第14話

 平穏な授業が終わり、ハルトはいつものように付き人の仕事をこなす為、街の入口に足を止めていた。 

 今日も今日とて依頼主は女の子のようなのだが、それだけならまだいい。

 門前でハルトが今、目を凝らして見ているのは。


「まさか今日の依頼主がカレンとは……」


 よく見れば、依頼書にはハッキリ、カレン・スカーレットと記されていた。

 いやはや、一体何日連続で同じ学園の生徒を付き人しているのだろうか。

 

「ほんと……神の試練ってこういう事を言うのかな……」


 実際、神の試練というのはあながち間違いでもない。

 バレないように声は変えないといけないし、ガッチリと固めてはいるが万が一を想定して、この前髪が落ちないよう気を使わないといけない。

 付き人としての作業は特に疲れないハルトだが、そういった気を使う部分ではそれなりにストレスがたまる。


「はぁ……まぁ今までも上手いこといってるし、今日もきっと――」


「あ、あの!! もしかして貴方が今日の私の付き人でしょうか!! 」


 来た。

 ハルトの背後にはド緊張で足がピクピクと震えているカレンがいる。

 バレないように静かに声を調整し、ハルトは笑顔で颯爽と振り向いた。


「はい。今日一日、貴方の付き人をやらせてもらいます。どうか宜しく」


「は、はい!! こちらこそ、宜しくお願――」


 と、お互いの視線があった所でカレンの言葉が詰まった。

 そしてカレンの瞳がパッと開いて。


「えっと……どうかしました? 何か気になる事が――」


「……ハルトくん? 」


「……え」


 ハルトの体が大きく震えたのが誰にでも分かった。

 

「ハルトくんだよね? 」


「ちちち、違いますよ……」


 ハルトは震えた声でそう言って、ジリジリと視線を横に逸らす。

 しかし、そんな三文発言も虚しく、カレンは既にこの付き人がハルトだと断定しているようであった。


「へぇー、まさかハルトくんが付き人の仕事をしていたなんて……ビックリだよ」


「いや、だから――」


「……うんうん!! やっぱりハルトくんは前髪を上げた方がさっぱりしていていいね!! でも、だったら学園でもそれで来ればいいのに……いやそれだとライバルが増えちゃうからダメなのか……」


「いやだからね?……というか俺は別にイケメンじゃないよ……」


 なんて言い訳を紡いでもカレンは妄想に浸っていて全くハルトの発言を聞いている様子はない。

 しかし、これはハルトにとって付き人人生最大のピンチ。

 まだ始めて数週間の付き人人生だが。


 ともかく、ハルトもここでおいそれとその事実を認める訳にはいかない。

 学園でのあの弱く逞しくないハルトには意味があるのだから。

 

「……他人の空似じゃないですか? 」


「うん? 違うよ? だって私がハルトくんの事分からない訳ないじゃない? 私を誰だと思っているの? 」


「いやいや、俺達が顔を合わせたのってつい最近だよな? 何その脈アリ幼馴染みたいな発言……」


「ほーら!! やっぱりハルトくんだ!! 」


「な!? し、しまった……こっの……狡いやり方しやがって……」


 完全にしてやられたハルト。

 これはもうどんな言い逃れもできない。

 ハルトは悔しそうに唇を噛み、肩を大きく落とした。


「……何で俺だと分かった? 学園の俺と今のこの俺じゃかなり雰囲気が違ったと思うけど」


「まぁ雰囲気だけなら私も分からなかったかもしれないけど、今日、学園でハルトくんの素顔をしっかりと見ちゃったからね。その優しいそうな目元は先ず間違いないと思った所存だよ!! 」


「あ、あの時か……」


 ハルトは手で顔を覆い、昼休みの光景を思い出していた。

 して、就寝中に前髪が流れ素顔が丸見えだった、というカレンの追い打ちが来て、ハルトは自分の軽率な行動を悔い始める。

 

「……カレン」


「ひゃぁ!? い、いきなり呼び捨てですかハルトくん!? 」

 

 学園ではさん付けだったせいか、ハルトのこの女心を撫でるような行動で、カレンは瞬時に乙女モードへ。

 

「出来ればこの事は誰にも言わないでほしい。もちろんこの姿の事も」


 本性がバレたとは言え、まだ口合せでまだどうにでもなる状況である。


「え、えっと……う、うん……わかった……」


 呼び捨てから、この真摯な視線。

 少なからずハルトに好意を抱いているカレンには、首を縦に振る以外の選択肢など存在していなかった。

 その間、カレンは肌色が丸で見えない真っ赤な顔色になっていて、そのほてるような視線ばずっと地面に突き刺さっている。


「ありがとう……助かるよ」


「……えっと……こんな状況だけど、かなりしょうもない事聞いていいかな? 」


「ああ。お願いを聞いてもらった手前だし極力は何でも答える」


「その……ハルトくんのその素顔を知っているのって学園で私だけ? 」


 カレンは人差し指をクネクネと遊ばせながらハルトに尋ねる。


「そうだな……俺、妹が二人いるんだけど、その二人を除けばカレンだけだな」


「そ、そうなんだ……私だけ……学園内でハルトくんの素顔を知っているのは私だけ……二人だけの秘密……オンリートゥシークレット……」


 カレンがそう火照った表情で呟くと、クネクネとつま先を地面にくねらせる。

 一方でそんな発言など微塵も聞こえなかったハルトといえばとりあえずは口止めの成功を実感して大きく安堵していた。

 して、無事合意した所で、ハルトはカレンの依頼を受けようと話を進め始める。


「で、今日の依頼はモンスター討伐と聞いているが……また何で? 」


「えっとね……正直、冒険者なんて簡単になれると思っててね。だから学園では何もしてこなかったんだよね。でもほら、学園での私ってああでしょ? 」


 苦笑を浮かべて頬をポリポリもひっかくカレン。

 同じ境遇のハルトなら、皆まで言わなくても分かる。


「だから、私もそろそろ自分を変えてみようかなって思って。で、先ず最初に思いついたのが単純に力をつける事でして。その為に付き人を依頼したわけだよ」

      

 柔和な笑顔であると共に、覚悟が宿る瞳をしていた。


「なるほど。となれば先ずは初級モンスターが無難か……よし。あ、因みにちゃんとお金持ってる? 俺、金がかかってないと働かないから」


「もちろん持ってるよ。えっと……五千ルリーしか持ってきてないんだけど……これで足りるかな? 」


「十分だ。じゃあ初心者オススメの狩り場へと案内する。離れるなよ」


「よし、分かった!! 」


 そうしてハルト達が向かった場所は森を出て直ぐ、視界が全方位に開けている緑色の世界だった。 

 夕焼けの空が眩しく、踝まで生い茂る草ぐさが風音に合わせて左右に踊っている。


 そんな中でハルトは目的のモンスターを見つけると、隣に連れているカレンに視線を投げた。


「あれだ。あれくらいならカレンでも相当な事がない限り死なない」

  

「ほう」


 ハルトが指さしたモンスターはネズミのようなシルエットをしているD級モンスター、リトルモットである。

 攻撃も耐久も大した事はないが、ネズミとあって結構すばしっこい。

 だが、このすばしっこさが初心者には大切なのである。


 何せ戦闘下手な人間は決まって相手の動きを見ようとせず、ただ自分勝手な動きだけでやれると思っている。


 戦闘と言うのは相手に対してどれだけ順応できるかが大事。

 なので初心者としては先ず、このリトルモットの動きを目で追う事が必要なのだ。

 攻撃力はなくそれでいて俊敏、すなわち初心者の経験値アップにはもってこいのモンスターである事が分かる。


 だからこそ、このモンスターは初心者狩られという二つ名でも呼ばれている。


「じゃあカレン。行き道で俺が教えた事を思い出して戦ってみろ。大事なのは相手の動きを良く見て体を運ぶ事だ」

 

「わ、わかったよ……見ててハルトくん……」


 カレンは腰にかけていた短剣を取り出し、よそよそとリトルモットに近づいていく。

 そして相対したリトルモットもカレンから出る初々しい殺気を感じて戦闘モードへ。


「か、覚悟ぉぉ!! 」 


「なんで掛け声が仇討ちなんだ……」


 しかも、短剣なのに頭上でそれを構えていて、そのまま振りかぶろうとしている。

 言えば上半身の威勢が良い割に、動きに大切な下半身がゆっくりと動いていて、あれでは全く威圧感というものが感じられない。

 

「あ、あれじゃ絶対ダメだ……構えがもう素人まんまなんだが」


「おりゃ!! あ、ありゃ!? 」


 両手で振りかざしたカレンの弱々しい一撃はリトルモットに安易にかわされてしまった。

 そして、ここからリトルモットの小さな反撃が始まっていく。


「いやぁぁぁ!! 助けてハルトくーん!! 」


「戦闘訓練のはずなのに、なんでさっきから追いかけっこばかりしてるんだ…………というかカレン、意外と逃げ足速いし」


 カレンは意外にも速い逃げ足を使って、背後を追いかけてくるリトルモットと一定の距離を取り続けている。

 一応、その逃げ足には賛辞できるが、あれでは時間と共にカレンの体力が尽きて終わりだ。


「……おいカレン。逃げてばかりじゃずっと平行線だぞ。いい加減覚悟を決めろ」


「そんな事言われてもぉぉ!! いやぁぁぁ!! 」


「いいからさっさとヤツと面向かえ。危なくなったら助けてやるから」


「ううっ……わ、分かったよ!! 」

 

 両手を空に上げて逃げ回っていたカレンは、ハルトの助け言葉でスッと踵を返した。

 もう目と鼻の先にはリトルモットが小さな牙を立ててやってきている。


「先ず、短剣は両手じゃなくて片手だけで握るんだ。しっかりと腰を入れて相手の動きをよく見る。奴が腕の伸びる位置まで来たら一気に横から短剣で撫で切れ」


「う、うおぉぉぉぉ!! 」


 ハルトの忠告を聞き、カレンが涙目で短剣を構え始める。

 どうやら覚悟を決めたらしい。


「よし。これなら」


 ハルトはカレンとリトルモットの距離を視認で確認。

 そして、リトルモットがカレンの攻撃範囲に入った瞬間。


「おりゃぁぁぁぁ!! 」


 どでかい掛け声とトモニ無闇に振られたカレンの短剣はリトルモットの腹を見事に捉えた。

 腹部を切り裂かれたリトルモットは悲痛な鳴き声を空気に漏らして、地に投げつれられる。

 そして生い茂る草に埋もれたリトルモットはず既に息絶えていた。


「や、やったぁぁ!! モンスター討伐成功だよ!! やったぁぁ!! 」


「良かったな……」


 と、感服しているとやってやった顔のカレンがリトルモットを手に持ってハルトの元へと駆け寄っていった。

 

「見てみて!! ほら!! 」


「ちょ……わざわざ残骸を見せびらかすな。グロいだろ……」

 

 カレンの手には腹部が切られて血に染まっているリトルモットの死骸。

 討伐出来た事が嬉しいのは分かるが、何故これを見て笑顔でいられるのだろうか。

 

「やったぁ……これが私の初討伐……」


 ニンマリが止まらないカレン。

 ハルトも、ここは野暮の事は言わずに歓喜に浸らして上げよう、とカレンを見つめる。


「あ、それの死骸はちゃんと置いておけよ。少ないが売ればお金になる。まぁ腹部の傷が深いし大した金にならなさそうだけどな」


「そ、そうなんだ……出来れば討伐記念に家に飾ろうかなって思ってたんだけど……お金になるんなら売った方がいいよね……」  

 

「わ、笑えない冗談はよしてくれ……」


 それからはちまちまではあるがモンスター討伐は着実に成功していき、僅か数分でカレンもある程度の感覚が掴めた所で今日の討伐はお終い。


 ハルト達は討伐したリトルモット十体の死骸を持って街にある質屋へと向かって換金する。    

 街並みは欧州チックではあるが、この質屋は結構シックで場違い感が否めない。


 そんな質屋に二人はささっとと足を運ぶ。


「これお願いします」


「はい。では数を確認いたしますね」


 カレンが討伐したモンスターを売り場の女性が一匹づつ出して確認していく。

 そんな時にハルトは果てしない違和感を覚えた。


「お、おいカレン。お前の討伐したモンスター、何で傷が消えてるんだ? 」 


 あれだけ乱雑に切りつけられていて、傷も決して浅く無かったはずなのに、全てのモンスターの傷が消えていた。

 

「ああ、これ私の魔法なんだ。経過回復魔法って言ってね、触れたものの傷を治す事が出来るんだ。でも経過回復だから触れても直ぐには治らなくて。時間が経つにつれ段々と回復していく魔法なんだよ。もちろんそれで命の蘇生なんてのは出来ないよ。しょうもない力でしょ? 」


「ふーん……と言う事はオリジナル魔法か……」

  

 確かに、討伐してからはかなり時間が経っているし、カレンはその手でモンスターをここまで運んでいた。


「それって触れたもの全てに発動する力なのか? 意思の有無は? 」


「どうだろ。あんまりそう言うの意識してないから分かんないかな」


「つまり触れたものは全部に発動するけど、発動の有無は制御できない。言わば常に発動されているようなものか」

 

「魔法を制御できないって優秀な戦士を目指す者としてありえないよね」


 苦笑気味のカレンはそういった。

 ただあまり深くは落ち込んでいなさそうな様子。 

 そうして二人は受け付けから一声かけられる。


「お待たせしました。合わして十体の討伐を確認いたしました。鑑定の結果、このリトルモット達には傷が一つもなくとても綺麗な状態での換金なので今回の売却金は、合わせて二千ルリーとなります」


「に、二千ルリー!? む、無傷だとそんな高く売れるのか……」


 リトルモットは通常一匹に対して十ルリーが妥当。

 つまり、今回は一匹二百ルリーと言うかなりの高値で売れたと言う事になる。

 あんぐりと口を開くハルトを尻目に、カレンは受け付けから渡された二千ルリーを受け取った。

 

 そして、笑顔が止まらないカレンはハルトと共に質屋を出る。


「じゃあ依頼は完了だな」


「ありがとうねハルトくん。今日は本当に幸せだったよ!! 」  


「幸せ? 何で? 」


「だってハルトくんに色々と教えてもらったし、何かより仲良くなった気がするし、それに私だけしか知らないハルトの素顔を知れたし……えへへ」   

  

 カレンの柔和な笑顔に対して、ハルトの表情は微かに歪んだ。


「うっ……。頼むからマジで他言無用だぞ」


「分かってるよ!! 誰がこんな大切秘密をバラすもんですか!! 言われなくても私の心だけに留めておくつもりだよ!! 」


「そ、そうか……。じゃあお金」


「あ、そうだったね。じゃあこれでいいかな? 」


 ハルトが受け取ったのカレンが持ってきていた五千ルリー全額だった。

 等価交換。 

 そんな言葉が脳裏に過った時、それとまた同じくして昨日のシオンの言葉が過る。


「……なぁカレン。カレンは五千ルリーを出しても悔いはないか? 俺は五千ルリーを貰えるほど働いたか? 俺はカレンの役にたったか? 」

 

「もちろんそんなの当たり前だよ。私はハルトくんに助けられたから。だからこれはその気持ち……だよ」


「……そうか、なら、これは有り難く貰うよ。じゃあこれで今日はお開きだな」


「うん。じゃあまたねハルトくん。また学園で」


 そうしてカレンはとびっきりの笑顔を浮かべて帰っていった。

 ハルトもカレンから貰った報酬金をポケットに入れて、妹達の待つ家へと帰るのであった。

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