第4話

 次の日の朝。 


「おいおい。全身ずぶ濡れでどうしたんだいハルトくん? 」


「どうしたって……教室の扉を開けたらいきなり水が……」


「そうか、そうか。だったら早く乾かさないと風邪引いちまうな? 俺が乾かしてやるよ」


「ぐあぁ……」

 

 と言った具合に、ハルトが教室に入るやいなやいつものように水属性魔法をくらい、そして全身濡れたままで雷魔法を受けて感電し気を失ってしまった。  

 何故あのクラスメイト達は気を失ったハルトを見てヘラヘラと笑えるのか。

 いじめっ子の心理は良く分からない。 


 ともかく、ハルトは昼休みになってようやく保健室で目が覚めた。


 先生がハルトを保健室へと運んでくれたようだが、どうやら倒れた理由を体調不良と聞かされているらしい。

 実際はまったく異なるが、ハルトも、そうだ、と言って誤魔化した。


 正直に話せばレン達は何かしら処分を受ける事になるだろうが、そうなれば今度はマジで殺されかねない。

 ハルトも今死ぬ訳にはいかないし、何より妹達を置いてあの世へ行くのは絶対避けたい。


 さて、今はお昼休み。

 ハルトはまだ痺れの残る体を起こし隔離する為のカーテンを引く。

 そしていつもの昼食場へ向かおうとしたのだが。


「ううっ……頭から離れない……アイツのあの顔がずっと眩にひっついてるわ……ううっ……きっと私は病気なのよ……少し寝れば治るはず……」


「……」


 隔離カーテンも閉めずにモジモジとベッドの上で蠢いている一人の女子生徒。

 息苦しそうな声を漏らしているが、しっかりと言葉は話せているし、見るにはあまり問題はないようだが。


「ううっ……げっ……」


 リーネが寝返りをした際に視線があってしまった。

 昨日の昼時に会った時と全く同じ反応だが、強いて違う所を上げるなら、表情が死にかけている。

 昨日今日で頬が急激に痩せこけており、目の周りには真っ黒なくま。

 折角の美少女が無惨な変貌を遂げていた。


「だ、大丈夫ですか……」


 声を下げて昨日の付き人がハルトではないと悟らせる。  

 因みにハルトは妹達といる時、学園にいるとき、そして付き人の時とで人格が違う。


 学園では今のようになよなよしているし、家では妹大好きで気持ち悪いし、付き人の時はびっくりするくらいクール。

 しかも前髪を上げるととんでもないイケメンに変わり果てるのだから、たちが悪い。

 さらにはハルト自身か自分の顔の良さに気づいていないときてる。

 なんとも残念な人間である。


 して、リーネは一目ハルトを見ると、また背をむけて唸り始めた。


「アンタの胡散顔を見てるほうが落ち着くなんて……やっぱり病気なんだわ私……」


 言っている事は辛うじて悪口ではないが、遠回しにはとても失礼な事を言っている。


「病気なら家に帰ったほうがいいんじゃ……」


「……家にいるとね、症状が余計に悪化するのよ……ベッドに入った時なんて最悪……だって私のベッドって柔らかいんだもの……」


「意味が分からない……」


 これは本当に病気なんじゃないかと疑い始めるハルト。

 因みにリーネは、家の柔らかいベッドに包まれる感覚が、昨日のお姫様抱っこにとてもよく似ていると言いたいらしい。

 

「えっと……今からでも早退しますか? やっぱり家で寝たほうが……」


「……無理よ。だって私の体はもう動かないもの……」


 確かに体はぐったりしているし、かなり説得力のある口調もしている。


「そ、それってかなり重傷なんじゃ……俺が先生に言ってきましょうか? 」


「……いい。少し寝ればこの病気も完治する予定だから……それに私のようなS級学生がこんな醜い状態になってるなんて先生に知られたらきっと一大事になるわ……」


「……だったらここにいるのは余計にマズイんじゃ……」


「……そうよ。マズイのよ……もう色々とマズイのよ私……はぁ、それもこれも全部――」


 と言った途端に、リーネの脳内にはまたハルトのあの顔が何個も複写される。

 そしてまた顔をタコのように真っ赤にし、ベッドの上でクネクネと踊る。


「くぅぅっ!! またアイツの顔が!! もう何なのよ!! アンタはいつまで私の頭に住み着いているのよ!! 」


「ちょリーネさん!? お、俺でよければ家まで送りますよ!! 」


「うるさいわねっ!? と言うかね!! どうやって私を家まで運ぶつもよ!! いい!? 私の体はね!? 貴方のような非力男に任せられるようなどうでもいい体じゃないの!! もし途中で私を傷付ける事があったら貴方の人生はもう終わりよ!? 」


「……まぁ、リーネさんがいいんだったらだっこでもおんぶでもしますけど……最悪俺が身代わりになれますし……」


「お姫様だっこ!? あああ……うううっ……もう勘弁してよぉ……」


「そんな事言ってないんだけど……な、何なんだこの人は……」


 情緒不安定と言う言葉はきっとこういう人の事を言うのだろう、とハルトは心の底から思っている。


「貴方の心遣いには感謝してあげるけど、私は大丈夫だからもうどっかいって……」


 布団を頭から被り、完全遮断モードに入ったリーネ。

 なのでハルトは言われた通りに実行する為、リーネを横目に静かに保健室を出た。


 そして途中の購買で百ルリーのパンを一つ買ってそのままいつもの校舎裏へ。

  

「はぁ……あのお金どうしようかな」


 昨日、リーネが置いていった十九万ルリーの事だ。

 ユキハとルナは目を輝かせて喜んでいたが、やはり返さないといけないと言うのがハルトの本音。

 だが、そのお金を返すにはまたリーネがハルトに付き人依頼をしないといけない。

 

「学園で返す訳にはいかないしな……」

  

 そんな事をすれば昨日の付き人がハルトだとバレてしまう。


「もぐもぐ……」


「うわっ……何かとんでもない哀愁を放っている人がいるんですけど……何ですか死骸を啄むネクロマンサーですか……」


 昨日と同じく、またハルトの貴重な一人の時間を一人のとんでもない美少女が邪魔してきた。

 黒髪ウェーブの綺麗な毛先が腰まで伸びており、黄色の瞳がとても特徴的な女の子。

 出ている所はそこそこだがへっこむ所は綺麗にへこんでいる。


「えっと……何か用かな……」 


「うわっ……何かヴァンパイアのような目してるんですけど……もしかして地獄より蘇ったアンデッドですか……」


 なんて言いながら、ハルトの隣に腰を落とすのは一体どういった趣向なのだろうか。

 それに、女の子の匂いがフローラル過ぎて、口に含んでるパンがお花の味になっている。


「はぁ……なんで私が……」


「うん? 」


「……ねぇ先輩」


 先輩……よく見たらこの女子生徒はハルトの一つ下の後輩だ。

 制服の色が黒だから間違いない。

 因みに、二年のハルトはグレーで、三年は白色だ。


「先輩って彼女とかいます? まぁいないですよね……だって先輩ヴァンパイアアンデッドですもんね」


「……別に繋げればいいってもんじゃないよ? しかもそれ詭弁だし……」

  

 ハルトの一言に嫌な顔を惜しげもなく披露するこの子は一体何がしたいのだろう。

 

「私、リア・エリシアって言うんですけど、先輩。私と付き合いたいですか? 」

 

「うんと……何でそれを初対面の俺に聞くのかな……俺ってそんなにチョロく見えるの……」


「いいですから。と言うか先輩。これから私と一ヶ月だけ恋人になってください。もうハッキリ言いますけどこれ罰ゲームなんです。五百ミリリットル入りの水を飲んでピッタリ半分にしたほうが勝ちってゲームをしてたんですけど、私、二百四十五ミリリットルしか残せなくて負けてしまったんです。それの罰ゲームでいつも昼の校舎裏にいるヴァンパイアアンデッドと一ヶ月恋人になれと言われたんですよ」


「う、うん……まぁ素直なのはとても良いんだけど、君の友達凄いね……まさか二百四十五ミリリットルで負けるなんて……」 

 

 最近の女の子の中ではそんなゲームが流行っているのだろうか。

 と言うかもしかして巷ではハルトはヴァンパイアアンデッドと呼ばれいるだろうか 


「げっ……いちいち反応してくるとか……もしかして友達の事狙ってます? お願いなんで私の友達には手を出さないでくださいね……ネクロマンサー先輩」


「出さないよ……ってネクロマンサー先輩って……そしたら君もネクロマンサーって事になっちゃうけど……」


「うわっ……そんな事言って私の事本気で落とそうとしてます? 勘違いも甚だしいですね……私何があっても絶対先輩には靡きませんから……諦めてください」


「ヒドイ言われようだ……」


 リアはリーネとは違う感に触るような毒舌の持ち主だと言うことは分かった。


「とりあえず先輩。今日から宜しくお願いしますね。と言っても一緒に仲良く登校とか、ラブラブして下校とか、イチャイチャお昼タイムとかはありませんから。と言うかありえません。私と先輩では住む世界が違いますから」


「まぁヴァンパイアアンデッドだもんね俺……」


 この子の中でハルトは地獄にでも住んでいる設定なのだろうか。


「それもそうですけど、私、A級なんで。先輩ってD級ですよね? 」


「あ、ああ……」


ハルトがそう答えるとまたまた隠す事なく肩を落とす。


「はぁ……A級の私とD級のアンデッド先輩が恋人同士……ねぇ先輩。絶対周りに言い触らさないでくださいね。まぁでも先輩ってスケルトンみたいですし、絶対友達がいないタイプだとは思いますが、もし言ったらその舌を引き切ってから丸めて喉に突っ込みますから」


「あの……俺の意思は……」


「じゃあ先輩。今日から宜しくお願いします。そしてもう会うことは無いのでさようならです」

 

 後輩の女の子、リアは嫌そうな顔を浮かべて去っていってしまった。

 何か音を立てない嵐ような女の子だった。

 そして人生初の恋人がこのような形で成立してしまった事にハルトは深いショックに落ちる。

 

「俺の隣にはユキハかルナに居て欲しかった……それなのに何であんな後輩に……ちくしょ……」


 こうして二日連続でハルトは一人の時間を闇に染められてしまったのだった。

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