第12話

 しばらくして、ようやく一体のアーマードワイバーンを見つけ出したハルト達。

 鋼のような銀体を宙に浮かせ、その大きな翼で勢いよく風を切っている。


 この間に何回ハルトの耳が犠牲になってしまったのか、それはもう数えるほうがおこがましいほどだ。


「君との心理ゲームもお姉さんは面白かったんだがな。まぁ見つけてしまったのなら仕方ない。少年はここで静かに見ているがいい。戦いの拍子にチラリとするであろうお姉さんの下着をな」


「いいから早く行って!! アーマードワイバーンさんもう戦闘モードですから!! 」


「ふむふむ。そんなにお姉さんのパンツに興味があるか。いやはや、甘い見た目によらず中身は中々の性猛獣っぷりだな少年」


「何を言っても一言二言で添えて返ってくる……もう嫌だこの人……」


 ハルトは腰を落とし、無意識に歪んでいく顔を手で覆う。

 しかし、シオンのスカートは確かに短いので、実際問題見えてしまっても不思議じゃない。

 

「ふむ……そしてこのタイミングで腰を落とすとは……少年……お姉さんパンツに本気だな」


「とりあえずさっさと終らせてくれませんか……終わるまで目を瞑って俯いているんで終わったら一言ください。もちろん耳に吐息は禁止です。絶対に」


「やはり君はエンターテイメント性に長けている人間だな」


「この絶対は、押すな押すな、みたいな裏返しが含まれる絶対じゃありませんから。お願いですから素直に受け止めてください」


「はっはっは。少年のノリツッコミは聞いていて気持ちがいいな。正直お姉さんはもう十分満足だよ」


 何が十分なのか、そうツッコミたいハルトだが、これ以上戦闘モードのアーマードワイバーンを放置する訳にはいかない。

 なので、ハルトは何も言葉を返さずにそっと瞼を落とした。


「まさか、この絶好のタイミングで本当に顔を背けるとは……付き人にしては随分と律儀じゃないか……いやお姉さんの魅力もまだまだ希薄という事か……」


 そうしてシオンは俯いているハルトの背中に小さな笑みを送り、アーマードワイバーンに向けて腕を伸ばした。

 手のひらに集結する魔法の色は赤色。

 これは炎魔法だ。


「登場して早々に申し訳ないが、もう君には用がない……私は少年と遊ぶ方が楽しい事に気付いた。ここで無惨に消し炭になるがいい」


「ギュオオオオオン!! 」


「私の魔法で絶命出来る事、光栄に思うがいい」


 魔力が集積した手のひらから蛇を彷彿とさせる炎がアーマードワイバーンに向かって伸びる。

 その数は一つや二つじゃない。

 ざっと二桁ありそうな量だ。

 

 気が付けばアーマードワイバーンの周りはあっという間に炎蛇で囲まれ、逃げ場は一瞬にしてなくなってしまった。

 そして数多の炎蛇はアーマードワイバーンの体を吸い付くように咬みついていき、そのまま体内へと侵入。

 皮膚を咬み、筋肉を千切り、骨を断ち、そして血管までにも潜りこみ、そしてアーマードワイバーンは苦しむようにして木っ端微塵に爆発した。

 シオンは簡単に討伐して見てたが、これでもアーマードワイバーンはA級モンスターである。

 そんなモンスターをここまで安易に討伐したシオンは恐らくかなりの強者と言える。

  

 そしてそれはハルトもヒシヒシと感じていた。

 膨大な魔力と強烈な爆風。

 ハルトはその背中だけでシオンがどれだけ手練なのかを理解することができた。

 結果、シオンはその短いスカートを靡かす事はなかった。


「終わりました? 」


「ああ。私達の楽しい時間を邪魔をする外道は粉々に散ってしまったよ。これで面白く愉快なお姉さんとまたイチャイチャタイムを満喫できるぞ。身を高くして喜べ少年。ふぅー」


「ひやぁぁぁ!! 」


 咄嗟の耳吹きにハルトはシオンの言葉の通り、身を高くして飛んだ。

 それを見てはっはっはと笑っているシオンをハルトはまた訝しげな視線を向けて睨む。


「あのですね……俺の任務はアーマードワイバーン討伐の付き人って聞いてたんですけど? それなのにその目標物を外道って……不条理の塊ですか貴方は……」


「はっはっは。少年はまだ真の娯楽と言うものを知らないようだな。この際はっきり言うが、別に依頼の内容など私にとってはどうでもよかったのだよ。つまり、その名目はただのお飾りであって本心ではない。私の真の目的は付き人である君とこうして山越え谷越え、そうして、支えあう二人の心に小さな感情が芽生え、そこから二人っきりのキャッキャウフフな冒険が始まり私のその愉悦感に浸る、という分かる者にしか分からない娯楽を楽しむ事なのだよ」


「付き人を前に清々しい……と言うか、今シオンさんが言ったような冒険って出来ていましたかね? 山谷なんて修羅場は全くなかったですし、支え合うどころか一方的に俺の足を引っ張ってましたよね? そんな状況でお互いに感情なんて芽生える訳ないですし、そうなればキャッキャウフフもない」


「全く……これだから女経験のない若人は困る」


 ふくよかな胸の下で腕を組み、シオンは真摯な表情でハルトを侮蔑している。  

 そんなシオンにまた反論する姿勢を見せるハルトだったが、この先の事を考えてここはぐっと堪えることにした。


「……で、どうします? アーマードワイバーンはもう姿形もありませんけど。これじゃ武器なんて作れない……まぁでも別にさっきの話だとどうしてもって訳じゃないんですよね? じゃあもう帰りませんか? 」


 目的のモンスターは粉々に砕け散ってしまった。

 これではハルトの言う通り、武器を作りたい、と言うは依頼が叶えられない。

 だが、シオンは付き人であるハルトの前で堂々と、依頼内容などどうでもいい、と高らかにうたっていた。

 そしてなにより、いち早くこの人から離れたいという気持ちがかなり強い。


「美少女であるお姉さんの前でしていい表情ではないが、まぁここは少年の甘いマスクに免じて乗っかってやろう。はっはっは」


「はぁ……」

    

 ハルトは深いため息をついてようやく帰り道へ足を進めた。

 そしてハルトは相当疲れていたのか、禁忌である、シオンに背中を向けるというやらかしをしてしまった。


「ふぅー」


「ひゃぁぁぁ!! 」


「はっはっは。まだ変わらず初な反応してくれる君の初々しさに、お姉さんの母性本能は擽られ続けているよ」


「……」


 恍惚なシオンの表情にハルトはただただを睨むことしかできない。

 ただ、ここでハルトは付き人の基礎を思い出した。

 どんな状況でも決して油断してはならない、と。

 

「少年。この世界には遠足は帰るまでが遠足という誰しもが感銘を受けることわざがある。まだまだ時間は残っているし、あと少しだけお姉さんとイケない事でもして、二人だけの秘密を作ろうじゃないか」


「……もう絶対にすきは見せない」


 それからハルトは前方よりも後方に意識を集中させる。 

 シオンはそんなハルト見て、またクスクスと小さな笑みを浮かべていた。


 結局、それでも終始シオンにやられたい放題だったハルト。

 そうして、ようやく街の門へと辿り着いた。

 

「じゃあ依頼完了でいいですか? 」

 

「ああ。少年のおかげでお姉さんはとても優越な時間を過ごす事が出来た。もし君がよければまた私のお暇に付き合ってくれ。これは君への気持ちだ」


 手渡されたのはパンパンに膨らんでいる巾着袋が一つ。

 手のひらに乗せるだけでもその質量がはっきりとわかる。

 

「これ……」


「そこには一万ルリーほど入っている。有り難く受取りたまえ」


「こ、こんなにもいらないですよ……大体依頼だって別に成功した訳じゃ――」


 と、言葉は最後まで紡ごうした時、シオンの細くて白い人差し指がハルトの唇へと添えられた。

 ハルトは突然の行動に言葉を飲みこむ。

 そしてゆっくりとその指は離れていき。


「だからこれは私の気持ちと言ったはずだ。依頼が成功したかどうかなんて関係ないのだよ。それに、お金を貰う立場の人間は変に遠慮しない方がいい。でないとこちらもいい気はしないだろ? 」


「と言ってもですね……」


 ここでまたハルトの保護思考が働いてしまう。

 ただでさえまだリーネのあの大金が家で眠っているのに。

 正直、この先不運な事が起こりそうで怖い。

 と、そんな事を考えるハルトだったが。


「君は人の気持ちを踏みにじるのが好きなのか? お姉さんは今とても気分がいいんだ。いくら気を許してもいいと思っている君でも、いい気分に浸っている私の心を冷ますのは許さんぞ」 


「……それは私的感情過ぎません? 」


「それ言うなら、君のそれもまた私的感情ではないのか? まぁ別にそれが悪い事とは言わない。ちゃんとした価値観があるのはとてもいい事だ。だが、だったらなおさらこれは受け取ってほしいよ。君のような風光明媚な男になら後悔はないさ」


 そう言ってシオンは髪の毛をすきながら、ハルトに背を向ける。

 一方ハルトはその妖艶な雰囲気に言葉が止まり、それ以上は何も言えないでいた。

 

 そしてシオンは、じゃあな、と腕を上げ足を進み始めた。

 ハルトはただその特異なオーラを放つシオンの背中を見つめるばかりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る