第5話

「兄さん。お仕事いってらっしゃい」


「お兄ちゃん!! 粉骨砕身頑張って、私達の為にその身を削るのだ!! ルナはお兄ちゃんの無事をいつも祈っているぞ!! 」


 ユキハは笑顔で首を傾げ、ルナはハルトに向けてニッコリピース。

 

「ううっ……妹達の癒しが俺の傷心に刷り込まれる……今日もお兄ちゃんは妹達の為に頑張ってくるぞ!! 」


 歓喜の涙を頬に滑らせながら、ハルトは職場へと足を向けたのだった。


 今日の依頼内容は隣街に行きたいと言う女性の護衛。

 この街の周辺、上から三百六十度を見渡せばここが森に囲まれている事が分かる。

 もちろんその森にも生態系と言うものは働いていて、大小、肉草問わずのモンスターが蔓延っている。

 なので、ここは他の街よりも警備は厚く、常に入門には警備が配置されている。

 つまり、この街を出る場合には必ずその森を突っ切らないといけない。


 そしてその為にハルトのような付き人が必要になってくる。

 このような理由で依頼してくる者も少なくないのだ。

 

 今回街合わせは街の入り口付近。

 まだ人通りもある群衆の中でハルトはただその依頼主の到着を待つ。


「どれどれ……」


 情報によれば身長は百五十七センチで、肌色髪のセミロングに赤色の瞳をしている女の子らしい。

 実物の写真が無いので断定できる訳ではないが、比較的特徴のある人物ではあるだろう。

 この群衆の中でも一目見れば分かる気がする。


 まぁ向こうにもハルトの服装は伝えてあるだろうし、あまり気にする事は。


「あの……」


 群衆の中に目立つ肌色髪の女の子がよそよそとこちらへやって来た。

 見れば黒いサングラスと白いマスクをしていて完全防備のご様子。

 

 なので赤色の瞳なのかどうかは判断出来ない。

 だけど、話しかけてきたところ踏まえればこの女の子が今回の依頼主で間違いないだろう。


「えっと……サクラさん? であってますか? 」


「は、はい。そのサクラです……今回は宜しくお願いします……」


 声は小さいが辛うじて耳には入ってくる。

 このザワザワする群衆の中でもはっきりと聞こえて来るのは恐らく、この女の子の声がクールで透き通っているからだろう。

 直接鼓膜に伝えられてくる感じだ。


「こちらこそ。では早速ですが」


「はい」


 ハルトはサクラの横に付き、二人で街へと向かい始める。

 門を出て、森へと入り、目に見えるモンスターは視線だけで威嚇し。

 その間もハルト達には会話なんて言う暇つぶしは行われず、ただ無言で森の中を突っ切っていく。

 

 そのまま何事もなく進めばいいのにな、なんて考えてしまったのが原因だったのか。

 森の脇から、黒いスーツを着衣している大柄な男が三人が姿を現した。

 ハルトは悲鳴を漏らしたサクラの前に立ち、男達を見据える。


「貴方がサクラ様を誘拐したこそドロでしょうか? 」


(また藪から棒の疑いだな……あーあ、嫌な予感がする……)


 学園で毎日殺伐な空気を吸っているハルトだから、こう言うセンサーは不覚にもカンストしてしまっている。


「こそドロ? 何を勘違いしているのか分からないが俺はただの付き人だ。それにこの子は様とか言う人じゃない。人違いじゃないのか? 」


「なるほど。あくまでもしらばっくれるおつもりだと。誘拐犯と言う輩は一言目にはそのような虚言を仰られます。口頭だけの説得等、無意味な時間に等しい」


 男達の大木のように太い腕が戦闘モードに入った。

 後ろを見れば何も発さずにハルトの背中を掴んでいるサクラがいる。

 と言うか、もうこの女の子がこそドロなんじゃないのだろうか?

 サングラスにマスクとか、顔を見られないようにしている。


「に、逃げてください……私を連れて」


「何? もしかしてこの人達と知り合い? 」

 

 一方的にお願いしておいてハルトの問いには無言を貫く。

 そんな違和感のある会話を我慢し、そしてハルトはふと感づく。

 この女の子は本当にサクラさんなのではないのかと。 


 じゃあそのサクラが一体何をしたのか、ハルトには分かりようがないが今はこんな状況だ。

 となれば、この男達は……


「なるほど……よし」


 思考があるところで終着すると、ハルトは咄嗟にサクラの腕を掴んで人生二回目のお姫様抱っこ。

 ナルシストと間違えられても仕方ない行動に、サングラス越しからでも驚いているのが分かる。


「えっと……連れていってくれるんですか……?」


「ああ。今は俺、サクラさんの付き人だからな。それにここで放置したらお金貰えないだろ。引き受けたからには必ずお金は撤収するし、お金の為なら是が非でもサクラさんを守る」


 お金の為というより妹達の為だが、その発言は下手したら世界の秩序を乱しかねない。

 なにせ、その発言は捉える側がどう思うかだから。


「全く……昨日今日と修羅場が多いな……まぁいつもの事か」

  

 学園でのハルトの扱いを思いだせば、こんな修羅場なんてそう恐いものではない。

 フラッシュバックする苦い経験を振り捨て、ハルトはしっかりとサクラを抱えた。


「じゃあなストーカーさん。今日は見逃すけど、あまり女の子はビビらせるんじゃないぞ。ただでさえ外見が恐いんだから」  


「な、何言って――」


「じゃあな」 

 

 その瞬間、ハルトは泥地面を目一杯に蹴って男達の間を光速の速さで通過した。  

 男達は一瞬でいなくなったハルトを追いかけが時すでに遅し。

 そしてハルトはそのまま街の方へと光速で走っていくのであった。


「っしょ……ふぅ……着きましたよ。ここで間違いないですよね? 」


 ハルトは抱えていたサクラを足から降ろして確認を取る。

 サクラは街を見てからコクッとクビを縦に振った。


「なら、依頼は完了って事でオッケーですか? 」


「は、はい……」


 依頼者の了解が得られ、後はお金を貰って妹達の待つ家へと帰るだけ。

 なのだが、サクラが一向にお金をくれる素振りを見せない

 と言うか、何をモジモジしているのだろうか。

 表情が見えないので良くわからない。


「うんうん……やっぱりダメですよね……折角助けてくれたのに、この姿でお礼なんて……よし」


 マスク越しで何かを言い終えると、サクラは徐にマスクとサングラスを取り外した。

 赤色の瞳、白い肌、とても美少女だ

 リーネの大人の美とは違う、万人受けしそうな可愛いさがサクラから滲み出ていた。


「と、言う訳なんです……」


「……へ? 」


 何とも間抜けな声が漏れてしまったが、これは荒唐無稽な事を言ったサクラが悪いだろう。

 果たして伏線のある会話なんてしただろうか。

 サクラも思っていなかった反応なのか目を丸くして驚いている。

 

「えっと……私を知らないですか? 良く映像とかに出てるんですけど……」


(映像に出てる……もしかしてこの子、アイドルかなんかなのか?)


 あまりにも美少女だし、その発言と容姿にギャップとは感じない。


「ご、ごめんなさい……俺、アイドルと映像とかあまり見てなくてですね……だから、有名人とかそう言うのには滅法疎くて」


「そ、そうなんですか……」


 少し腑抜けた表情で俯いたサクラ。 

 しかし、僅か数秒で今度は焦燥感にかられている。


「はぁ!? 私の今の発言、何か調子に乗ってるように聞こえますよね!? 私を知らないとか遅れてる、みたいなニュアンスに捉えられましたよね!? 」

  

 一歩二歩と歩み、サクラはゆらゆらとした瞳で上目遣い。

 これは妹一番のハルトも少し心が踊ってしまう。


「い、いや……そんな事はないかな……? うん。思ってない思ってない」


「勘違いしないでください!! 私はそれなりに周知のあるアイドルではありますが、調子に乗ってるとか、天狗になってるとか、決してそんな事はないんで!! 」


「う、うん……だから分かったって――」


「私のもっとうは初心忘れるべからずなので!! アイドル歴七年のベテランですが、心は始めて一日目と同じくらい初々しいので!! 」


「オッケーオッケー……君の言いたい事はよーく分かった。だから――」


「私、貴方には勘違いしてほしくないんです!! 貴方は己の身も犠牲にして私を助けてくれた恩人なんです!! だから――」


「一回ちょっと黙ろうか!? 」


 さっきまではどこにでもいるような静かで初な女の子だったはず。


(……二重人格かな?……いや、その懐疑は俺が一番考えちゃいけない奴だな)

  

「――ん? ちょっと待って……何か心がざわつく発言があったような……え!? ちょっと待って!? 己の身を犠牲してって何!? 俺これから何かあるの!? 」

  

 ハルトの発言は全くもって本気なのだが、目の前の美少女サクラはキョトンとして指を顎に添えている。

 

「へ? だってこの後貴方はあの男達からキツいお仕置き受ける事になりますよね? 」

 

「俺の人生設計にそんなイベントは予定されていないんだけど!? と言うか何者なのその人達!? もしかしてそう言う性癖でしか欲が満たされないちょっと歪んだ人達なの!? なんで貴方はそんな人と知り合いなの!? 」


「え? あれはいつも私を護衛してくれているSPですけど? 」


 ハルトは恐らく人生で初めて本当の恐怖を覚えている。


「くっ……サクラさん……俺はアンタみたいな天然が一番苦手だ……」

 

 結局ハルトはサクラの予言にビビりまくり、お金も貰わないまま家へと帰ってしまった。

 そして歳甲斐もなく妹達に膝枕をしてもらい、ハルトはビクビクと震えるハートを落ち着けるのだった

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