第6話
今日は奇跡的に気を失わないで済んだそんな朝。
ハルトは窓際の席で外の風景を傍観しているが、まだ少なくない生徒達が登校してきている。
そんな生徒の群れの中に、昨日恋人と言う名目だけで付き合いを申し出てきたあの後輩、リアが数人の友達を連れて登校していた。
昨日は混乱のあまりよく見ていなかったが、肌の色白さや顔の作り、雰囲気などが他の友達よりも少し抜きん出ている。
通りで男のイヤらしい視線がリアに向いている訳だ。
「あれ、一応でも俺の恋人なんだよな……実感は人生で一番皆無だけど」
もしリアが本当の恋人なら、シスコンハルトでもアイツらを目潰ししているのだろうか。
まぁあの視線の中心がユキハ達なら間違いなく心臓を狩っている。
「お、おい!! あれをみろ!! 」
「何だようっさいな……ってええええ!! あ、あれって学生アイドルのサクラじゃないかよ!! 」
教室の生徒達が窓の向こうを見て絶叫している。
その男の発言を皮切りに男連中は一気に窓へと体を走らせた。
おかげで男特有のオーラに当てられて暑苦しい。
「……サクラ……サクラ? サクラだと……」
まさかと思ったハルトは、念の為に確認しておこうと視線を向けたのだが。
「……昨日のアイドルさんだ」
観衆の視線を集めている一人の女の子の正体は昨日の依頼主であったサクラだ。
ハルトもまさかの奇遇に目を疑う。
(黒の制服……後輩なのか)
「まさか今年の一年に人気配信者がいるとは……俺、あの子とお近づきになりたい!! 」
「C級のお前じゃ生きてる世界が違うだろ。現実を見ろ。俺があの子の隣に相応しい」
「な!? ばっか!! お前だってB級だろ!! 」
「いや……アレは俺のものだ」
二人の会話に入ったのは赤髪が目立つA級学生、レンである。
校内で華やかに登校するサクラを見て、レンはニヤニヤとしながら口を開いた。
「ちぇー。いいよなA級は。A級って響きだけでモテる気がするぜ」
「だよなー。んーでも、いいのかよレン? お前リーネの事好きなんじゃないのかよ? 」
「別に好きな人は一人しかダメなんて決まりはないだろ? それに俺は欲しいものは全て手に入れないと気がすまない質なんだ」
「A級ならではの欲だなぁ。まぁA級ならそれも認可される気がするわ。それに顔もイケイケだしな」
「だろ? 俺にはその権利がある」
そう言ってケタケタと笑っている内にサクラは既に姿を消していた。
因みに今日もリーネは姿を見せていない。
昨日は寝れば治るとかなんとか言っていたが。
そんな感じで午前中の授業が終わり、昼休み。
今日は絶対に邪魔されまいと心に誓ってパンを片手に校舎裏へ。
しかし、今回は校舎裏に行くまでも無かった。
「あのサクラさん!! あ、握手を!! 」
「あ、えっと……プライベートではそう言うの断ってて」
「じゃあサインだけでも!! 」
「ご、ごめんなさい……」
校舎裏へ向かう途中の中庭にはサクラを中心に、かなりの数の生徒が群がっていた。
そして律儀にもサクラは困り眉毛でずっと頭を下げて対応している。
それだけ人気の配信者と言う事なんだろうが、あの様子は完全に意気消沈している。
というかあれでは、校舎裏への最短ルートへ足が踏み入れられない。
「はぁ……俺は今付き人じゃないし。それに金がかかっていないから助ける義理なんて俺には全くない」
ハルトは遠回りしようと踵返す。
しかし、この行動が今日の最大の汚点であった。
「あの!! ま、待ちましたか!! 」
小さな衝撃と共にハルトの腕が柔らかい感触に包まれた。
「……え、えっと……」
「も、もう!! 一体何処に行ってたんですか先輩!! お、おかげで私とても大変だったんですから!! 」
「待って……なんでよりによって俺なの……」
小声で反論するハルト。
ハルトと今の状況を見れば、サクラが何をしたいのかは分かる。
きっとハルトを使ってここから出し抜けを狙っているのだろう。
なのでハルトの懐疑は、何をしたいか、ではなく、何故選ばれたのが自分なのかに、なる。
「私を見て嫌な表情を浮かべたからですよ……!!」
「なにそれ……って言うか君だって俺の顔を見て直ぐに嫌な顔したでしょ……」
ハルトは決して見逃していない。
遠目で視線があったサクラ齒ハルトを見るなり、げっ、と歪んだ表情を浮かべていた事を。
当たり障りが無く、雰囲気のおおらかなサクラでもハルトのような人物を見るとこうなってしまうらしい。
もうこの世界にはハルトを一般人と認識する人はいないのではないだろうか。
「だってお互い嫌嫌な関係だったら、逆に安心できるかなって……ほら? だって嫌い者同士ですし? 先輩も嫌いな私なんかには何の興味もないですよね? 」
「もう認めちゃったね……」
サクラもハルトを傷付けようとしている訳ではない。
ただ、素直と言うか、ピュアと言うか、天然と言うか。
「とりあえず今は話を合わせてください……!!」
「君さ……俺がこの学園でどんな扱い受けてるのか分かってるかな……このまま事が上手く流れれば、俺の人生も一緒に流される事になるんだよ……」
「? 先輩ってもう人生終わってるような感じがしましたけど……?」
この発言も決して悪気があった訳じゃない。
それは目の前で優しい視線を向けられているハルトが一番分っている。
分かってはいるが。
「くっ……ほんと天然は嫌いだ……」
と、思っている所で殺気のある複数の視線がハルトに突き刺さる。
「おい貴様!! お前なんでサクラちゃんとそんな仲良くなってんだよああ!? D級の癖に調子にのんじゃねぇぞ!! 」
「サクラちゃん!! ソイツは学園でも五人しかいないD級学生だよ!! 近付いたらサクラちゃんにも無能が伝染しちゃうよ!! こっちにきて僕達と話そうよ!! 」
「い、いえ!! 私はこれから先輩と用があるので!! 」
柔らかい感触が更にハルトの腕に食い込む。
この子、見た目以上にお胸の方が発達しているようだ。
「ま、まさかデキてるとかじゃないよな!? 」
「それは絶対にありません!! アイドル人生に誓って断言します!!」
サクラの勢いは少なくとも他の生徒を納得させるのには十分だった。
だが、まだ疑い深い者もいる。
「じゃ、じゃあなんで腕なんか組んでるんだよ!! 」
「あ、ああ……これは……そう!! これは私なりのスキンシップなんです!! アイドル界隈では基本的な挨拶なんですよ!? 」
(そんな嘘で納得するわけ――)
「そうなのか……まぁサクラちゃんが言うんだし確かだね!!」
(信じるんかい!! )
と、心でツッコミハルトだが、この場はまだ収束しそうになかった。
「じゃあ俺にもやってくれよ!! ほら!? その豊満な胸を俺の腕に!! 」
「え、えっと……これは一日一回と言うアイドル界隈のお決まりがありまして……」
「じゃあサクラちゃんはその大事な一回をその男に渡してしまったってこと? やっぱりそれって……」
「いや!? 違いますよ!? ほら食事でもそうですけど先に嫌いな物を食べた方が、その先幸せじゃないですか!? やっぱり好きな人は一番最後がいいかなと!? ほら!? ハッピーエンド万歳!? 」
少なくともこのままだとハルトのシナリオはバットエンド一直線ではないだろうか。
しかもほんとにサクラの言葉は容赦ない。
「な、なるほど!! だったら俺が一番最後って事で!! 」
「馬鹿ですか!! 僕が一番最後に決まってるじゃないですか!! サクラちゃんは僕のものです!! 」
「ふざけんな!! サクラは俺のものだ!! 」
「僕のです!! 」
いつしか状況は最後に腕を組まれる奴は誰かで争っていた。
これを見て本当に男って単純なんだなぁ、と心底納得するハルトだった。
「い、今です!! 逃げましょう!! 」
「え!! 俺も!? 」
「先輩無能なんですよね!? ここにいたら殺されますよ!! 」
「ああ……もう……はいはい……」
何回とハルトは思う。
天然な悪口だからこそ、腹が煮えくりかえそうなほどムカつくと。
そしてサクラに連れていかれるがままに着いた場所はハルトのベストポジションである校舎裏。
ハルトは息も切らさずに突っ立っているが、サクラの方は膝に手をつけてゼーハー言っている。
「もしかしてこの校舎裏って呪われてんのかな……」
「はぁ……はぁ……へえ? 何か言いましたか? 」
「いや何でもないよ……」
そう言ってハルトは購買で買ったいつものパンを頬張って腰を落とした。
そして、その向いで平静で汗一つ垂らさないハルトを見て、サクラは静かに口を開けていた。
「えっと……先輩は疲れてないんですか? 」
「うん? いや別に――……いや、めっちゃ疲れてるよ。前髪で見えてないだろうけど、目はかなり血走ってる」
「そ、そうですか……」
危ない危ないと、内心焦るハルト。
実際は全く疲れていないが、ここは演技をしておかないと疑われてしまう。
まだ、ハルトはD級でいないといけない。
あと少しまでは。
「はぁ……そのご迷惑かけました……おかけで助かりました。私今日が初めての登校でして……やっぱり無謀でしたかね……」
息が整ったサクラはハルトに向けて軽く頭を下げてそう言う。
「俺、本当に何もしてないんだけど……全部自分で撒いて、全部自分で解決してたし……まぁ人気アイドルらしいし仕方ないかもしれないけど」
「そ、そうでしょうか……それでも先輩がいないと出来ない事だったので」
「そう……じゃあ後は大丈夫?」
「はい。では私はこのまま忍んで教室に帰ります……ではまたどこかでアンデット先輩」
「うん、じゃあ……うん?」
何故、初めて登校してきた後輩がアンデット先輩の事を知っているのか。
コレが女のネットワークの早さというものなのだろうか。
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