! 私だって!! 」


「何ですか!? 私間違ってますか!! 全部本当の事ですよね!? 」


 二人は目と鼻の先で睨み合う。

 そして、最初に顔を背けたのはユキハであった。


「もういいです!! これからは私一人で探しますから!! 」


「か、勝手にしろぉ!! ここじゃ絶対にドロミスは見つからないからな!! 」


 ルナの発言を背中で受け止め、先々と奥へ進むユキハ。

 こうして、二人の間が大きく開いてしまった。



 そうして次第に日は落ちて空はネイビー色。

 ユキハは何時間とかけて探しているが、お目当てのものは見つからない。


「ルナのバカ……私だって一生懸命調べて……」


 ユキハは家事の合間合間でドロミスの事をちゃんと調べて、ここへ来た。

 ルナのあの発言はユキハの苦労を踏みにじるようなものだ。

 

「ううっ……」


 ルナの言葉を思いだして、頬に伝う涙が止まらない。

 ここ数年はこのように怒気を表した喧嘩は無かったので、余計に悔しさが募る。

 折角ハルトの為に気を使ったプランだったのに、予想外の事が起きてしまった。

 二人共気持ちは同じなのに、どうして相まみえてしまったのか。

 

「はぁ……見つかりません……調べた所によるとかなり希少種な花と聞きましたが、これほどとは」


 気付けばユキハの白い頬は汗と土で茶色く滲んでいる。

 そしてふと、ルナの事を考えてしまう。


「……一人で大丈夫でしょうか」


 ルナは何事も姉兄にしがみつくような性格なので、一人で何かが出来る想像が出来ない。

 冷静になれば、なんて事をしてしまったんだと悔いるユキハ。


「はぁ……やはり私が全部間違っていたんでしょうか……」


 膝に顔を埋めてまた涙を流す。


(ダメです……やっぱりルナの所へ戻りましょう)


 決心をしてユキハはパッと立ち上がった。

 その時だ。


「ひっ……」


 気付けば周りには緑色が激しいスキンヘッドのモンスターがユキハを囲っていた。

 言わずもがな、その正体はゴブリンの群れである。

 ユキハは無意識に足を後ろに引くが、その後ろにもゴブリンが斧を持って待ち構えており、もう逃げ道がない。


「ぐへへへへへ」


「そんな……この森にモンスターは居住んでいないはず……」


 ドロミスの事を調べていれば、自ずと分かるような情報である。

 して、その事実はまたユキハの頑張りを踏みにじるものになった。


(やっぱり……私が全部間違っていたんだ……)


 ユキハのツインテールが恐怖と後悔で揺れる。

 自分を肯定する為にルナへあたり、悔しさを晴らすように意固地で一人になった。

 そんな一人よがりな行動が今、とんでもない窮地を呼び寄せる形になってしまった。


「ど、どうしよ……」


 ユキハを囲うように立ち塞ぐゴブリンの群れ。

 軽く数えるだけでも数十の視線がユキハを舐め回すように見つめている。

 視線が肌を突く度、ユキハの体からは冷や汗が滴り落ちる。

 しかし、そんな冷や汗を宙に飛び散らせ覚悟の瞳を宿したユキハ。


「わ、私だって兄さんとは血縁が繋がっているんです……これくらい」

 

 兄であるハルトがあれだけ強いのなら私にも、と自分に言い聞かせ体内のエレメントを静かに体外へ放出する。

 エレメントに意識を集中し、不器用な格好になる事はしまいと。

 そして。


 ――ピリッピリッ


 ユキハの体から弾けるようなオノマトペ。

 厚めの防具で何が起こっているのか見てとれないが、実際はユキハの体に流れた汗が水から氷へと凝固する音である。

 そして氷結しきったその塊はユキハの服を通り、足元へポロポロと落ちていく。


「???」


 ゴブリンの奇々怪々な視線が懐疑なものへと変わった。

 何せ、今まで生暖かった空気がユキハによってマイナスにまで下っている。

 そして、この寒さで無意識に硬直する体と肌を刺すような鋭痛に、ゴブリンの表情は焦燥へと変わり。


「穴という穴まで凍らされたくなかったら、わ、私から離れた方が賢明ですよ」


 今更だがユキハはその名前に相応しいく、氷魔法を使う事が出来る。

 して、その屈強で冷徹なオーラだけは、流石ハルトの妹だと言うべきか。


 だが、結局はオーラだけ。

 今のこのユキハの状態は決して自分がしたいようには出来ていない。

 エレメントが予想以上に体から放出され、それが幸いしてかほとんどのゴブリンが一歩後ろへと身を引かせているだけ。

 しかし、そんな幸運な状況の中、たった一体のゴブリンだけがユキハの元へ近づきはじめる。


「い、いいんですか!! 本当の本当に殺してしまいますよ!! 」


「ぐへへへへ」


 不敵な笑みを浮かべ、ユキハの忠告を全く耳に入れないゴブリン。

 しかし、良く見れば他のゴブリン達とは出で立ちのに違いが明白だった。

 

 他のゴブリンよりも体格が大きく、小山のように盛り上がる筋肉は他の者たちにはない。

 そう、今躊躇なく歩んでいるのが、この群れのリーダー。

 言わば、ゴブリンキングである。


「そんな……」


 ゴブリンキングの筋肉を停止させようと、また温度を下げようとするが全く効かない。

 いざとなればエレメントを更に放出して無理矢理にでも呼吸器そのものを凍結する事も考えないといけないだろう。

 が、ユキハは戦闘経験が全くないど素人。

 相手が悪にソートされるモンスターであろうと、命を奪ってしまう事に躊躇いが出てしまう。


 しかし、そんな躊躇いなどないゴブリンキングは着実にユキハへと接近していく。


「いやっ……こないで……」


「ぐへへへへ」


 冷や汗が垂れずに凍る寒気候の中、ユキハの猫の手は直ぐ様現れる。

 

「ユキハに何するんだぁぁぁ!! 」


「ぐふぇ!? 」


 上空から目には見えない衝撃がゴブリンキングの頬を綺麗に捉えた。

 ゴブリンキングは囲うゴブリンの群れへと吹き飛ばされ、一気に隊列が崩れる。

 そして、ユキハは無意識に視線を上空へと投げた。


「ルナ!! 」


 上空で仁王立ちをしている金髪の少女、ルナだ。

 ルナはムスッとした表情でゴブリン達を睨んでいる。

 

「ユキハを泣かせる奴は私が許さなおぞぉ!! 」


「ぐぅ!! 」


 不覚を取られ悔しいそうに立ち上がるゴブリンキングはルナを見て、驚愕している。

 何せ、一人の少女が手の届かない宙で静止しているのだから。


「私は風属性魔法の使い手!! 正しく!! 空に浮かぶ月なんだ私はな!! 」


 先程のゴブリンキングの一撃はルナの風魔法だ。

 そして言葉通り、ルナは今空中を浮いているような状況

 月光に輝く金髪は正しくルナ、月の様相であった。

 しかし、なんともグラグラと揺れている月だろうか。

 やはりルナもまだ自身のエレメントを扱いきれてはいないのだ。


「ぐお!! 」


 そんな中、まだ諦めていないゴブリンキングは精一杯に地を蹴り、ルナへと拳を向けた。

 が、そのゴブリンキングもまたルナと同じように空中で停止。

 そして、ゴブリンキングの体がみるみる内に固まっていく。


「ルナには手を出させませんよ」


 ユキハの指先から流れるエレメントがゴブリンキングを纏い、そして氷結。 

 ゴブリンキングは氷になって地へと落ちていった。


「もう少ししたら動けるようになると思います」


 ユキハがビクつくゴブリン達に助言をすると、そのままゴブリンキングを担いで奥へと消えてしまった。

 そして、気まずそうなルナがゆっくりとユキハの元へ降り立つ。


「うっ……うわぁぁぁ!! ごめんなぁユキハーー!! 」


「ちょ!? いきなりどうしたんですか!? 何か遭ったんですか!? 」


 ルナが地に足を着けるなり、声を上げてユキハの胸元へ飛びかかった。

 それをユキハは優しく両腕で支え抱きしめる。

 そして二人は過度な魔法使用によってガクンと膝から落ちる。


「私とても酷いこと言ったぁ!! ユキハが一生懸命調べてくれたのに私はそれを!! ユキハの言う通り私はただ頼りきってて何もしなかったぁ!! それなのにぃ!!」


「ルナ……」


「ごめんなぁユキハーー!! 」


「……ううっ……うわあああ!! 私も自分勝手に偉そうな事言ってごめんなさいぃ!! 私の一人よがりのせいでこんな事になってしまいましたぁ!! 怖かったよぉ!! 」


 二人は涙を流し、それから数分の時が流れ、二人はようやくして平穏を取り戻した。

 

「にしても私言ってる事はほんとにおかしかったなぁ。ユキハを泣かせる奴は許さないなんて言って登場したけどさぁ、私自身がユキハを泣かしてしまったんだもんなぁ」


「くすっ……そうですね。でもルナのその言葉、とても温かかったですよ。あ、それと……じ、実はルナの言う通り、全部私が間違っていました……ここにはおそらくドロミスありません……私の調査不足でした……」


「うん? 何を言っているんだ? ドロミスならちゃんとこの森にあったぞぉ? 」


 そう言ってルナは懐から立派なドロミスを取り出した。

 ユキハは目を点にしてドロミスとルナを交互に見つめる。


「ウソ……」


「嘘じゃないぞぉ。私はちゃんとこの森で見つけた。つまり、ユキハの頑張りは間違っていなかったってわけだ!! 」

 

「……もしかして今までずっと探してくれて……」


 月光で良く見れば、ルナの頬は土埃でかなり濁っていた。

 指先にも小さい傷か少なからず入っている。

 

「良く考えれば何でも出来るユキハが間違う訳ないもんな。だからユキハの頑張りが無駄にならないよう、あれから私は一生懸命探したんだ。見つけられなけばユキハが間違ってるっていう証明になってしまうからな。って、随分恩着せがましい言い方だけどなぁ!! 」


 ニンマリと笑うルナを間近で直視し、ユキハは柔和な笑顔を浮かべる。

 

「でも、こんな怪我までして頑張ってくれました。ゴブリンに囲まれて震える私を助けてもくれましたし。どうやら今日はルナがヒーローのようですね」


「そ、そうなのかぁ? 私はただのユキハの事思って――」


 そう言いかけた所でルナの唇がユキハの肩に触れて、遮断されてしまう。

 ユキハはルナを抱きしめ、土で傷めたその綺麗な金髪を優しく撫でた。


「だから、私にとってはヒーローなんじゃありませんか。本当……いつまでも手のかかる妹だと思ってましたけど……」


「だってユキハと血が繋がる妹だからな!! ユキハに出来て私に出来ない事はない!! 私だってそれくらいはお茶の子さいさいだ!! 」


「……ぷっ!! 」

  

 ユキハが唇を尖らせて唐突に吹き出した。


「ど、どうしたぁ? 」


「いえいえ、ただルナはやっぱりまだ子どもだなって思って。まぁそれがルナの良いところ……なのかもしれませんね」


「うん? 」


 疑問符の浮かぶルナを見て、更に笑顔が溢れるユキハ。

 ハルトからは魔法を使うのはやめろと言われていたが今回は仕方ないだろう。

 そして二人はドロミスの花を持ち、足が動くようになるのを待ってから手を握りあって帰っていったのだった。

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