第8話

 次の日のお昼休み。

 また全身に傷をつけて、目一杯にパンを頬張っり心ここにあらず状態になっているハルト。

 空を見上げて無心になる、果たして何日ぶりの事だろうか。

 そしてパンをもう一口。

 

「せ、先輩これ……」

 

 そんな時、聞いた事のある声が校舎裏に響いた。

 この近くには小さい広場があるので、きっとそこの会話がここまで聞こえているのだろう。

 そしてこの声の正体はリアに違いない。


「これって……リリーの花じゃないか……」


「えっと……はい……キリヤ先輩の為に昨日探したんです……」

 

「って事はリアは俺の事が……」


「は、はい……好き……です……」


 リリーの花を異性に渡すのは告白と同じような意味を持つ。

 昨日の今日で実行に移すなんて、かなり行動力のある女の子だ。

 

(と言うか、一応でも今は俺が恋人なんじゃないのか……まぁ罰ゲームとか言ってたけど、そんな事はもう忘れてるんだろうな……)


「えっと……いきなりでちょっとびっくりして頭が回らなくて」


「ご、ごめんなさい……でもどうしつもキリヤ先輩には私の気持ちを伝えたくて……」

 

「ありがとう……でもさっきも言ったけどまだ頭が回らなくて……そのリアが良ければ今日中まで返事を待ってくれないか? 」


「も、もちろんです……じゃあ今日の放課後にまた答えを聞いてもいいですか? 」


「分かった。精一杯考えるから」


「はい。じゃあまた……」


 リアは頬を赤く、駆け足でその場を去ってしまった。

 キリヤと呼ばれた男はリアの背中が見えなくなると、視線はリアから手に持っているとリリーの花へ移る。


「……ふん。ほんと、いい金づるだな……」


 その言葉をハルトは聞き逃さかった。

 見ればキリヤは気味の悪いニンマリとした笑みを浮かべていた。

 そして、その直後に男女数人の生徒が、事の光景を見ていたのか、タイミングよくキリヤに駆け寄ってきた。


「おーい。告白は終わったのか? 」


「おう。今日はたんまりと金が貯まりそうだぜ」


 レンヤが手に持っているリリーの花を他の生徒達に見せつけた。 

 男女の生徒はリリーの花を見て、燦々と目を輝かせている。


「お!! それってリリーの花じゃないか!! 売れば十万ルリーはくだらないぞ!! 今日は奢れよキリヤ!! 」


「ああ。もちろんだ。だが、まだアイツに返事をしていない。放課後に答えるつもりだ」


「ふーん……で、どうするんの? 」


 一人の女生徒の発言に、キリヤは更に口角を上げて断言する。


「付き合う訳ないだろ。アイツは俺の金づるでしかない。俺はお前が一番だよ」


「キリヤってば……」


 キリヤが頬を赤く染める女子生徒の肩に手を回して頬を撫でる。


「ふーふー。熱いねお二人さん!! にしてもあの子をふるなんて勿体無いよな。めちゃくちゃ可愛いのに。まぁ俺も別にタイプじゃなけどさ……でもヤりたくなるよなぁーああいうタイプって……」


「なら放課後お前もこい。そこで犯せばいいじゃないか」


「良いのか!? 」


「いいさ別に。それにそろそろアイツとも縁を切ろうと思っていた所だ。好きにしたらいい」


「っしゃぁぁ!! 久しぶりの女だぜ!! 」


 男が両手を上げ、歓喜とばかりに声を上げている。

 して、声を上げているのはその男にだけではなく、他の男達もだった。


「にしてもキリヤを追いかけてこの学園に入ってくるなんてな。でも一途なのがまたそそられるよな!! ああ!! 早くヤりてぇ!! 」


「ふん。全く迷惑な話だ。わざわざ俺の為にこの学園まで追いかけてくるとか。ストーカーと変わらんな。本当に気持ち悪い」


 キリヤ達はニヤニヤと笑みを浮かべながらその広場を去っていく。

 そしてそれを立ち聞きしていたハルト。


「男ってマジであういう事しか考えてないのか。情けない……って男の俺が言ってもダメか……」

 

 ハルトは最後の一口を胃にぶちこんでまた腰を落とした。

 思い出すのは健気に汗を流して勤しんでるリアの姿だ。

 そして、不覚にもハルトはリアが意外と健気な事を知ってしまった。

 だからなのか、頭やら胸やら腹やらがモヤモヤとして落ち着かない。


「……いや、俺は付き人だ。お金を貰えないのなら別に助ける義理はない……等価交換……見返りもない上に面倒なのはゴメンだ……」

 

 それにリアはなんやかんやいってA級の生徒、そうやすやすやられるとは思えない。

 色んな思考が脳を巡り、そしてハルトは大きく息を吐く。


「……戻ろ」


 考えている内に、気付けば昼休みがもう少しで終わろうとしている。

 ハルトはのそのそと立ち上がり教室へと足を動かした。


 そして、授業が終わって放課後。

 ハルトは面倒事はゴメンだと考え、ささっと学園を後にし家へと帰ってしまった。

 そしてそれと同じ時間。


 キリヤから近くの森に呼び出されたリア。

 時折視線を周りにむけて、そして俯いては一人足首をクネクネさせて、今か今かとキリヤを待っている。


「あ……」


「ごめん。またしたな」


「い、いえ。こちらの都合なので、むしろ来てくれてありがとうございます」


 リアは深々と頭を下げる。

 今ここにいるのはキリヤとリアだけ。

 そしてリアはキリヤの提案で森の中を歩く事を了承した。

 それからしばらく、夕陽が霞んで見えてきた森中でキリヤは途端に足を止めた。

 その後ろを控えめに歩いていたリアも釣られて足を止める。


「リア……」


「え……」


 キリヤが振り返り唐突にリアの体を抱きしめた。

 リアの心臓は激しく飛び上がり、そしてこの行動を告白オッケーのサインだと悟って受け止めてまった。


 リアの腕がキリヤの背中に回ろうとした時。


「悪いな……」


「ぐぅぁぁ!! 」


 キリヤから放たれた雷魔法がリアの筋肉に走り、そのまま力無く倒れてしまった。

 高圧だったでだろうキリヤの電流はリアの筋肉を硬直させ、今は指一つも動かせない状態に。


「おいお前ら。来てもいいぞ」


 キリヤの一言で木影に隠れていた男達がのそのそとやって来た。

 思考が迷走しているリアは、唯一動かす事の出来た瞳でソイツらを見つめる。

 

「おおお!! 確かにこう言うプレイも悪くない!! 流石はキリヤ!! 」


「もういいのか!? ヤッてもいいのか!? 」


 そしてリアはようやく気付いた。

 信じたくない事実がこの先起こるのだと。

 喋る事もままならない口はパクパクと動かす事しか出来ず、途端に恐怖が一気に押し寄せリアは瞳を小さくする。


「ちょっと待ってくれ。まだ返事をしてないからな」


 キリヤはリアの顔元で腰を下ろしニヤリと笑みを浮かべた。

 分かる、リアにはその表情で何が言いたいのか理解出来てしまう。

 だから、いち早く耳を塞ぎたいのに、腕がしびれていて全く動かせない。

 

 そしてリアの頬には自然と大粒の涙が流れていた。


「俺の答え……」


「あ……あ……うっ……」


「それはノー。誰がお前みたいなストーカーと付き合うかよ。……周りの仲間には自分は可愛いとか言っているようだけど、こうやって俺に無様に振られる気分はどうだ? なんか俺を追いかけてこの学園にやってきたようだが、はっきり言って気持ち悪い。痛いんだよお前」


「ううっ……」


 懸命に体を動かそうとしていたリア。

 だが、キリヤの突き刺さるような言葉を期に、振り絞っていた力を弱めた。

 そっと目を閉じて、ただ悔しさに打ちひしがれ、そしてリアは諦めを悟る。


「言いたい事はそれだけだ。じゃあお前ら。好きなだけヤッてもいいぞ」


「んっし!! じゃあ先ずは俺からな。おおう!! 興奮するぜ!! 」


 男の手によってリアの制服が脱がされて下着姿になってしまったリア。

 大粒の涙を地面に流して、リアは大きな覚悟を決める。


「うっひょー!! 可愛い白下着じゃねぇかぁ!! じゃあ早速――」


 男はリアのパンツを下ろそうと指をかけた、その時。


「ぐぁ!? 」


 真横から飛んで来た拳くらいの石が男のこめかみに直撃。

 男は緑の草地に血を流しながら、静かに意識を失った。


 周りにいた連中はそれが飛んで来た方へと視線を向けると、そこに付き人姿をしたハルトがその男達を睨んでいた。


「ま、間に合った……」


 リアの白肌が大きく露出しているので、ハルトも確信は持てないが、ある意味ナイスタイミングの登場である。


「な、何だお前!! 」


「ん? 俺か? 俺はそうだな……ただの付き人? 」

 

「付き人だぁ? 何言ってるのか分からないが、関係ねぇなら俺達の邪魔をするんじゃねぇ!! 」


 キリヤが大きく声を上げる。

 だが、ハルトの視線は血筋を浮かべているキリヤではなく、力無く倒れているリアだ。

 声も出せぬまま静かに大泣くリアである。

  

 ハルトは叫ぶキリヤ達の横を無視して通り過ぎ、手に持っていた自分の制服をそっとリアの体に被せた。

 

「悪いなリアさん……色々あって遅れてしまった」


「ううっ……」


 ハルトがリアの頬に触れると安心したのか、また頬には大粒の涙が何個も伝う。

 そしてリアは精一杯に首を横に振った。

 

 ハルトの言う通りもう少し早くここに来れていれば、ここまで心に深い傷を負う事はなかったかもしれない。

 だが、学園でのハルトでリアを助ける訳にはいかなかった。

 それにリアも一人の女の子だが、何より大切なのは妹達との生活だ。

 普通なら決して天秤にかけてはいけない葛藤が放課後まで続き、そして気づけばハルトの足は自分の家まで進んでしまっていた。

 そしてユキハ達に相談してみま結果、無事激怒されたのだ。

 そんなものは当たり前なのに。


「待っててくれ……直ぐに終わらせる」


 ハルトは男達に視線を向け、その高圧なオーラだけでキリヤ達を威嚇する。

 A級のキリヤでさえ、無意識に後ずさりしてしまうほどの威圧感。

 このオーラは言えばあのS級と呼ばれるものに近い。

 キリヤ達もそれを肌で感じて怯えだす。

  

 そしてハルトもまた、相手が複数人にとあって少し表情が強張っていた。

 だだ、そのオーラがハルトから出てる緊張を悟らせない。


「お、おい……あれヤバイぞ……ど、どうすんだよキリヤ!! こんなのきいてねぇぞ!! 」


「くっ!! 」


 そしてここからキリヤがとった作戦はただ精一杯に足を回して逃げる事だった。

 キリヤは悟ったのだ、この男には、ハルトには絶対に勝てないと。


「……ちっ」


 本当なら今すぐにでも追いかけて全員を思いっきりぶん殴ってやりたいところだが、こんな状態のリアを放ってはおけない。

 だだ、ハルトの強張っていた表情はもうすっかり治っていた。


「ううっ……付き人さんっ……私っ……私っ……ううっ……」


 まだ体は動かせないようだが、声は少し発せるようになっていた。

 リアは悔しそうな笑みを浮かべてまた涙を流している。


「リアさん……」

 

 あの健気なリアの顔がハルトの脳内に現れる。

 そのせいか、怒りがふつふつと湧き上がってくる。


「とりあえず体が動くようになるまでは一緒にいよう」


「あ、ありがとうございますっ……うっ……ううっ……」


 ハルトがリアの隣に座って数分後、リアは自分で着衣できるくらいには動けるようになった。

 だが、その間もリアは泣き続けいて、結局会話という会話は出来なかった。

 心の傷は大きいだろうがこれも時間が解決する事を待つしかない


「その、助けてくれてありがとうございました……」


 街の門についていきなりリアが頭を下げた。

 泣き過ぎて真っ赤に垂れた瞳を向けて、リアは律儀にお礼を言う。

 少し、彼女に対して印象というのものが変わった。


「一人で家に帰れるか? なんなら送っていくけど」 


「い、いえ……そこまで気を使ってくれなくてもいいです……あと、出来れば昨日のあの発言は忘れてください……恥ずかしいので……」  


 昨日の発言とは恐らく自分が可愛いとか、キリヤとお似合いとか、他に負ける気がしないといったものだろう。


「はぁ……なんかもうどうでも良くなっちゃいました……でも、おかけで今までの自分は本当に高飛車だったんだなって事に気が付きました……変に自惚れて自意識過剰で。自信満々に振る舞っていた自分の行動があんな風に思われているとも知らずに……ほんと後悔と恥ずかしさでいっぱいです……これも自由奔放に生きてきた今までの報いなんでしょうか……」


 やはりリアはキリヤに言われた事を引きずっているらしい。

 もうこれまでのギャルっぽいリアはどこにもいなくなっていた。

 

「なら、また今から生き直せばいいじゃないか」


「え? 」

 

「俺はリアさんが今までどんな生き方をしていたのかは分からないよ。でもリアさんはその報いを今受けた。だったらまたここから始めてもいいって事なんじゃない? 見た感じリアさんは初めてこういう心が折れるようなを経験したように思う。でも逆に言えばこんな事がなかったら、リアさんはこれからもずっとそんな恥ずかしい思える自分で生きていく事になっていたかもしれない。だからそう言う意味では今回の事は、いい経験になったんじゃないかって思う……まぁ荒くれの付き人をやってる俺に言われてもウザいだけかもしれないけど……あはは」

   

 そう言って軽く笑うハルトとは違い、リアはその発言を真摯に受け止めていた。


「……やっぱり私ってまだまだ子供なんですよね。そう言う考えは一切脳裏によぎりませんでした。でもおかげでこれからを生きる活力はもらえた気がします。やっぱり付き人さんは良い人ですね」

 

 リアの柔和な笑顔がようやくハルトのザワザワした心を落ち着かせる。

 そして、今までで一番可愛いく見えたその笑顔にハルトはポンと腕をリアの頭に乗せた。


「あと言っておくけど、リアさんは十分に可愛い。それは見た目だけじゃなくて中身を合わせて。だからそこは胸を張って誇っていいと思う」


 ハルトの優しい口調も言葉にリアの頬がポッと赤くなる。

 そして、リアここでまたまっとうに生きていく事を誓った。


「じゃあ付き人さん私はもう帰ります。これからも付き人には依頼すると思うのでその時はまたよろしくです!! 」


「ああ。もちろんその時はちゃんとお金を忘れずにな」


 ハルトの発言にリアはあははと笑ってそのまま家の方へと走っていった。


「今度こそ……大人の恋愛をするから……」

 

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