第10話

「でも……あの時あんパンって……」


「あーん? 私が嘘ついてるって言いたいわけ? 」


 見えるのは喧嘩腰で構えている灰色の上着を羽織った女生徒と、同じく灰色の制服を着衣して膝を着けている生徒だ。


「あれは……」


 ハルトは今膝を地に折っている人物には見覚えがあった。

 それは一目見れば直ぐにでも特定出来る個性的な外見。

 

 女子生徒はその土下座している女子生徒に近づき、右足を後ろへと振りかぶった。


「D級ごときが私に逆らうんじゃねぇっ!!


 破裂したかのような声量と同時に繰り出された女子生徒のつま先が、土下座している生徒の顎に勢いよく突き刺さった。

 蹴り上げられた女子生徒はそのまま宙を舞い、そして勢いよく地に叩きつけられた。


 あの物理威力、並の常人にはありえないほどのパワーだ。

 まして加害者は男ではなく女、そしてここは魔法が蔓延る世界。

 あの女生徒は恐らく魔法を使って殴っているのだろう。


 魔法には七大属性以外にもちょくちょくあのようなタイプの力を持つ者がいると言われている。


 いわゆるオリジナルと呼ばれる魔法だ。

 

 オリジナルはオリジナル魔法という類に分類され、七大属性魔法と共有は出来ない。

 つまり、オリジナル魔法か七大属性魔法のどちらかしか扱えないという事。


 そしてオリジナルに優秀な魔法は存在しないと言われいて、いても世界で数人、それこそS級の人間と大差ないと言われてる。


 詳しく言えば、オリジナルにはああ言った身体をある程度強化出来るものだったり、軽い物なら遠距離でも扱えたりするものだったりと、強くないものばかりだ。

 なので、この世界では七大属性魔法を扱える人間の方が戦闘力は高いとされている。

 因みにオリジナル魔法は遺伝子は白く光る。


 そしてこのオリジナル魔法は階級とは関連しない。

 階級はあくまでも魔法数と知能で計られるということだ。


 して、オリジナル魔法の強化によって激しく蹴り飛ばされた女子生徒は、地に背を着けたままピクリとも動かなくなってしまった。

 それでも女子生徒は容赦せず、その生徒に死体蹴りを続ける。

 時折、その女子生徒かどこかに視線を向けるのが気になるが。


 そうしてそんな光景を傍から見ていたハルトは無意識にその現場へ足を踏み入れていた。

 やっぱりリアの時のような行動は絶対にしてはいけない。

 幸いにも相手は一人。

 ならばと、ハルトは学年がバレないよう上の制服を剥ぎ、前髪を手でかき上げた。


「ちょっとやり過ぎじゃないか」


「はぁ? なんだお前」


 突然の来訪に眼光を飛ばす女子生徒はハルトの体を下からなぞるように見上げる。

 そんなハルトも、相手が一人だったおかげで、前髪を上げていても流暢に助ける事が出来たし、こうして何とかその視線を受け入れてられている。

 してその視線がハルトの瞳を捉えると、女子生徒は口角を上げて高らかに笑った。

 

「へぇ……もしかしてこのD級生徒の友達か? 」


 女子生徒はそう言って最後に一発蹴りを入れ そしてハルトへと接近していく。


「もしかしたら、ここでコイツを助けてヒーローだ、なんて考えてるかもしれないけど、それは人を選んだ方がいいぞ? ウチはこう見えてもB級なんだ」

  

 この自信満々な態度。

 彼女がオリジナル魔法を扱う生徒だと考えると恐らく知能階級に偏っているB級だと考えられる。  

 となるとやはりあの身体強化が厄介か。


「へぇー、って事は自分では悪い事してるっていう自覚はあるんだ。お前さ、まさかこんな幼稚な事考えてるんじゃないか? こうやって悪事を働いて目立つ自分、めちゃくちゃカッコいいってさ」


「くっ!! 幼稚だと!! お前もコイツのようにしてやろうか!! 」


「いやいや、嫌だよそんなの。痛いの嫌だし俺。だからさ、ここは穏便に済まさないか? 」

  

 挑発をしておきながら、最後は平穏な提案。     

 ハルトもここで無闇に力を使う訳にはいかない。


 しかし、正面に立っている女子生徒はもうやる気満々で、右腕を大きく引いて戦闘態勢に入っている。

 どうやら、穏便には済ませそうにない。


「……やっぱあのまま無視しとけばよかったか……」


「死ねぇぇぇ!! 」


 して、ハルトは突撃してくる女子生徒をゆるりと躱し、彼女の腹部に拳を軽くめり込ませる。


「ぐふぉ!? 」


 拳は綺麗にみぞおちを捉え、女子生徒はそのまま力無く地面に倒れた。

 して、ハルトは直ぐに前髪を下ろし側においてあった制服を手に握って。


「ふぅ……どうするかなこの二人……とりあえず教室に運ぶか」


 今日は合同授業なので、D級の教室にはハルトとカレンしかいない。

 しかも、D級の授業は教師達が諦めているのか大半が自習の時間となっている。


「……誰かに見られない内にさっさと運ぼう……教師に見られては色々と面倒だ」


 ハルトは誰にもバレないように教室へ二人を運ぶ事にした。

 もし教師にバレれれば、色々と追求される事間違いなし。

 まだ力を隠しているハルトにはそれはとても面倒な事だ。

 

「最悪バレたら、嘘でも言って適当に誤魔化してしまおう」


 そんな中でハルトはふと斜め後ろを見つめた。

 その先は先程この加害者が時折チラチラと見つめていた場所。



「……ちょっとしくじったかもな……まぁいいか。取り敢えず今は急ごう」


 問題は山積みだが、ハルトは二人の女子生徒を抱え早急に教室へと歩いていく。


 そして現在は授業が終わるまであと十分といったところ。

 まだ起きる気配のない二人。

 ハルトは三人しかいないこの教室でこの後の対処を考えていた。

 と言うのも、加害者被害者である関係の二人がこの狭い空間で意識が戻った時、その瞬間が心配で気が気じゃないのだ。

 なのだが。


「……うっ、もうちょっと丁寧に横にするべきだったな」

 

 向かいの教壇には無防備に寝ている二人の女の子がいる。

 白くて柔和そうな太ももが露になっており、ハルトは何故頭を黒板側にしてしまったのかと嘆いていた。

 ハルトも健全な男だ。

 他人の前では興味ないと言っても誰も見てない空間であれば、ついつい見てしまう。


 目の前にソレがあるのなら、男子の本能が見ないという行動をとってくれない。

 言うなれば全男子の性と言ってもいいんじゃないだろうか。


「んっ……」


 漸くして一人の女生徒の意識が戻った。

 痛々しい姿で、コシコシと目を擦りながら上半身だけを起こす。

 ここが何処なのかを確認しているのだろう、周りをキョロキョロと見渡しており、その視線は最後にハルトの瞳で止まった。


「えっと……ハルトくん? 」


「は、はい……ハルトです……」


「あれ私なんで……ひっ! 」


 カレンの視線が隣で横たわっている女生徒に向いた瞬間、表情が明らかに歪む。


「助けて!! 」


 教壇から勢いよく抱きつかれていたハルト。

 女の子特有の甘い匂いと柔らかさがハルトの思考を惑わすが、カレンの様子がそれ以上におかしい。。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 顔に包帯が巻いてあるせいで、どんな表情をしているのかわからない。

 だが、カレンの小さい体は異常に大きく震えていて、唯一見える瞳には大粒の涙が溜まっていた。


「お、落ち着いて……」


 カレンを吹き飛ばさないよう、軽い力で引き離そうとするが、既に冷静を失っているカレンの力は力強く、簡単には離れない。

 

「ごめんなさい!! ごめんなさい!!」


 ハルトもこれは想定外。

 カレンの意識が戻る前のあの数十分でハルトも色々と策は練っていたが、これはかなり根の深い問題だったようだ。


 この異常な震えとこの奇声、おそらく今までにも同じような事があったに違いない。

 最悪、ハルトのように毎日行われていた可能性もある。

 

「そっか……俺と一緒なのか……この子」


 何故カレンの顔に包帯が巻かれているのか、ハルトはようやくその理由がわかった。

 いや、同じD級なら包帯姿を見て安易に想像しないといけなかった。

 とりあえず、先ず平静を失っているカレンをどうにかしないといけない。


「落ち着いてカレンさん……も、もう手は出せないから……」


「――っ!? 」 

 

 カレンの頭がハルトの胸元へと寄せられた。

 ハルトのこの行動は決してセクハラなどではない。

 これはカレンの心を落ち着かせようとしての、ハルトなりの最善の策だ。

 

「大丈夫だよ……俺が守ってあげるから……」


 自分の発言が二枚目俳優バリの臭いセリフだと言うことは毛頭自覚済み。

 だけど、これでもカレン落ち着かないのなら、ハルトはアイデンティティクライシス、後に自殺である。


「えっと……ハルトくん? その……は、恥ずかしいな、えへへ」


「……落ち着いた? 」


「う、うん……ありがとう」


 カレンの落ち着いた瞳を見て、ハルトは心から安堵した。

 して、段々と羞恥心がこみ上がってきたハルトは、一言言ってカレンを引き剥がす。

 一方でカレンもハルトと同じ感情なのだろうか、顔色は分からないがクネクネしながら俯いていた。


「えっと……どこか痛い所はないかな……?」


「へっ!? だ、大丈夫だよ!?  ちょっと顔が痛いくらいで!! うん!!」


「そうか、よかった……」


「ハルト君が私を助けてくれたの? どうしてあの子まで気を失ってるの? 」


「いや、俺はたまたま倒れてた二人をここに連れてきただけで、何で二人が気を失ってたのかは分からないんだ」


「そっか……」


「……」

 

「……」


 そうして流れる気まずい沈黙に二人は口を開く事がなかった。

 しばらくして、この沈黙を先に破ったのはカレンの方だった。

 

「……聞かないの? 」


「聞くって何を……」


「なんで私が、その……こんなボロボロになっているのか……とか。もうなんとなく察してる感じだよね? 」 

 

 身ぐるみはボロボロ、そして包帯には赤く染む血痕。

 誰が見てもカレンはいじめられている生徒だと分かる。

 だから、カレンはハルトはもう気付いてしまったのだろうと、そう考えて暴露した。

 でも、ハルトになら、とそんな淡く恥ずかしい感情も実際に芽生えていて。

 

「まぁ、なんとなく……でも、確かに気にはなるけど興味は特にないかな……あまり人の生い立ちに干渉したくないと言うか……俺、人生相談とかそう言うのあんまり得意じゃないんだ」


「得意じゃないっていうのは、ハルトくん自身がこういう話は嫌いだってこと? 」


「そうだね……あとは……それを聞いた所で、俺に気のきいた言葉なんて出てくるのかなって……ほら、その人からしたらそれって覚悟を決めて打ち明けたって事でしょ? だから、その分こっちも言葉を考えないといけない……だから俺は聞かない」


「そっか……ハルト君って優しいんだね」


「えっと……人の話聞いてた……? 俺はそもそも他人とあまり干渉したくないから優しいも優しくないもないんだよ……? 」


 特に、リアの件ではやってはいけない事をした。

 だから今は余計にそれを自覚できる。

 しかし、カレンはハルトの言葉を戯れ言のように聞いて微笑んでいた。


「でも、その発想が出来るのは優しい人だと思うよ。だってそれって自分のせいでその人を悲しませたくないからって事でしょ? 」


「そうなのかな」


「そうだよ。私には分かるよハルトくん」


 そう言ってカレンはまた沈黙してしまう。

 だが、さっきと違って気まずさはない。


 そんな中、向かいのソファーで横になっていたもう一人の女子女徒が、苦しそうに呻き声をあげて目を覚ます。

 そしめハルト達を見ると、床から勢いよく立ち上がり鋭い眼光を向けた。


 カレンは女子生徒の行動にまた恐怖を感じたのか、咄嗟にハルトの腕に指を絡める。


「……誰だよお前。あの男はどこに……」


 女子生徒はそう言って先程の男を探している様子。

 きっと前髪を下ろしたせいで目の前のハルトがさっきの男だと気づいていないだろう。

 これもハルトの思惑通りだ。


「あの男? 俺はただ君とカレンさんが校舎裏で倒れていたから、ここに連れてきたんだよ。でさ、もう単刀直入に聞くけど、君、カレンさんに暴力を振るっているんでしょ? 」


「あ? なんだよその上からの物言いは?  どうしてお前にそんな事を言われないといけないんだ」


「いやそんなつもりはないんだけど……」


「ちっ!! 」


 あの時のハルトがいない事もあってか、女子生徒はかなりイライラとしている。

 だが、その喧嘩腰は気のせい先程よりかは柔らかくなっている気がした。


「……」 


「……なんだよ」


「いや……」


 あれだけ暴力に躊躇いのない性格なら、今すぐにでも殴りかかってきそうなものだが。

 だから、ハルトはこの女子生徒の違和感を感じた。

 

 喧嘩腰になって必死に威圧的な雰囲気を出しているみたいが、ハルトを見る目が明らかに殺気だっていない。

 そしてこういう時は大体、何か裏があるものだ。 


 例えば、そうしないといけなかった、みたいな。


 もしハルトのその考察が当たっているのなら

おそらくこの女子生徒は。



「とりあえずここは穏便に済ませようよ……教室だしさ」


「……わかったよ」


 女子生徒は投げ捨てするようにそれに了承すると、乱雑に腰を下ろす。

 ハルトはそんな光景を前髪の向こうからじっと見つめ、それに気付いた女生徒はまた鋭い視線をハルトに向ける。


「何だよ? 謝ってほしいのか? 」


「……まぁそれは大事かな」


「あ? 違うのか? 」


「いや、違わなくないけど……」


「何だよお前、くそっ! イライラするな!! はっきり言えよ!! どうせ先公にでも言って私を退学にさせるんだろ!! 」


「へ? 」


 予想外だった女子生徒の言葉にハルトは拍子抜けのクエスチョンを漏らしてしまった。

 やはりこの女子生徒からは変な違和感を感じる。


「どうしてそう思うの……? 」


「そりゃあんなことしてたのがバレたらそうなるだろう。お前みたいな良い子ちゃんがチクれば先公は信じる。どうせもう教員に告げ口したんだろ」


「なるほど……」


 ハルトの淡白な返答に女生徒は大きく舌打ち。

 そして視線を他へと移す。

 女子生徒を見てももうこの学園には未練がないように思える。

 

 一方でカレンは女子生徒が目覚めてから一切口を開く事なく、女子生徒を見つめていた。

 ただ、それは恨みや恐怖とは違う、悟ったような瞳だ。


「じゃあさ…退学しちゃう前に聞きたい事があるんだけどいいかな……? 」


 して、女子生徒はハルトから唐突に質問をぶつけられ、しばらく黙ったのちに口を開く。


「……なんだよ」


「勘違いだったら謝るけど、この暴力事件誰かに命令されてるよね……? 」


「な、なんのことだよ……」


「誤魔化さないでよ。今の君を見ていると分かるよ」


「……そんなの知らなねぇ」


「ねぇ……これは貴方だけの問題じゃないんだ……カレンさんの今後にも関わってくるんだ……やるだけやってあとは投げやり放置なんていくらなんでも性悪すぎるとは思わない? 」


「だから、私は何も……」


「命令されてるんだよね」


 二人の会話だった空気に一人の声が横槍を刺した。

 その声の正体はカレンだ。


「な、何言ってんだてめぇ。私を庇おうとしてんのか? 私はお前にあんなひどいことしたんだぞ 」


「私知ってるよ。シーナが変わっちゃった理由」


「は? な、何を言って……」


「この間見ちゃった。その……別の生徒に暴力を振るわれているの」


「っ!! 」


 どうやら本当の事らしい。

 女子生徒の過剰な反応がそう思わせる。


「私のせいだよね……こんなことなっちゃったの。私が……」


「やめろっ!! 」


 女子生徒の放たれた怒号が空気を一変させ、カレンはまたピクッと体を震わした。


 して、女子生徒はこの空気に耐えられなくなったのか、一言、クソっと呟いて教室を出ていってしまった。

 結局、先程の違和感の正体は分からずじまいであった。

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