第3話

 森に入って数分でハルトの身長くらいまで木枝が集まっていた。

 リーネはどっか遠い場所で除け払いの為に、モンスター討伐をしているのだろうか。

 先程からエグい衝撃が地面に走っている。


「にしても、一体どれだけ集めればいいんだ。住処を作るとか何とか言ってたけど、本当にそうならこれじゃ全く足りないよな。とりあえず出来るだけはやるか、この労力がお金に換算されるのならヤル気も幾倍かアップだ」


 お金を貯めた将来の自分を想像し、ひたすらジブリの足を動かす。

 それからしばらくして。


「どう? 材料の採取は捗っているかしら? 」


 モンスターを討伐していたリーネがケロッとした表情でご帰還。

 彼女はサイボーグか何かなのだろうか。

 遠目でも分かるような砂塵を撒いていたのに、その美顔には汗一つかいていない。

 流石はS級学生と言った所か。


「これだけは集まった」


 山のように積もった木枝を指さしてリーネに示すハルト。

 

「ふーん、まぁ及第点かしらね。でも良くやったわ」


「ど、どうも。じゃあはい」


 そう言ってハルトはリーネに向けて腕を差し出した。

 リーネはハルトの手のひらを見つめてキョトンとし。


「何よ? そんな頼りなさそうなものを見せて? もしかして遠回しの自虐ネタかしら? 」


「お金だよお金。働いたんだがらそれなりの対価を俺に寄越せって言ってるんだ。と言うか侮辱はやめろ」


「あ、ああ。お金ね」


 リーネはポケットから手のひらサイズの巾着袋を一、ニ、三……と数えながら、淡々とハルトに手渡していく。

 そして最後の袋が行き渡った時、ハルトの瞳は綺麗なまん丸になっていた。


「これで足りるかしら? 」


 産まれて十七年、一日欠かさず貧乏らしをしていたハルトには貴族暮らしの金銭感覚は計り知れないようだ。

 

(なんだ、この感じた事のない重量感は)


「なぁ、こ、これ一つでどれだけ入ってるんだ? 」


「一つで一万ルリーよ。もしかして足りなかったかしら? 」


 一万ルリーもあれば一月は余裕で暮らしていける。


「つまり、この袋が二十個で二十万ルリー……」


「うん? もっといるかしら? 案外銭ゲバなのね」


「いや……」


 ハルトは咄嗟に一つの巾着袋を取ってその他を地面にポトポトと落とした。

 別に重かった訳じゃない。

 ただリーネの金銭感覚に震えが止まらないだけだ。

 

「俺、これだけでいい……」


「え、え? そんなはした金だけでいいのかしら? 一万ルリーなんてたった一日しかもたないじゃないの」


「これだけでいい……後は全部返す……俺はそこまで力を使ったつもりはない……うっ」


「ちょ!? 何で泣いてるのよ!? これまでにもお金を上げて泣いた人は結構いたけど、貴方みたいな悲しそうな涙は初めてよ!? 」


「うるさい。地位がなんだ、お金がなんだ……この世界にはな大金を貰っても喜ばない奴がいるんだ……俺はちゃんと同等の対価が欲しいだけなんだ……労力以上の対価なんていらない……お金は大事にしような」


 目の前には大量のお金が落ちているのに、それを素直に受け取れないハルト。

 妹の為やら、何やらと言ってはいたが、ここまでの大金を受け取ればこれから先、きっとろくな事がない気がするとハルトは考えたのだ。

 しかも、その考えは大気圏も突き抜けており、今ハルトの脳内には妹達と生き別れになってしまうような映像が流れている。

 何故、そこまで思考がぶっ飛んでしまうのか、きっと誰にも理解する事がでいないだろうが、そう察したハルトの情けない保護思考が今の行動を取らせていた。


 だから、この男は人生を損しながら暮らしているのだ。

 手を擦りつけ、貰える物はホイホイともらっておけばいいのに。

 お金稼ぎイコール妹達みたいな考えを持っているハルトだが、お金稼ぎよりも妹達との幸せな生活が一番。


 だかしかし、このシスコン野郎をフォローするのならば、ハルトの言うとおり、どんな依頼でも等価交換というのも大切だ。

 特に付き人は第一印象も意外と大切なので、ここは今後の事を考えても、謙遜しておくべき。

 ハルトは一つの巾着袋を切に抱いてそう思っていた。


「そ、そう……そっか……ふーん、そうなんだ。へぇ……」


 ハルトの偏った思考など知らないリーネの表情が些か緩んでいる。

 金持ち貴族であるリーネと言えどやはりお金は大事なのだろうか。

 

 リーネがお金とハルトを交互に見ながらモジモジしている中、背後から炎を纏った大型のモンスターがこちらを見ていた。

 爪を鋭く立てて、リーネに襲いかかろうと体制を整えている。

 そんな危機的状況にいち早く気づいたのはソイツと目を合わせることの出来たハルトであった。


「リーネ!! 後ろだ!! 」

 

「え? ――きゃっ!! 」

 

 ハルトの声は聞こえたが時すでに遅く、リーネはの突進を諸に受けてしまい、そのまま木に叩きつけられてしまった。

 だが流石はS級、少し痛みを感じているが難なく立ち上がって見せた。

 そしてリーネがモンスターと目を合わせると途端に体が硬直する。


「これって……イフリートベアー……私、水魔法は使えないのに……」


 イフリートベアーは見た目通り、炎属性のモンスターであり、水魔法でしかダメージを与えられない厄介なS級モンスターだ。

 ならばと、物理攻撃を仕掛けようとしてもあのメラメラ燃えている炎のせいで、安易に近づけない。

 そもそもイフリートベアーはこの森を住処にしていないはずだ。

 ということは、はぐれものだろうか。


「くっ……他の魔法でも倒せるかしら……」


 ハルトは付き人だ。

 もし、リーネがピンチならば付き人としてハルトは身を張って助けないといけないだろう。

 たが、ハルトは無闇に魔法を使いたくない。

 それもここには同じ学園のリーネがいる。


 ハルトの願いはリーネがS級に恥じないような腕前でイフリートベアーを討伐してくれる事だけ。

 今はただ傍観する事に集中する。


「くっ……強い……」


「……マズイな」

 

 リーネは次々と強力な魔法を発動させていくが、イナズマの様な雷魔法は奴のイフリートベアーの皮膚には微塵も通らず、氷柱を彷彿とさせる氷魔法は体に纏とった穿つ炎で溶けてしまい、鎌鼬ばりの風魔法でもその獄炎を消せない。


 あとリーネが使える魔法は土魔法だけだが、きっと動きの早いイフリートベアーならば安易に回避してされてしまう。

 今、リーネが打つ手は魔法で相手の動きを制御しつつ、手に握られている剣で仕留める策だ。

 

 だが、イフリートベアーともなれば隙などほんの一瞬しか生まれないだろう。

 つまり、その一瞬でたった一発の剣撃で仕留めきらないといけない。

 

 リーネは固唾を飲みイフリートベアーに視線を据えている。

 もし、命に関わる事が起こりそうならハルトも動くしかない。

 ハルトはイフリートベアーを見つめるリーネを見つめて、いつでも飛び出せる態勢に。


 雷魔法はイフリートベアーの皮膚を通さないので使い物にならない。

 なら、先ずリーネが打った先手は風魔法で周囲の木々を切る事だった。

 気付けばあちらこちらには綺麗に切れた木々がふわふわと舞っている。

 そして、ヤツがそれに気を取られている内にリーネは次の策を行動に移す。

 

 土魔法を使ってヤツの足場を崩す作戦だ。

 リーネの土魔法はヤツの足場から突出し、予想通りにバランスを崩す。

 そしてイフリートベアーが乱れた態勢を整えようとした所で、今度は辺りに舞った木々を風魔法を使って攻撃。  

 それを喰らえばダメージは絶大だろうが、ヤツは当たるその間一髪で宙を蹴り、見事に避けて見せた。  

 しかし、これがリーネの作った隙だった。


 背後に周っていたリーネの剣がヤツの背中を捉えようとした時、体に纏っていた炎が一回り大きくなった。


「そんなっ!! 」


 イフリートベアーの灼熱がリーネの勢いを削ぎ、力無く握られていた剣はそのまま地面へと直下していく。

 そして今度は逆にリーネ自身が大きい隙を作ってしまった。

 絶好のチャンスとばかりにイフリートベアーの牙がリーネの腹部を捉えようとする。


「……仕方ないか」


 ハルト自身にもそれなりの事情がある為、同級生に力を知られる訳にはいかないのだが、リーネはこの男が学園のあのいじめられっ子だとは気付いていない。

 なら、もう躊躇う事はない。


「よし」

 

 ハルトは目一杯に地面を蹴り、あっという間にリーネを助ける事に成功。

 イフリートベアーの牙は勢いそのままに地面へと突き刺さる。

 それと同時にハルトの両足も地面へと着地。


「大丈夫か? 」


「え、ええ……」


 ハルトはリーネの無事を確認してから、モジモジしているリーネを降ろし前に立つ。


「リーネは向こうへ。アレは俺が殺る」


「あ、貴方ってもしかしてS級なのかしら……?」


「いいや……どこにでもいるただの一般人、恥ずかしながらD級だ」


「D級って……だったら貴方じゃイフリートベアーには勝てないじゃない。かっこつけるんだから強いと思っちゃったじゃないの。やっぱりここは私に任せなさい。貴方はここから早く――」


 苦悶の表情を浮かべたリーネが剣も持たずにハルトの前へと立った。

 後ろから見ればよく分かる、リーネの体が震えている事が。

 

 果たしてこの行動はハルトを守る為なのか、それともS級なりのプライドなのか。

 少なくとも今のリーネを前線に立たせる訳にはいかない。


「剣もない、魔法も使えない。そんなお前に何が出来る」


「偉そうに説教を垂れるけどね、魔法が使えないのは貴方も同じはずよ。だったら戦闘経験のある私の方がまだ食い止められるわ」


 どうやらリーネはハルトをここから逃がす為にこのような行動を取っているらしい。

 口は悪いが、貴族には基本的に備わっているあの鼻につく悪態は持ち合わせていないみたいだ。

 

「リーネ……お前結構ツンデレなのな……知らなかった」


「……殺すわよ? 」


 振り向いたリーネの瞳には禍々しい殺気が宿っていた。

 あまり喧嘩を売ってはいけないタイプなのは分かっていたが、ここまでとは。

 

「いいから貴方は早く――ちょ!? 」


「よっと……」


 何を思ったのかハルトは前に立つリーネを再び抱きかかえた。

 言わばお姫様抱っこのような状態である。


「D級の一般市民がS級の私をお姫様抱っこなんて、いい度胸じゃない……」


「悪いな。俺は貴族とか一般市民とかそんなのは気にしない。それに今の俺はリーネの付き人だ。付き人として依頼主の命は必ず守ってやるさ。それが付き人の使命だからな。後、お金も欲しいし。今、お前に死んでもらっては困る」 


「あ、あうあう……」


 リーネが頬を赤くして口をパクパクさせている。  

 人生始めてのお姫様抱っこをされているのもあるが、何よりハルトの価値観にとらわれないその性格にハートを撃ち抜かれようとしていた。


 リーネは親に厳しく育てられ、舞い込んでくる問題は必ず自分一人で解決しなければならなかった。

 そのせいて、これまで一体どれだけの数、親に怒られた事か。

 リーネにはそれが当たり前だった。

 つまり、こんな状況でこうして他人に優しく助けられた事なんてなかったのだ。

 

「……リーネ、しっかりと掴まっておけ」

 

 ハルトはそう言って宙高くジャンプ。

 そしてなにふり構わずイフリートベアーに突撃していく。


「ちょっと!? 貴方馬鹿なの!? これじゃただの自殺行為じゃない!! 」


「いいから見とけって」


 そう言ってハルトがイフリートベアーのパーソナルスペースに入った時だった。

 イフリートベアーの体に纏っていた炎が途端に勢いを緩めた。

 

 そして最後にはイフリートベアーの炎は綺麗に消滅し熱苦しかった空気はヒンヤリと冷たくなった。

 その瞬間、ハルトは渾身の右ストレートをイフリートベアーの顔面にぶつける。

 イフリートベアーは勢いよく吹き飛ばされたものの、態勢を整える程の余裕はあった。

 しかし、自身の体から炎が消失した事を知ったせいか、そのまま二人の前から姿を消した。


 イフリートベアーがもう周辺にいない事を確認してからハルトはリーネを下ろす。


「ふぅ……ほれ」


「ああああ、ありがとう!! 助かったわ!? 」


 リーネはそそくさと離れると、後ろに飛んでハルトと少し距離を置いた。

 イフリートベアーはもういないのにリーネまだ熱さを感じていて、手うちわでそこ紅潮した顔に風を送っている。


「大丈夫か? 」


「ひょ!? だだだ、大丈夫だから!! 」


「ほ、ほんとか? 何か顔が赤いぞ? 」

 

「ひゃぁぁぁ!? 」


 心配して近付いたハルトの手のひらがリーネの熱い額を覆う。

 その瞬間、桃色の瞳はくるくると回転し、そして一気に冷静さを失くした。


「ああ、ああ……私の始めてが色々と……も、もう……私帰るぅぅ!! 」


「お、おい……」

 

 伸ばす手も虚しく、リーネは全速力で去ってしまった。

 

「なんだってんだ……はぁ、あそこにあるお金どうしようか。あのまま置いて行くわけにはいかないよな……」


 結局ハルトは二十個もある巾着袋を抱えて家へと帰るのであった。

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