第11話

 その後、カレンは授業に姿を見せず、結局今日の合同授業はまさかのハルト一人で終わってしまった。


 ただ、ハルトにしてみればレン達と顔を合わせなくて済むので、少し気が楽だったりする。

 少なくとも一週間は無傷で過ごせるだろう。


「ただいま」

 

「兄さん。おかえりなさ……ってええ!! に、兄さんどうしたんですか!? 」

   

 ユキハは帰ってきたハルトを見るなり手に持っていた洗濯物を床に放り捨て、驚いた表情で駆け寄った。

 そして、ハルトの体を隅々まで確認して、また更に大きな奇声をあげた。

  

「どうしたんだぁ? お兄ちゃんの体に何かあるのかぁ? 」


「逆です!! 兄さんの体にあるはずの傷が今日は見当たらないんですよ!! これは都合の良い夢でしょうか!! 」


「な、なんだとぉ!! うおぉーほんとだ!! も、もしかしてお兄ちゃん……とうとう我慢の限界がきてヤッてしまったんじゃぁ!! とうとうお兄ちゃんが本領発揮をしたぞぉ!! 皆殺しだぁ!! 」

  

 ルナがエアで剣を振り回すように腕を動かす。

 体格があまりに乏しいのでかなり迫力に欠ける。


「おいルナ……皆殺しなんて不穏な言葉、一体どこで吸収してきたんだ」


「うん? この前ユキハがいってたぞぉ? なんかお兄ちゃんの破けた制服を直している時に、兄さんを傷つける奴はこの私が皆殺しにします、ってな!! 」


「ユキハさん!? 」


「え? あ、いや!! や、やだな兄さん……私がそんな不吉な事言う訳ないじゃないですかぁ……き、きっとルナの聞き間違いですよぉ……」

 

(本当なのか……ったくユキハのやつ……)


「全く!! お兄ちゃんは嬉しいぞ!! まさかそこまでお兄ちゃんの事を考えてくれていたなんて!! おかけでまた俺の生きる活力エネルギーが蓄積された!! 」

  

 そう言ってハルトは興奮気味にユキハの胸に頬を擦りつける。

 ユキハはハルトの行動に一瞬ボーッとしていたがふと我に返って、直ぐにハルトを引き離す。


「何故か褒められてます!? ちょ、兄さん!! よく考えてください!! 妹である私が皆殺しって言葉を使ったんですよ!? 普通なら今すぐ土下座で説教ですよね!? 」


「うん? 何故だ? 兄の為なら血に染まる覚悟を持つ妹……素晴らしいじゃないか!! 」


「私が言うのもなんですけど……それだと私は犯罪者になってしまうということなんですよね……」


「もちろん私もお兄ちゃんの為ならどんな犯罪を犯してもいいぞぉ!! 」


「流石は血の通った妹達だ!! お兄ちゃんはお前達が心の底から誇らしい!! 」


「も、もうこれからは発言にもちゃんと気を使おうと思いますぅ……」


 ガクっと項垂れたユキハはハルトから離れていつもの作業へと移る。

 家の奥からクシとワックスをもって、ハルトの前髪をセットしていく。


「いつも悪いな……」  


「いえ。これが私の日課ですから。あ、こらルナ!! 暇ならそこの洗濯物を向こうに運んでてください!! 」


「しょうがないなぁ……よし、了解だぁ!! 行くぞぉ!! ふぃーーっ!! 」


 ルナはユキハが落とした洗濯物を上手い事頭に乗せて、そのまま奥へと消えてしまった。


「これでよしっと……出来ましたよ兄さん。今日もバッチリです」


「ありがとう。じゃあ行ってくるから。お兄ちゃんはユキハの美味しいご飯の為に頑張ってくるから」


「はいはい……丹精込めたご飯を振る舞ってあげますから……だから、ご無事で兄さん」


「おう。じゃあな」


 ハルトはユキハの頭を撫で、そして足取りよく家を出ていく。

 今日も今日とてハルトはいつもの付き人の仕事だ。

 

 依頼内容はモンスター素材の採取。

 どうやらモンスターの素材で武器を作りたいとの事だ。

 と言っても依頼主は鍛冶屋ではなく、ただの学生らしい。

 

「また学生か……」


「学生がどうしたんだい? ふぅー」


「うわぁぁ!! 」


 ハルトの鼓膜に生暖かい風が伝わった。

 そうして振り向いた先に、紫色の瞳をした美しい女性がニンマリとしながら、ハルトを見つめていた。

 

「なんとも初々しい反応だな。お姉さんは君みたいなチェリーは大好物だよ」

 

 女性の恍惚な視線がハルトの頬を優しく撫でていく。

 セミロングの赤黒い髪の毛が何とも言えない妖艶さを醸し出しており、ハルトはそんな色欲に当てられて更にたじろいでしまう。


「え、えっと……シオン・ノーブルさんであってますか……? 」


「おや? 私の名前を知っているとは……もしかして君は私の隠れファンなのか? 」

 

 人の反応に興があるかのようなこのむず痒い視線、ハルトはとても苦手である。

 現時点でもうこの依頼を受けた事にかなり後悔していた。


「いや……依頼書にそう書かれているので……」


「はっはっはっ。お姉さんの軽い冗談だよ。君は面白い青年だな」


「何も面白い事なんて言ってないんですけど……あと面白いからって俺で弄ぶのはやめてください」


「いやはや君は思ったより頭が硬いようだ。もしかして、石でも食べて育ったのか君は」


「んな訳ないでしょ……」


「だから冗談と言っておろうに。やれやれ」


 シオンが両手を肩まで上げ首を傾げる。

 ハルトの方はもうお手上げ状態である。

 

「……で? 今日はモンスター討伐の手伝いですよね。行くなら早く行きましょ」


「おやおや、もしかして少年は今のお姉さんとのやり取りで拗ねてしまったのか? 私は顔がどれだけ好みでも、子供じみた人間というのはあまり好きじゃないんだ」

 

「そうですか……」


「ふむ。どうやら会ってそうそう面倒くさい人間だと思われてしまったようだね……お姉さんも少しは反省しようか」


「はぁ……」


 そうして二人は目的地へと足を進めていくのだが、ハルトは付き人としてあるまじき事をしてしまっていた。

 それはハルトが依頼人よりも前にいる事である。

 普通なら依頼者の後ろについていつでも助けられるようにするものなのだが、きっと彼女が相当苦手なタイプの相手なのだろう。

 ハルトにはそんな事を考える余裕がなかった。


「ふむふむ。やはり年下で初な男の子というのは心を擽られるな。今日はとても面白くなりそうだよ」


 シオンはニヤリと笑みを浮かべマイペースにハルトの後を着いていく。

 そして辿り着く着いた場所は森を抜けて更に向こうの渓流。

 ここにシオンの目的であるアーマードワイバーンという飛竜種がいる。

 アーマードワイバーンの属性は風なので、基本的に遠距離戦は向かない。

 倒すには接近戦に限ると言うわけだ。


「ここらへんかな……」


「ふぅー」


「いやぁぁぁ!! 」


 足元は断崖絶壁だと言うのに、シオンは問答無用でハルトの耳を擽る。

 耳を抑えて振り返る様をシオンははっはっはっと笑っている。


「いくら依頼主でもやっていい事と悪い事があるんですが……」


「何を言っているんだ少年。この私にそんなタブーなどあるわけないだろ。言っておくが私はこう見えてとても自由奔放な人間だ。誰かに指図されたりこきを使われるのはとても嫌いなんだ。だから私は私のしたいようにする。これからもじっくりと少年を弄ぶつもりだ。はっはっはっ」


「貴方の自分ルールなんて知ったこっちゃないですよ!! ……もう俺、絶対にビビりませんから!! この依頼が終わった後、きっと貴方は興がない少年だな、言うと事になりますからね!! 」


「ほう……私のこの匠なイタズラの手にはもう反応しないと……お姉さんは少しワクワクしてきたよ。少年にはまだまだ初々しい反応を見せてもらいたいものだ」

  

 ハルトの思いか切実なものであるのに対し、シオンはその豊満な胸の下で腕を組んで楽しそうな表情をしている。

 

 それからハルトはシオンに対して厳戒態勢で足を進めているが、果たしてこの数分で何回息を吹きかけられてしまったか。

 ハルトも自信満々にあんな事言ったくせに毎回毎回声を上げるもんだから、シオンの手もヒートアップしてきている。

 

「後ろばかりに気を取られていると頭から真っ逆さまだぞ少年」


「大丈夫です。ちゃんと前方にも注意を払っているので」


 前を見たり、後ろを見たりと何とも忙しない事をしているハルト。 

 その後ろでシオンは心から楽しんでいるという小悪魔ぶり。

  

「本当に私を楽しませてくれるな君は。私はもう君の熱狂的なファンになりつつあるよ。お姉さんに目をつけられるなんて、光栄に思うがいい」


「残念ですが、俺はそんなエンターテイメントな人間じゃないんで」


「なるほど……近くて見えずは睫とはよく言ったものだ」


 何故モンスターに警戒を向けないといけないのに、こうしてシオンに注意をしないといけないのか。

 ほんと、ハルトと同じ学園の制服を気ているのがとてもストレスである。


「くそっ……こうなったらさっさと終らせて――」


「ふぅー」


「ひやぁぁぁ!! 」


「すきだらけだぞ少年。はっはっは」


(ちくしょう……さっさと現れろよアーマードワイバーン!!)

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