第2話

 殺伐な時間が終わりハルトは自分の住処へと帰る為に足を進めていた。

 そして、向こうに見えている寂しく佇んでる小さい一軒家がハルトの家である。

 ハルトは早足で地面をかけ、家の扉に手をかけた。


「ただいまー」


「あ、兄さんおかえりなさい……ってまた怪我ですか……兄さんが無傷で帰ってくる日はもうないんでしょうか……」


 銀髪のツインテールに吸い込まれそうな紫眼。

 デニムのショートパンツにピンクのウサ耳パーカーを羽織っているこの女の子はハルトの妹でユキハ。

 ハルトの心を癒やしてくれる実の妹である。


「家に帰ってまでそんな細い目で見られたくないんだけど。今日も山谷を超えてきたお兄ちゃんにとびっきりのご褒美はないの? 」


「両手を広げて何を期待しているのでしょうか……私はもう子供じゃないので兄さんに甘えたりはしませんし、甘やかしませんから!! 」


「そっか……妹のハグが俺にとっての唯一の生きがいだったんだけどな……」


「ううっ……も、もう……兄さんなんて嫌いです……私は早く兄さん離れがしたいのに……」


 ユキハは気分を暗くして、弱音を吐けば直ぐに落ちるいわばチョロイン。

 その証拠にユキハはよそよそとハルトの所に歩き、仕方なさそうにしながらも両手を広げている。

 流石はムッツリブラコンのユキハだ。

 ハルトだけには砂糖の何百倍とされるスクラロースよりも甘い。


「はいはい……兄さんは今日も頑張りました。よしよーし……うっ……兄さんの体温を感じる度に兄さん離れが遠くなっていくような気がします……」


「だったらずっと俺といよう。ユキハ、お兄ちゃんと結婚しよう」


「はぁ……兄さんも妹離れ頑張りましょうねー。妹と兄は結婚できませんからねー」


 ユキハはスクラロースより甘い匂いがするが、今の発言は苦虫を噛み潰したように苦かった。

 これが人生なのだと、何も上手くいかない一生なのだとハルトは理解して心を癒やさせる。


「お兄ちゃーん……イェーイっ!! 」


 ハルトがユキハの胸に顔を埋めていると、突如として横腹にミサイルのような衝撃が。

 頬にあった少し柔らかい感覚は今、触れればチクチクと痛む木造床に接着している。


「ただいまルナ」


「お兄ちゃんお帰りだぁ!! ルナは今か今かとお兄ちゃんのお帰りを待ってたのだぁ!! だから一緒にお風呂に入るぞぉ!! 」


「よしユキハ、今すぐお風呂の準備を」


「は、はい……ってそんなのダメに決まってるじゃないですか!! 」


 ユキハの頬が真っ赤に染まる。

 何かいやらしい妄想でもしてしまったのだろうか。


「何がいけないのだぁ? 兄妹でお風呂なんてよくある事だろう? なんならユキハも私達と一緒に入ればいい!! 」


「ダ・メ・で・す!! ルナももうお胸が出てきて一人の女の子になろうとしてるんですから!! 少しは考えて行動してください!! 」


「少し考えるか……ふむふむ……」


 ハルトの腹上に跨り、腕を組みながら考えこんでいるこの女の子はもう一人の実妹、ルナだ。

 腰で切り揃えられている金髪に、それに映えるように写る緑色の瞳。

 着衣している白いワンピースがゆるゆるに着崩れており、あと少しずれればルナのアレがおはようと声を出して顔出すだろう。

  

 因みにハルトの歳が十七で、ユキハが十四、ルナが十二だ。


「よしっ考えたぞっ!! じゃあお兄ちゃん一緒にお風呂に入ろう!! 」


「ああ、喜んで」


 ハルトがルナの腰に手を回し、浴槽へ持ち運ぼうとしていると。


「何も分かってませんからね!? ただ無闇に考えればいいって訳ではありませんから!! と言うか、ルナは恥ずかしくないんですか!? 兄さんに裸を見られるんですよ!? 」


「うーん……なんで恥ずかしいんだぁ? お兄ちゃんはお兄ちゃんだぞぉ? 」


「それでも、兄さんももう立派な男の人なんです!! きっとルナの裸をみたら……――っ!!」


 ユキハの駆け巡る血液が熱く沸騰しているのが見て取れる。


「あー……今ユキハ、いやらしい事考えたなぁ。何を妄想していたのだぁ? もしかして……」


 ルナのニヤニヤした視線がハルトの下半身に向けられた。

 その瞬間、ユキハのムッツリツンデレは、ムッツリスケベへと改名される。


「ユキハはえっちだなぁ。そんなにお兄ちゃんのココが気になるのかぁ。だったらもう選択肢はない!! 一緒にお風呂に入れば見たい放題だぞぉ!! 」


「み、見たい放題!? あ、あうう……」


 ユキハは目を両手で塞ぎながら、ちょこちょこハルトの下半身に目を向けている。

 これがユキハと言う妹の真の実態だ。


「いいけど、もし一緒に入るならそっちも同じ見返りがあるけど」

 

「はう!? ま、まさか兄さんも私の裸を――!? 」


 目元にあった両手が恐る恐る胸へ、そしてそのまま下半身へと移動する。

 して、限界だったユキハの妄想がここで爆発し、そこで逆に我に変えるという諸行無常を実行してみせた。


「ああもう!! とにかくルナは兄さんから離れてください!! 一体いつまで跨っているつもりなんですか!! 」


 ユキハがハルトからルナを引き剥がす。

 どうやら兄妹水入らずは達成されそうにない。


「ふむ、なるほど……」


 そして、ハルト達のさっきの態勢が世の言う大好きホールドと呼ばれるものなのだろう。

 確かに人肌が更に密着されて双方とても幸せそうであった。

 それをいまハルトは身に染みている。


(これはユキハともやっておかなくては)


「やりませんからね!? いくら兄さんのお願い攻撃でも今回は絶対に折れない自信がありますよ!? 」


「流石は妹。思考がだだ漏れか」


 今、温かった心にあるのは充実感と圧倒的な虚無感である。


「とりあえずルナは私と二人でお風呂に入りますから。それに兄さんもこれから仕事ですよね? 」


「ああそうだった。ってもう時間か……はぁ。妹といる時間はほんとに短いな」


「帰ってきたらまた一杯お話をしましょう。だから、必ず無事にですよ。そのまま帰ってこないなんて絶対に嫌ですから……」


 ユキハはハルトを送り出す時はいつもこのように表情が暗くなる。

 職業柄、仕方無い事ないが、ユキハのこの表情は心が痛むものだ。


「大丈夫だ。俺がお前らを置いて死ぬとか……もしそうなったらもう妹に慰められないのか……一緒にお風呂にも入れない……そんなの嫌だ!! 俺やっぱり仕事いかない!! 」


「ええ!? で、でも兄さんが死なないのならそれはそれであり……ってまた兄さんに翻弄されているような!? ああ!! もういいから早く仕事に行ってください!! もちろん無事で!! 」


「ああ……とその前にいつもの頼む」


「あ、そうでしたね。ちょっと待っててください」


 ユキハは奥へと走っていくと片手にクシとワックスを持って戻ってくる。

 ハルトはその間に制服を脱ぎ、ハンガーにかけてあった頑丈な革でできている防具を上から羽織った。


 ユキハが片手にワックスを少量だして、ハルトの前髪に手を伸ばす。

 すると今まで暗かったハルトの視界は突然と光を感知し、鮮明なものとなった。

 

(鮮明に見えるユキハは本当に可愛いな。このまま持ち帰ってしまうか、いや、元から俺のものだった)


「ふんふーん……よしっ。前髪のセット終わりました。ほんと前髪を上げるだけで雰囲気が一転しますよね兄さんは」


「学園でもその容姿ならモテモテなのになぁ。まぁそれでお兄ちゃんが忙しくなったら嫌だし、今のままでもいいけどぉ」


「社交辞令をありがとう。でも俺は出来ればさっきのままがいいんだよな。二人は優しいから俺の容姿を褒めてくれるが、実際は人に見せれるようなもんじゃない」


「えっと、本気で言ってます兄さん? 」


 ユキハはジトーっとハルトを見つめる。


「もちろん本気だ。学園でも不細工とか陰キャとかよく言われてる。俺はその度に現実というものを実感する。で、何回も心が張り裂けそうになった」


「まぁ流石にあれじゃそう言われちゃいますよね……でも、この姿にもそろそろ慣れてきたんじゃないですか? 」


「いや全然。まぁでもこの仕事のおかげで一対一とか二の対面は緊張しなくなった。でも、それ以上いたら俺は俯いてもう何も喋れない」


「……はぁ。ほら、もう時間ですから、早く行ってください」


 ユキハは大きなため息をついてハルトを急かす

 もうムッツリスケベのユキハはここにいない。


「ユキハのツンは冷たいな……まぁデレが甘すぎるからプラマイゼロか……じゃあ行ってくるぞ。閉じまりはちゃんとしておけよ。帰ってきて妹達が死んでたら、お兄ちゃんはすぐ後追いするからな」


 そう言ってしっかり家の扉を閉め、ハルトはあるところへと向かった。

  

 して、ハルト達の家を見て分かると思うが、この世帯はかなり貧困だ。

 正直、妹達にまともな飯を食べさせるのでも精一杯だったのだが、ひょんな事からハルトはお金か稼げるある仕事を手につけた。

 

 それは付き人と呼ばれるもので、報酬は相手の気持ち分と抽象的な報酬金になっているが、依頼主の殆どは半月は過ごせるくらいのお金をくれるらしい。 


 しかも、依頼主のお願いの大体は食料の確保か、鍛錬の練習相手ので危険な事や有害なモンスターとは相まみえる事はない。


 まぁそんな依頼ばかり任されるのはハルトが新人だからってのもあるだろう。


 そもそも食料確保の為にモンスター討伐をするような依頼主なんて元から腕の立つヤツばっかり。 

 鍛錬をお願いするような依頼主も自分の力をわきまえているので、自らから強いモンスターに喧嘩はふっかけない。

 それこそハルトは最悪事態を考えてのリーサルウェポンポジション。

 つまり、依頼中は基本的に暇なのだ。


 D級のハルトがリーサルウェポンとか壮大な冗談かよ、なんて思うかもしれないが、これがまさかの真実なのだ。

 ただ一つ言えるのは、ハルトは魔法の根本にある七大属性魔法が使えないだけであり、実際は魔法を使える。

 これにも複雑な理由があるのだが、そんな話をしている内に目的地に到着だ。


 場所は広大な森の入り口。

 会社からの情報だと、自分の住処を作りたいからモンスター奇襲の防衛として側にいてほしい、というもの。


(もしかして家が何らかの事情で無くなってしまったとか? もしくは溜まり場のような秘密基地感覚のものか……まぁどちらにしてもこの森に住処を作るって……頭イってるなソイツ) 


 そもそもハルトの思考が本当なら、きっとお金はあまり持っていないはず。


(……今日はあまり、期待はしないでおこう)


「貴方が私が呼び寄せた付き人かしら」


 やる気の失せたハルトの背後から、学生服姿の女の子。

 出ていたやる気のないオーラを一瞬で散らしてハルトは向き直った。


「あ、ああ。貴方が今回の……って、げっ……」


 クールにと決めていたハルトの表情があり得ない位に歪んでいる。 

 見た事のある制服、夕日が透き通る尾花栗毛に桃色の瞳。


「な、な、な、な……」


 なんと今日の依頼主はハートレー家のご令嬢、リーネ様であった。

 まさかまだ学生と言える身分で付き人を依頼してくるとは。

 ハルトは正体がバレまいと咄嗟に顔を伏せてしまう。


「人の顔を見ていきなり、げっ、とか失礼じゃない? 私はそれなりの容姿をしているつもりなんだけど」


「あ、ああいや、そうそう。あまりにも可愛い顔だったからついな。悪い」


 ハルトの心無いフォローにリーネが僅かに気分を落とした。


「はぁ……貴方も私を見てそう言うのね……どうせ人の価値観なんて外見で決まるものだものね。人間は本当くだらないものを身につけてしまっているわ。あと貴方にはこれっぽっちも興味ないから。ごめんなさい」


「……何かフラれたんだけど」


 というか、学園でハルトの顔を見て、いきなり顔を歪めたのはリーネも一緒。

 つまり、人の事を言えない。  


「か、価値観はともかく可愛いに越した事はないんじゃないか? その容姿なら男もほいほいと釣れるだろ」


「私ね、高嶺の花らしいの。高嶺って誰にも手に入れられないって意味なのよ。こんな悲しいことあるかしら? 」


「ま、まぁ、言い方を変えればそれなりに……で、でも一人って至高じゃないか? 誰にも邪魔されないで自分が自分でいられるんだぞ」


「そう、誰にも邪魔されない、きっとどれだけ叫んでも何一つ干渉されないんでしょうね。まぁ外見と地位だけを狙って迫る男に比べれば一人の方が数億倍マシだけどね」


 何か意味ありげの表情だが、正直それでリーネの印象が変わったと言う事はないだろう。

 ハルトの中でリーネは不思議ちゃんと言う肩書きがあるからだ。

 

「まぁいいわ。なら早速付き合ってもらえるかしら。貴方には出来るだけの木枝を集めてきてほしいの」


「……それって雑用じゃないか? 俺は付き人なんだけど」


「私の言う事を聞けばお金はいくらでも払うけど? 私、ハートレー家の唯一の娘なのよ」


「よっし。なら、木枝の採取は俺に任せとけ。なんなら何なりと命令してもいいぞ。金をくれるなら」


「単純な男……まぁお願いするわ」


 ハルトは首を振るリーネを背に向けて森の中へと入っていく事にした。


(お金の為なら、妹の為なら、雑用なんていくらでも任されよう)

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